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俺はとりあえずベブズを持って別間へ飛び出した。無駄に家は広いからそこそこ逃げるスペースはある。
ふすまを破ったり、ドアを開けたりして右へ左へと逃げているうちに、一つの行き止まりの部屋にたどり着いた。そこには親父がフィールドワーク先から持ち帰ってきたがらくたが所狭しと並んだ部屋だった。
息を殺して、耳をすましてみるとドアやふすまが壊される音が聞こえてきた。どうやらあの和服少女はまだ俺を捜しているみたいだ。
この状況で、ベブズは「なるほど」と言って、
「話はだいたい分かった。――相棒君、いや彰」
ベブズは俺に語りかけた。
「この場の状況を、どうにかしたいか?」
悪魔の囁きにも聞こえるその声に、俺は息を整えながらも、早口で答えた。
「どうにかなるんだったら、な」
「なら、《本契約》を結ぶとしよう。どうせさせようと思っていたことだし、ちょうどいい」
「《本契約》?」
「死にたくなければ、契約しろという、僕からの脅迫と受け取ってくれても構わない」
「契約しなかったら?」
「君は死ぬ」
「契約したら?」
「君は生きるか死ぬかの瀬戸際に立つ。まぁ、確定された死ぬという運命は、『死ぬかもしれない』という運命に切り替わるだけだけどね。さあ、どうするんだい? 相棒君?」
ベブズが悪戯っぽく問いかけたその時、ふすまが何十枚か破れた音と轟音が聞こえた。
俺が様子を見ると、そこには和服少女がこちらを見据えて立っていた。
その視線がこちらとぶつかったとき、自然と鳥肌が立った。
このままだと死ぬ。
確実に、殺されかねない。
「死にたくは、ない」
俺は自然と、口からその言葉を零していた。
「ならば、契約だ」
ベブズは素早く開き、ページが風がめくっているかのようにめくられていく。まっさらな紙が何枚もめくられたその先には、不可思議な文様が描かれたページがあった。
「さあ、その場所に手を置くんだ」
少女は目がいいのか、本が開かれているのを見たとき、そうはさせまいとその場から駆けた。
その気迫に押されて、ページに置く手を止めてしまう。
「早く。手を乗せるんだ! さあ!」
俺は言われるがままに手を載せた。
刹那。
なにやら足下に大きな範囲で幾何学な模様が描かれた円が浮かび上がった。
円は俺を中心に、さらに円の外側に幾何学な模様を書き出した。
やがて書き終わったのか、幾何学な文様はそれ以上書き出されなかった。
そして和服少女がやっとその場にたどり着いた時、少女は文様によって、はじき出された。
その出来事があった瞬間。
目の前に鮮やかな、今日のような夕焼け色の髪を持った少女が穏やかな顔で眠っていた。
いや、床に寝ていた、とすることはできない。正確に言ったら仰向けに寝ている姿勢のまま、ふわふわと宙に浮いているのだ。
まるで、緊張感のない、この少女を見たときの感想。
(な、なんだ……? このキレー系女子は……?)
