正しい魔導書の使い方

嫁葉羽華流

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 本は、嫌いだ。
 長ったらしい文章。絵も入っていない文字だけの世界。
 暗い海の中にいるような錯覚すら出させる息苦しさ。
 正直言って、本なんて根暗な奴か、頭のいい奴にしか読めない世界だ。
 俺にそんな世界は、一生理解はできないだろう。
 
                  ※
            
「えー次は図書委員を決めます。誰か、なりたい人はいませんかー?」
 学級委員長がクラスのみんなに呼びかけている。が、それに答えるクラスメイトはいない。みんな隣の人と喋っていたり、本を読んでいたり、寝ていたり、家から持ってきたと思わしき携帯ゲーム機をかちかちと遊んでいたりしている奴もいる。
 こんな時には担任がどうにかするものなんだろうが、件の担任――本居島先生(独身。チョイ悪風の二十九歳)は今現在、クラスの後ろで誰かの柔道着を足枕にしてぐーぐーと周りに迷惑ないびきをかいて寝ている。
 担任がこうなってしまったらクラスの主導権は生徒に握られたも同然で、今やクラスは無法地帯となっている。
 だが、俺には関係ないな。そんな光景を見ているよりかは、今は果てしなく眠い。そのまま上のまぶたと下のまぶたが合体しそうになったときだった。
「なあなあ彰」
「何だ瀬戸。ついに頭から植物でも生えたのか?」
「そうそう。見てくれよこれ、最近生えたゴヨウマツでさぁ……って、俺は文字通りの植物人間かっ!」
 なんでチョイスがゴヨウマツなんだ。
 こんな風にノリのいいつっこみを遠慮容赦なく放ってくる俺の隣の席にいる少しハンサムな座高の高い人物は瀬戸叶。俺の幼なじみだ。
 もっとも、幼なじみ、と言えば聞こえはいいのかもしれないが、正直言って、これはもはや腐れ縁以外の何物でもないと思う。
 生まれた病院、幼稚園、小学校、中学校、そして高校、全て同じクラス。
 ここまできたらもはやこれは神様のいたずら、悪魔の気まぐれとしか言いようがないくらいの腐れ縁だ。
 それはともかくとして、と瀬戸は俺に引き続き話しかけてきていた。用事があるんだったら速くすませろ。俺のまぶたはすでに両方が手を繋ぎ合いそうな状態なんだよ。
「お前、脇にゴミがついているぞ」
「何ッ!? ……と言って普通だったらその脇をあけてみるところだが、お前の作戦だろ? 残念だったな。手はあげねぇぞ」
「そう言うと思ったので食らえッ!」
 そう言って瀬戸は右手をチョキにして俺の両目に突き刺して目がいてぇぇぇぇ!
「はい。本屋君が図書委員に文字通り立候補してくれました。他に誰か立候補をする人はいませんか?」
 しまった! 痛さのあまりに立ち上がって瀬戸にグーをふるおうとした所を委員長に見つかってしまった!
 しかも委員長が真面目なことが仇になって図書委員になってるし!
 つーか委員長! よく見ろ! 苦しそうに目を押さえ悶えて右こぶしを振り上げて喜んでなろうとする図書委員がどこにいるんだ!
 てかなんで四方八方から拍手の音がしてるんだ? ひょっとしてこれ『おめでとう』の拍手か!?
 やめろ! 俺は本という物が大ッッッッッッッ嫌いなんだ! 
 週刊誌や漫画、エロ本とは違って、あれは文字だけ! 教科書なんて論外。触るだけでもいやだ! 読むのなんてもってのほかだ!
 そんな本ばっかりがある、図書室に行こうものなら、俺は気が狂って死んでしまう!
 だから図書委員だけは、図書委員だけは選びたくなかったのに……!
 と悔しがっていたら近くからも拍手の音がしてきた。
「いやぁ……よかったよかった……」
「その声は……瀬戸かっ!」
 人をダシに使っておいて、一体何様のつもりだ!?
 と、聞こうとしたんだが、いかんせん両目からやってくる痛みにより、声すらも上げることができない状況に陥っていた。両手も目を押さえていて使えないから、殴りかかることもできない。
「てめぇ……」
「悪く思うなよ? お前が行かなかったらそのままクラスの係決めが放課後に持ち越されちまう。貴重な高校生の自由時間を、たかが学校の係決めに費やしたくないんでな」
 その言葉、そっくりそのままバットで打ち返してやるよ!
 と、言いたかったのだが、またしても痛みに阻まれ、声に出すことができなかった。くそっ。奴は一体何センチまで……というか、人差し指と中指の関節何個分までめり込ませたんだ?
「ちなみに、めり込ませた指の深さは人差し指と薬指の関節で二つまでいったな」
 使う指を明らかに悪意あるチョイスで使用してるだろ!
 てかなんで俺の考えてることが分かった! お前はエスパーなのか!
 なんてことを叫びたかったのだが、さすがは人差し指と薬指の関節二個分までの深さ。痛みは尋常じゃない。
「あ、あの……わ、私も、その……………………とっ、図書委員になりたいんですけど……」
 何とか俺の耳に届くくらいの声が聞こえた。声の具合からしたら女子みたいだが……。
 と、その瞬間、瀬戸は吐血した(ような効果音をだした)。
「ば、バカなぁっ! い、今立ち上がって立候補しているのは緑川さんじゃねぇのかっ!?」
「はぁ? 緑川? だれだったか? それ?」
 やっと見えるようになってきた赤く充血した目を手の甲でこすりながら俺は瀬戸に話しかけた。
 瀬戸は血の涙を流さんばかりの顔で、
「お前は知らんのか!? あの緑川一二三さんを! 成績優秀、頭脳明晰、前髪が若干目にかかってはいるが、あれは間違いなく眼鏡をかけている! つまりは、隠れ眼鏡っ娘! ここまで萌の要素が強い女子は、うちのクラスにはそんなに多くないぞ! っつーかうちのクラスにいるだけだ! しかもすでに、我が校の先輩から後輩による、ファンクラブまで設立されているんだ! その規模は、もはや全国区にまで伸びようとしている! しかも、性格はおしとやかでたおやかでまさしく現代に生きる大和撫子! あそこまでの女子は俺は他には知らねぇ! さらにはなぁ――」
 荒々しく熱弁していた。内容はほとんど分からんが。
 そんなに人気なのか。あの緑川って子。
 何とか見えるようになった目で見た感じ……深窓の令嬢、って感じだな。スタイルもなかなかいいし。うちの高校は女子の制服はかわいいからな……。かわいさを倍増させている気が……しないでもない。
 てか、全国区って……あの子は転校でもしてたのか? でも、全国区でも話題になるようなかわいさ……と言うところには素直に納得した。
 でももうちょっと……明るくてもいいんじゃないのか?
 そう思って緑川を見つめていたらこっちの視線に気がついたのか、あわてて目を伏せた……ように見えた。
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