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 暖かな光が降り注いでいた。花に囲まれている東屋に佇んで、私はそれを眺めていた。婚約者レオルと、ここで待ち合わせをしている。彼が来るまでいつもこうやって、ここからの景色を眺めていた。
「レオル様」
 少し高めの植木の陰から、レオルが姿を現す。穏やかな笑みで手を振ってこちらに近づいてきた。いつもの風景。私も微笑んで手を振り返す。なんて幸せな時間だろう。結婚してしまえば、こういうのは無くなってしまう。それは少し寂しいと思いつつ、早く結ばれたいという気持ちもある。贅沢な悩みだろうか。私は少し笑ってしまった。
「遅くなってすまない」
 レオルがあと数歩という距離まで、近づいてきていた。レオルは少し遅れてやってくる。これもいつも通り。いつもと違う所があるとすれば、今日は剣を腰に下げている事。その剣にレオルは手をかけて、勿体ぶる様に少しゆっくり抜く。そしてさらに数歩歩み寄ってきて、その剣を私のお腹に突き立てた。意外とすんなり剣の中間まで刺さり、背中から剣が突き出るのを感じる。痛みはあとからやってきた。
「な……なんで」
 本当に分からなかった。意味がわからない。怒らせてしまったとしても、さすがに剣で刺してくるような頭のおかしい人ではなかったはず。私がレオルの顔を見つめると、今まで浮かべていた笑顔が、雲った表情に変わる。
「すまない……君は危険な存在なんだそうだ」
 誰かから言われた様な物言いに、私は嫌な予感を感じる。頭に過った人物がいた。レオルはその人物に、ほとんど言いなりだ。
「昨日、聖女様の預言があった、サミュ、君はこの国を脅かす、夕闇の令嬢という人物になるだろうという事だ……だから殺すべきだとも」
 私が口を開こうとすると、それを遮るかの様にレオルは一気に剣を引き抜く。私の言葉は痛みの叫び声に変わってしまう。
「どうして、愛し合って……」
 地面に這いつくばりながら何とか痛みに耐え、そう口にしたけどそれも背中に突き立てられた剣によって途中で止められる。呼吸が上手くできない。声が出ない。口からはひゅうひゅうと、息が抜け出る音がするだけだ。
「僕はこの国の王子として、私情で国を危険にさらす訳にいかない」
 そう言いながらレオルは剣を抜く。もうすでに体の感覚が消えてきていて、痛みは無かった。私はレオルを見上げる。その姿は剣を振り上げて、突き刺す寸前の冷たい顔だった。相変わらず声は出ない。私はレオルから視線をそらさなかった。もしかしたらやめてくれるかもしれないという希望を持って。でも剣は振り下ろされて、視界は真っ暗になった。
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