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縮まらない距離
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それから1週間に一度、和馬が訪ねてくるようになった。夕方近くに訪ねてきて、部屋が汚れていれば掃除をし、洗濯をし、最後に夕飯を作って帰っていった。
会話はほとんどなかった。煌生が話しかけても和馬が無視するからだ。ヘルパーに関する、必要最低限のことにしか反応してくれなかった。
めっちゃ、怒ってはるわ。
まあ、無理もないか。そう思って、今日もフローリングの床に座って黙々と洗濯物を畳む和馬の後ろ姿を見ながら思う。
素直じゃない和馬を苛めたくなって、ついつい無理やりヤろうとした。いや、ヤろうとはしてなかったか。ただ、あいつが傷つくようなことを言ってやりたかっただけだ。
その目論見どおり、和馬は傷ついた。だが、その傷は思ったよりも深かったようだ。そしてあの時のあの和馬の瞳を見て、煌生は後悔した。あんな風に和馬と距離を縮めようとしたって、効果がないことは分かっていたのに。
「カズ」
試しに名前を呼んでみる。
「…………」
やっぱり、無視や。
「腹、減った」
そう言うと、洗濯物を畳む手を止めて、和馬がこちらを振り返った。
「先、飯作るわ」
立ち上がって、キッチンへと消えていく。その後に続いた。一緒にキッチンに入ってきた俺を認めると、あからさまに和馬が嫌な顔をした。
「あっちいっとってくれへん? 気が散るわ」
「なんで? 警戒してるん?」
「……何が?」
「また俺に押し倒されるんちゃうかって」
「別に……」
そこまで言って、しまった、と思う。またやってしまった。どうしても和馬を困らせたくなるのだ。そんな困った顔を見て、可愛い、と思ってしまうのだ。
俺、昔から変わらへんな。
そう思う。和馬と過ごした少年時代。煌生は我儘放題だった。しゃーないなぁ、と和馬が苦笑いしつつも煌生の無理な要望を呑んでくれるのが嬉しくて。自分に従順な和馬が可愛くて。どうしても捻くれた言動をしてしまうのは、どうやらあの時のままらしい。
「ほな、向こうで待つわ」
これ以上絡んでまたキレられても面倒なので、一旦引き下がってリビングへと戻った。和馬の視線を感じたが、気付かないフリをした。
匂いからすると、今日はカレーらしい。煌生の好物を覚えていて、さりげなく料理に加える和馬にふと笑う。あの頃と変わらない、和馬の気遣いだった。
「できたで」
声がかかって、和馬が顔を出した。ダイニングテーブルへ皿に盛ったカレーライスを運んでくる。
「カズも一緒に食おうや」
「……腹減ってへんから」
そっけなく答えてリビングに向かい、洗濯物を再びたたみ始めた。それ以上誘うことを早々に諦めてダイニングテーブルに向かう。椅子に座ったところで飲み物がないことに気が付いて、キッチンへと取りにいこうと立ち上がった。その動きに気が付いて、和馬が腰を上げた。
「ええよ。俺が持ってくるわ」
「ああ……ありがとう」
「ビールでええか?」
「いや、今日はええわ。炭酸水ある?」
「あるよ」
冷蔵庫が開閉され、グラスに炭酸水が注がれる音が聞こえた。しばらくすると、グラスを持って和馬が現われた。が。キッチンとダイニングの境目にある壁に、和馬の肩が勢いよくぶつかったのが見えた。ぶつかったことに和馬自身が驚いて、グラスを持った手を激しく上下に揺らす。中身が飛び散った。
「……何してるん?」
炭酸水を長袖のTシャツの前身頃に派手にぶちまけた和馬が、唖然として立っていた。
「……距離感……間違えたわ……」
和馬は普段はしっかりして頼りがいがあるが、思わぬところでありえないことをやらかしたりすることが昔からあった。ガラス窓に気づかずぶつかったり、ラップがかかっているご飯にフリカケかけたり、腕時計つけたまま腕時計探していたり、挙げるときりがないほどの抜け具合だった。
「……お前、相変わらずやな」
その、ちょっと抜けとるとこ。そう言って、煌生が和馬に近付くと、和馬が警戒した顔を見せた。
「……なんやねん」
「いや、そのままでおるわけにはいかんやろ? 着替え貸したるから、脱げや」
「……自分でできるわ」
