上 下
9 / 28

悪役令嬢の囁き

しおりを挟む
「? と、とにかくこんなところに居たら」
 一瞬戸惑った表情を浮かべた後、思い出したように男の子が焦った声を出す。私が突然幸運などと言っていたから、戸惑ったのはわかる。だが、なぜこんなにも焦っているのだろう。しかも先ほどもそうだが、少し小声気味に話している。誰かに聞こえない様にしているような。
「何かに感づいたように、後ろ方向に走り出して」
 なぜか具体的に指示をしてくる。目は何かを訴えるような。だが、時間がなくて説明できないという感じだろうか。
 そんな男の子の姿を疑問に思って見つめていると、突然暗くなる。曇ったのかと思ったが違ったようだ。男の子の後ろに人が現れたのだ。人影によって暗くなったらしい。
「馬鹿野郎!」
 後ろに現れた人物の顔を見るより前に、そんな罵声があげられる。それから、男の子が横方向に吹っ飛ばされた。派手な音を立てて、建物の壁に男の子が叩きつけられる。
「なっ、大丈夫?!」
 男の子の方に顔を向けると、ぐったりとして頭から血を流していた。おそらく肩や腕も打ち付けている。何より顔が腫れていて、殴られたのが一目瞭然だった。すぐさま男の子の方に駆け寄って、抱きかかえた。息はあるし、意識もある。かなり頑丈な子らしい。
「……大丈夫」
 かすかに男の子が笑ってこちらを見た。自分がこんな状態にもかかわらず、私を安心させようとしたのだろうか。キュンッ。
「誘拐するために油断させろって言ったのに、忠告する馬鹿がどこにいる!」
 せっかくいいシーンだったのに、愚物に水を差された。男の子を殴り飛ばした愚物の方に顔を向けると、そこには見ずぼらしい姿の男が立っていた。見るに堪えない愚物。魔法でチリも残さず消し飛ばそうか。そう思ったが、良いことを思いついたので男の子の方に向き直る。
「聞いてんのか! 役立たず!」
 発言から察するに、あの男はこの子を使って私を誘拐しようとした。だが男の子は誘拐を良しとせず、正義感から逃げる様に促した。
 この正義感はいいわね。騎士として取り立てやすいわ。良い人材を一発で引いた。やっぱり私は幸運に愛されている。
「ねぇ、人生を変えたくない? こんな所から抜け出して、自分らしく生きられる場所に行きたくない?」
 私は魔法で男の子を癒しながら問いかける。いきなりの提案に、男の子は声が出ない様子だった。
 こういう子は恩義に報いなければいられないはずだ。それを利用する。最初は治療の様な小さい事から、返しきれないほどの大きな恩を着せる。それで一生忠誠を誓う騎士が出来上がる。くふふっ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?

真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

処理中です...