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覚悟
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「もし、帰って欲しいんやったら、帰るけど」
そう声をかけられて顔を向けると、和馬がキッチンから戻ってきていた。じっと探るように煌生を見つめている。
「……好きにしたらええよ」
「……俺が決めることちゃうやろ」
「……カズ」
「……なん」
「おってくれ」
「…………」
もう一度はっきりと伝える。
「俺の傍におってくれ」
和馬は無言でその場に立っていたが、やがてスタスタと歩き出し、どさっと煌生の隣へ腰かけた。相変わらず不機嫌いっぱいの顔のまま。その和馬らしい態度に思わず笑みを浮かべる。
「……なんで会いたくなかったん?」
前を向いたまま、ぽつりと和馬が呟くように尋ねてきた。
「……時間が欲しかってん」
「……なんの?」
「自分の気持ちを整理する時間」
「…………」
「……俺が家を飛び出したんは、一応理由があんねん」
「それは……家が嫌やったんやろ?」
「まあ……そうなんやけど。その根本にあったんは、なんでわざわざ殺し合いの中に入っていかなあかんねん、って疑問やった」
「…………」
「多くの人、傷つけて。仲間の内でドンパチやっとったらええけど、いつか、関係ない人まで傷つけるかもしれへん。いくら対立する組やからってその相手にも家族はおるし」
和馬がこちらを向いて煌生の横顔をじっと見つめている。その視線を感じながら、煌生は話を続けた。
「なんでそんなんしなあかんねん、って思うた。それに、意味はあるんか? って」
「……それをどう整理したん?」
「俺は、物事のほんの一面しか見てへんかったんやなって気付いた」
「…………」
「家を出て、初めて自由になったような気ぃで色々好き勝手やってきとったけど。好き勝手やっとったから見えることもあってん。外側から見ると、親父たちのやっとることは殺し合いだけちゃうねんなって分かった。むしろ、そんなのはほんの一部で、親父が好きで殺し合いやっとるわけやないんやなって。ほんまは、そんなんせんくても、平和に縄張り尊重し合って共存していけたらいいんやけどな。そうもいかん事情はあるのは分かっとる。色々噂で聞くからな。外におると」
「噂なん……ええ加減や」
「そうやな……やけど、親父に関する噂はそう悪いもんでもなかったで。部下を大事にする、情の厚いできた男やって結構噂になってたで。ついでに言うたら、慈善事業に積極的に投資したり、路頭に迷っとる奴を面倒みたり。極道やめて、公共広告機構にでも勤めたらどうやって、笑われとったわ」
「…………」
「やけど、俺はそれやったら、俺も笑われてもええかな思うた。この先、人を殺す時もあるやろ。その罪滅ぼしになるとは思わへんけど、少しでも親父みたいに誰かのために何かを犠牲にできるんは、ええかなって」
「……それは……」
「おん……まあ……やっと終わったっちゅーことやろうな、反抗期が。それを認めるんが嫌で、ここでしばらくうだうだしとったんやけど」
「…………」
「あともう1つ。逃げ出して分かったことは、お前が言うたとおり、俺はどこに行っても、五十嵐組の枠の中から出られへんって痛感したことやわ。自分は、普通の生活なんてもうとっくにできへんのやなって」
やから。そう呟いて、和馬を正面から見た。和馬は目を逸らさなかった。
「もう、逃げへんから」
覚悟はできたから。
見つめ合ったまま、数秒の沈黙が流れた。ふと、和馬が微笑んだ。そのまま近付いてきたなと思ったら、和馬と唇が重なっていた。何度か啄むようなキスをされる。和馬の舌がするっと入ってきた。煌生は迷わずその舌を絡め取る。
「ん……」
和馬が声を上げた。熱い息がどちらからともなく漏れる。ひとしきり唇を求め合った後、和馬がそっと唇を離した。数センチの距離で見つめ合う。
「俺も、もう逃げへん」