数歩下がって相変わらず警戒したままの和馬に、心の中で苦笑いしつつ、着替え持ってくるわ、とリビングを後にした。俺、どんだけ強姦魔かなんかと思われてんねん。そう思いながら。
会話はほとんどなかった。煌生が話しかけても和馬が無視するからだ。ヘルパーに関する、必要最低限のことにしか反応してくれなかった。
めっちゃ、怒ってはるわ。
まあ、無理もないか。そう思って、今日もフローリングの床に座って黙々と洗濯物を畳む和馬の後ろ姿を見ながら思う。
素直じゃない和馬を苛めたくなって、ついつい無理やりヤろうとした。いや、ヤろうとはしてなかったか。ただ、あいつが傷つくようなことを言ってやりたかっただけだ。
その目論見どおり、和馬は傷ついた。だが、その傷は思ったよりも深かったようだ。そしてあの時のあの和馬の瞳を見て、煌生は後悔した。あんな風に和馬と距離を縮めようとしたって、効果がないことは分かっていたのに。
「カズ」
試しに名前を呼んでみる。
「…………」
やっぱり、無視や。
「腹、減った」
そう言うと、洗濯物を畳む手を止めて、和馬がこちらを振り返った。
「先、飯作るわ」
立ち上がって、キッチンへと消えていく。その後に続いた。一緒にキッチンに入ってきた俺を認めると、あからさまに和馬が嫌な顔をした。
「あっちいっとってくれへん? 気が散るわ」
「なんで? 警戒してるん?」
「……何が?」
「また俺に押し倒されるんちゃうかって」
「別に……」
そこまで言って、しまった、と思う。またやってしまった。どうしても和馬を困らせたくなるのだ。そんな困った顔を見て、可愛い、と思ってしまうのだ。
俺、昔から変わらへんな。
そう思う。和馬と過ごした少年時代。煌生は我儘放題だった。しゃーないなぁ、と和馬が苦笑いしつつも煌生の無理な要望を呑んでくれるのが嬉しくて。自分に従順な和馬が可愛くて。どうしても捻くれた言動をしてしまうのは、どうやらあの時のままらしい。
「ほな、向こうで待つわ」
これ以上絡んでまたキレられても面倒なので、一旦引き下がってリビングへと戻った。和馬の視線を感じたが、気付かないフリをした。
匂いからすると、今日はカレーらしい。煌生の好物を覚えていて、さりげなく料理に加える和馬にふと笑う。あの頃と変わらない、和馬の気遣いだった。
「できたで」
声がかかって、和馬が顔を出した。ダイニングテーブルへ皿に盛ったカレーライスを運んでくる。
「カズも一緒に食おうや」
「……腹減ってへんから」
そっけなく答えてリビングに向かい、洗濯物を再びたたみ始めた。それ以上誘うことを早々に諦めてダイニングテーブルに向かう。椅子に座ったところで飲み物がないことに気が付いて、キッチンへと取りにいこうと立ち上がった。その動きに気が付いて、和馬が腰を上げた。
「ええよ。俺が持ってくるわ」
「ああ……ありがとう」
「ビールでええか?」
「いや、今日はええわ。炭酸水ある?」
「あるよ」
冷蔵庫が開閉され、グラスに炭酸水が注がれる音が聞こえた。しばらくすると、グラスを持って和馬が現われた。が。キッチンとダイニングの境目にある壁に、和馬の肩が勢いよくぶつかったのが見えた。ぶつかったことに和馬自身が驚いて、グラスを持った手を激しく上下に揺らす。中身が飛び散った。
「……何してるん?」
炭酸水を長袖のTシャツの前身頃に派手にぶちまけた和馬が、唖然として立っていた。
「……距離感……間違えたわ……」
和馬は普段はしっかりして頼りがいがあるが、思わぬところでありえないことをやらかしたりすることが昔からあった。ガラス窓に気づかずぶつかったり、ラップがかかっているご飯にフリカケかけたり、腕時計つけたまま腕時計探していたり、挙げるときりがないほどの抜け具合だった。
「……お前、相変わらずやな」
その、ちょっと抜けとるとこ。そう言って、煌生が和馬に近付くと、和馬が警戒した顔を見せた。
「……なんやねん」
「いや、そのままでおるわけにはいかんやろ? 着替え貸したるから、脱げや」
「……自分でできるわ」
数歩下がって相変わらず警戒したままの和馬に、心の中で苦笑いしつつ、着替え持ってくるわ、とリビングを後にした。俺、どんだけ強姦魔かなんかと思われてんねん。そう思いながら。
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