そう。
その女の子はうちのクラスメートやその辺のテレビで見る女性と同じ、あるいはそれ以上にかわいかった。
誰もが振り返って、その少女の顔を見ようとするだろう。
女の子は眠っているようで目を閉じている。
夕焼け色の長髪は、ふわふわと水の中を漂っているかのように浮いていた。
「さぁ……勝利は確定だ」
俺は唖然としていた時、ベブズは呟いていた。
ああそうか。
これ、夢だな。うん。
惚けていると、ベブズは怒鳴った。
「彰、何を惚けている! 早くあの魔術師を倒すんだ!」
「た、倒す!?」
いくら何でも、相手は女の子だぞ? そんなんにむかって倒すとか……でも、倒さなきゃこっちがやられるし……なんて考えていたら、黒い腕のストレートが飛んできた。
「召喚されたか……だがどうした? かかってこないのか? 魔導書。これで貴様の勝ちではなかったのか?」
和服少女は勝ち気な瞳をこちらに向けて、言い放った。
ベブズも「ふん」と鼻を鳴らし(いや鼻はどこなんだよってつっこみは無しで)、
「口数が減らない魔術師だね。大丈夫さ。相棒君が君を素早く雲の彼方に吹っ飛ばす予定だからね」
「いや、それはどうだろう」
こっちに退路は無し、向こうにはあの黒い腕がある。
――見た感じこっちの方が圧倒的に不利だろう。これは。
そんな感想を心の中で漏らしたとき、今度はジャブが飛んできた。
とにかく俺はその場から逃げた。逃げたはいいが、後ろからは腕がこちらに向かってパンチを放ってくる。
威力はすくなさそうだが、それでも一撃当たれば痛いだろう。
事実、先程のジャブで髪の毛を少しかすった。……訂正。当たれば絶対痛い。今髪が焦げたようないやなにおいがした。
「それ。早くしないと死ぬぞ」
和服少女の声が聞こえる。余裕を持っているのか、少しこちらの様子をうかがっているようにも思える。
黒い腕が拳を連続で放ってきてるけど。
「分かってるよ! んなことは!」
腕からの一撃を何とか避けつつ、どうすればいいのかを考えていた。
「おい! ベブズ! どうすれば倒せるんだよ!」
「先ほど言ったとおり。召喚した魔人に戦ってもらう」
「魔人!?」
幾何学模様の中で寝ている女の子のことか。
俺は納得した。納得はしたが……。
「……どうやって起こすんだ?」
「それは自分で考えることだ」
あんまりだ。
そう思うのもつかの間。あっという間に別の部屋の壁に追い詰められた。もう後がない。
「……まあいいだろう。魔導書はその契約者が死ねばまた新たに眠りにつく。私はそれを回収しよう」
血の気が引いた。
じょ……冗談じゃねえぞ!?
俺は渾身の一撃を放ったつもりで、無我夢中で手元にあった物を投げた。
…………。
俺は今、重大なことに気づいた。
今、俺の手元にあった物は何だ?
家に無尽蔵においてある置物とかじゃない。
そう、俺の手元にあったのは……ベブズ。
「僕を投げてどぉーするんだぁぁぁぁ――――――――――――――……」
ベブズの悲痛な叫び声が妙に耳に残りながら、くるくると縦回転しながらそのまま奥に行ってしまった。
ふすまを破ったり、ドアを開けたりして右へ左へと逃げているうちに、一つの行き止まりの部屋にたどり着いた。そこには親父がフィールドワーク先から持ち帰ってきたがらくたが所狭しと並んだ部屋だった。
息を殺して、耳をすましてみるとドアやふすまが壊される音が聞こえてきた。どうやらあの和服少女はまだ俺を捜しているみたいだ。
この状況で、ベブズは「なるほど」と言って、
「話はだいたい分かった。――相棒君、いや彰」
ベブズは俺に語りかけた。
「この場の状況を、どうにかしたいか?」
悪魔の囁きにも聞こえるその声に、俺は息を整えながらも、早口で答えた。
「どうにかなるんだったら、な」
「なら、《本契約》を結ぶとしよう。どうせさせようと思っていたことだし、ちょうどいい」
「《本契約》?」
「死にたくなければ、契約しろという、僕からの脅迫と受け取ってくれても構わない」
「契約しなかったら?」
「君は死ぬ」
「契約したら?」
「君は生きるか死ぬかの瀬戸際に立つ。まぁ、確定された死ぬという運命は、『死ぬかもしれない』という運命に切り替わるだけだけどね。さあ、どうするんだい? 相棒君?」
ベブズが悪戯っぽく問いかけたその時、ふすまが何十枚か破れた音と轟音が聞こえた。
俺が様子を見ると、そこには和服少女がこちらを見据えて立っていた。
その視線がこちらとぶつかったとき、自然と鳥肌が立った。
このままだと死ぬ。
確実に、殺されかねない。
「死にたくは、ない」
俺は自然と、口からその言葉を零していた。
「ならば、契約だ」
ベブズは素早く開き、ページが風がめくっているかのようにめくられていく。まっさらな紙が何枚もめくられたその先には、不可思議な文様が描かれたページがあった。
「さあ、その場所に手を置くんだ」
少女は目がいいのか、本が開かれているのを見たとき、そうはさせまいとその場から駆けた。
その気迫に押されて、ページに置く手を止めてしまう。
「早く。手を乗せるんだ! さあ!」
俺は言われるがままに手を載せた。
刹那。
なにやら足下に大きな範囲で幾何学な模様が描かれた円が浮かび上がった。
円は俺を中心に、さらに円の外側に幾何学な模様を書き出した。
やがて書き終わったのか、幾何学な文様はそれ以上書き出されなかった。
そして和服少女がやっとその場にたどり着いた時、少女は文様によって、はじき出された。
その出来事があった瞬間。
目の前に鮮やかな、今日のような夕焼け色の髪を持った少女が穏やかな顔で眠っていた。
いや、床に寝ていた、とすることはできない。正確に言ったら仰向けに寝ている姿勢のまま、ふわふわと宙に浮いているのだ。
まるで、緊張感のない、この少女を見たときの感想。
(な、なんだ……? このキレー系女子は……?)