やから。そう言って和馬が煌生と額を合わせて、小さく囁いた。
「抱いてくれ」
そう声をかけられて顔を向けると、和馬がキッチンから戻ってきていた。じっと探るように煌生を見つめている。
「……好きにしたらええよ」
「……俺が決めることちゃうやろ」
「……カズ」
「……なん」
「おってくれ」
「…………」
もう一度はっきりと伝える。
「俺の傍におってくれ」
和馬は無言でその場に立っていたが、やがてスタスタと歩き出し、どさっと煌生の隣へ腰かけた。相変わらず不機嫌いっぱいの顔のまま。その和馬らしい態度に思わず笑みを浮かべる。
「……なんで会いたくなかったん?」
前を向いたまま、ぽつりと和馬が呟くように尋ねてきた。
「……時間が欲しかってん」
「……なんの?」
「自分の気持ちを整理する時間」
「…………」
「……俺が家を飛び出したんは、一応理由があんねん」
「それは……家が嫌やったんやろ?」
「まあ……そうなんやけど。その根本にあったんは、なんでわざわざ殺し合いの中に入っていかなあかんねん、って疑問やった」
「…………」
「多くの人、傷つけて。仲間の内でドンパチやっとったらええけど、いつか、関係ない人まで傷つけるかもしれへん。いくら対立する組やからってその相手にも家族はおるし」
和馬がこちらを向いて煌生の横顔をじっと見つめている。その視線を感じながら、煌生は話を続けた。
「なんでそんなんしなあかんねん、って思うた。それに、意味はあるんか? って」
「……それをどう整理したん?」
「俺は、物事のほんの一面しか見てへんかったんやなって気付いた」
「…………」
「家を出て、初めて自由になったような気ぃで色々好き勝手やってきとったけど。好き勝手やっとったから見えることもあってん。外側から見ると、親父たちのやっとることは殺し合いだけちゃうねんなって分かった。むしろ、そんなのはほんの一部で、親父が好きで殺し合いやっとるわけやないんやなって。ほんまは、そんなんせんくても、平和に縄張り尊重し合って共存していけたらいいんやけどな。そうもいかん事情はあるのは分かっとる。色々噂で聞くからな。外におると」
「噂なん……ええ加減や」
「そうやな……やけど、親父に関する噂はそう悪いもんでもなかったで。部下を大事にする、情の厚いできた男やって結構噂になってたで。ついでに言うたら、慈善事業に積極的に投資したり、路頭に迷っとる奴を面倒みたり。極道やめて、公共広告機構にでも勤めたらどうやって、笑われとったわ」
「…………」
「やけど、俺はそれやったら、俺も笑われてもええかな思うた。この先、人を殺す時もあるやろ。その罪滅ぼしになるとは思わへんけど、少しでも親父みたいに誰かのために何かを犠牲にできるんは、ええかなって」
「……それは……」
「おん……まあ……やっと終わったっちゅーことやろうな、反抗期が。それを認めるんが嫌で、ここでしばらくうだうだしとったんやけど」
「…………」
「あともう1つ。逃げ出して分かったことは、お前が言うたとおり、俺はどこに行っても、五十嵐組の枠の中から出られへんって痛感したことやわ。自分は、普通の生活なんてもうとっくにできへんのやなって」
やから。そう呟いて、和馬を正面から見た。和馬は目を逸らさなかった。
「もう、逃げへんから」
覚悟はできたから。
見つめ合ったまま、数秒の沈黙が流れた。ふと、和馬が微笑んだ。そのまま近付いてきたなと思ったら、和馬と唇が重なっていた。何度か啄むようなキスをされる。和馬の舌がするっと入ってきた。煌生は迷わずその舌を絡め取る。
「ん……」
和馬が声を上げた。熱い息がどちらからともなく漏れる。ひとしきり唇を求め合った後、和馬がそっと唇を離した。数センチの距離で見つめ合う。
「俺も、もう逃げへん」
やから。そう言って和馬が煌生と額を合わせて、小さく囁いた。
「抱いてくれ」
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