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プロローグ

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 誰かが呼びかけてくる。女の人。銀色の髪が日の光に当たってキラキラと光っている。身長が高い。いや、私が低いのか。私は見上げている。その女の人が手を差し伸べてくる。涙を流している。でも表情は笑顔で。
「どこ行くの?」
 私は問いかける。でも声が出なかった。いや言葉が出なかった。「あー」とか「うー」とかそんな言葉ばかりが出てくる。夢の中の私は、声も出せない程幼いらしい。手を伸ばす。小さい手が視界の端に見える。赤ん坊の手。
「行かないで」
 私は必死で手を伸ばす。女の人は、手を伸ばそうとしてやめる。胸の辺りで、右手をキュッと握り締めている。
 女の人はまた笑った。涙を堪えている。拭った涙がまた溢れてこない様に。
「強く、生きて……ごめんね」
「謝るくらいなら、行かないで」
 手を伸ばそうとする。でもその手は次の瞬間、自分を庇う為のものに変わっている。指の間から見える曇天の空。飛んでくる石が、空の色と同化して少し見え辛い。
「化け物! 早くいなくなれ!」
「人間にまぎれこんで悪さでもする気だったか! 消えろ!」
 優しくしてくれた事もあったおじさん。他の人に混じって、そんなおじさんも恐怖や怒りが入り混じった声をあげている。私が何をしたっていうの。私はただ頑張って働いて、ただ必死で生きていただけ。誰かにイジワルした事なんてないし、攻撃した事もない。悪さなんてした事もない。
「どうして」
 私は問いかける。でもその声は民衆の怒号で消えてしまう。誰も聞いてくれない。誰にも届かない。
「なんで……どうして!」
 精一杯の声をあげる。その瞬間、民衆がシンと静まり返った。そして声が聞こえた。嫌にはっきりと、耳元で囁かれたのかと思うほどしっかりと。
「お前が、国を傾ける化け物だからだ」



「ㇶッ……ッ!」
 目が覚めるとそこは、どこかのお屋敷の一部屋らしき場所。体を起こして自分の置かれた状況を確認する。高級そうな寝台の上。そこに寝かされていたらしい。
「大丈夫? 良かったわ無事で」
 視界の端の方からいきなり声がして、そちらを振り向きながら寝台の上を後ずさってしまう。すぐに壁に背中がついてしまって、声の主とそれ以上距離を取れなかった。
「怖い思いをしたものね……でも大丈夫だから、ここにはあなたに危害をくわえる者はいないわ」
 とても美しい人だった。艶やかな黒髪に白い肌。気品に溢れた女性。同性なのに見惚れてしまうほどだ。着物も上質な物を身にまとっている。
「ここは安全だが、もしもそんな輩がいたらアタシが守ってやるからな」
「ちょっと怖がっちゃうから! ごめんねぇ、このクマ怖いよね」
 私はまた驚いてしまった。最初に見た女性が美しすぎて、周りが全く見えていなかったのだ。改めて周りを見ると、他に三人の女性がいる。
 守ってやると言った男らしい感じの女性。何故か目隠しをした女の子。その二人の首根っこを「二人とも前のめり過ぎです」と呆れた様子で掴んで、私から引き離している女性。
 おそらく最初に見た女性が主人なんだろう。その女性が「チュウさんありがとう」と微笑むと、二人の首根っこを掴んでいた女性が苦笑して「いえ、メイユー様どうぞ」と軽く頭を下げた。
目の前にいるこの人は、メイユーというらしい。そして恐らくは使用人のチュウ。以前として他の二人は何もわからないけど。
「いっ! ……た」
 頭が痛んで咄嗟に手で押さえる。感触が髪とは違う。包帯が巻かれている様だった。そういえば市内の人に石を投げつけられて、頭に当たった気がする。そこから記憶がない。たぶん意識を失ったんだ。私は包帯を撫でる。端切れで作ったようなお粗末な包帯ではない。ちゃんとした包帯の感触。この部屋も、この人たちもそうだ。ちゃんとした人たち。
「痛む? 医官を呼ぼうかしら」
「いえ……大丈夫です」
 心配そうにするメイユーの申し出を、私は手で制して断る。
「……助けていただいき、ありがとうございます」
 私は頭を下げて、そう口にする。状況はわからないけど、治療をしてもらったのは確かだ。
「頭を上げて、そこまでの事は」
 メイユーの声が聞こえて、顔をあげる。少し悔しそうな表情。今にも謝罪の言葉を口にしそうな、そんな表情をメイユーは浮かべていた。どうしたんだろう。そう思っていると、メイユーは優しい表情に変わって、言葉を続けた。
「名前は言える? それから自分に何が起こったのか、理解できてるかしら?」
 混乱してしまわない様に、そんな気遣いが見え隠れした。それでいて包み込むように優しい声だった。この人はとても優しい人だ。私を守ろうとしている。気づかってくれている。
 わかっている。自分に起きた事。ちゃんと理解している。泣きわめくような事もしない。起こってしまった事は、受け止めるしかないのだ。
 私は一度大きく息を吐く。それからメイユーの目を見て答えた。
「私は小狗(シャオグー)、獣憑きに、なってしまいました」
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