そう。
その女の子はうちのクラスメートやその辺のテレビで見る女性と同じ、あるいはそれ以上にかわいかった。
誰もが振り返って、その少女の顔を見ようとするだろう。
女の子は眠っているようで目を閉じている。
夕焼け色の長髪は、ふわふわと水の中を漂っているかのように浮いていた。
「さぁ……勝利は確定だ」
俺は唖然としていた時、ベブズは呟いていた。
ああそうか。
これ、夢だな。うん。
惚けていると、ベブズは怒鳴った。
「彰、何を惚けている! 早くあの魔術師を倒すんだ!」
「た、倒す!?」
いくら何でも、相手は女の子だぞ? そんなんにむかって倒すとか……でも、倒さなきゃこっちがやられるし……なんて考えていたら、黒い腕のストレートが飛んできた。
「召喚されたか……だがどうした? かかってこないのか? 魔導書。これで貴様の勝ちではなかったのか?」
和服少女は勝ち気な瞳をこちらに向けて、言い放った。
ベブズも「ふん」と鼻を鳴らし(いや鼻はどこなんだよってつっこみは無しで)、
「口数が減らない魔術師だね。大丈夫さ。相棒君が君を素早く雲の彼方に吹っ飛ばす予定だからね」
「いや、それはどうだろう」
こっちに退路は無し、向こうにはあの黒い腕がある。
――見た感じこっちの方が圧倒的に不利だろう。これは。
そんな感想を心の中で漏らしたとき、今度はジャブが飛んできた。
とにかく俺はその場から逃げた。逃げたはいいが、後ろからは腕がこちらに向かってパンチを放ってくる。
威力はすくなさそうだが、それでも一撃当たれば痛いだろう。
事実、先程のジャブで髪の毛を少しかすった。……訂正。当たれば絶対痛い。今髪が焦げたようないやなにおいがした。
「それ。早くしないと死ぬぞ」
和服少女の声が聞こえる。余裕を持っているのか、少しこちらの様子をうかがっているようにも思える。
黒い腕が拳を連続で放ってきてるけど。
「分かってるよ! んなことは!」
腕からの一撃を何とか避けつつ、どうすればいいのかを考えていた。
「おい! ベブズ! どうすれば倒せるんだよ!」
「先ほど言ったとおり。召喚した魔人に戦ってもらう」
「魔人!?」
幾何学模様の中で寝ている女の子のことか。
俺は納得した。納得はしたが……。
「……どうやって起こすんだ?」
「それは自分で考えることだ」
あんまりだ。
そう思うのもつかの間。あっという間に別の部屋の壁に追い詰められた。もう後がない。
「……まあいいだろう。魔導書はその契約者が死ねばまた新たに眠りにつく。私はそれを回収しよう」
血の気が引いた。
じょ……冗談じゃねえぞ!?
俺は渾身の一撃を放ったつもりで、無我夢中で手元にあった物を投げた。
…………。
俺は今、重大なことに気づいた。
今、俺の手元にあった物は何だ?
家に無尽蔵においてある置物とかじゃない。
そう、俺の手元にあったのは……ベブズ。
「僕を投げてどぉーするんだぁぁぁぁ――――――――――――――……」
ベブズの悲痛な叫び声が妙に耳に残りながら、くるくると縦回転しながらそのまま奥に行ってしまった。
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