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征服欲

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 沈黙が流れる。

「ごめん……」
「……なんで言うくれへんかったん?」

 俯いたまま、和馬が尋ねた。

「言うたら、絶対付いてくる思うたから」
「…………」
「お前は真面目やし、見込みあると思うたし。俺みたいに、あの家が嫌で堪らんかったわけちゃうやろ?」
「…………」

 煌生は、実家を嫌悪していた。望んだわけではないのに、極道の家の息子として生まれて。自分はそんなつもりがないのに、素質があるだのなんだの言われて。あの古くさい慣習も、堅物な親父も、厳しい稽古も、何もかも。息苦しくて、逃げることばかり考えていた。

 それでも高校生まで耐えて来られたのは、和馬が傍にいたからだった。

『煌生。今日から同居する、和馬や』

 幼稚園年長だった煌生の前に、同じ歳の兄弟ができた。厳密に言えば、親父が養子縁組をしたわけではないので、戸籍上はなんの関わり合いもない。しかし、親父からは兄弟だと思えと言われてきた。

 成長してから知ったのは、和馬は両親の借金のカタに『売られて』来たこと。もちろん他に肉親もいなかった。借金のカタだなんて、ドラマにでもありそうなベタな理由やな、と思ったのを覚えている。

 本来ならば、和馬は五十嵐家の敷居を自由にまたげるような身分ではない。しかし、親父は和馬の内側にあるこの世界には貴重な『何か』を早々に感じ取っていたようだ。それに、煌生が小さい頃に他界した母親の代わりになるような、常に煌生の傍にいて面倒を見てくれる者を探していたのもある。

 親父は和馬を実の子供のように可愛がった。和馬はその期待に応えようと何もかもを必死になって学び、気が付けば、大抵の家事はそつなくこなせるようになり、文武両道な模範的な男へと成長していった。

 煌生はそんな和馬を尻目に適当に物事をこなしてきたが、それにも関わらず、成績も腕っ節もいつも和馬より上だった。そのせいで、素質があるだのなんだの言われてきたのだ。いや、正直言えば。少しは真剣に取り組んでいたかもしれない。和馬よりも上にいたくて。自分が『守る』立場でいたくて。

「お前がおったら、親父は大丈夫やろうと思うたし。俺も安心して任せられたし」
「アホか……」

 和馬が再び顔を上げて、煌生を睨んだ。

「親父が平気なわけないやろ。お前は親不孝もんや。孝行できる親がおるのにそれを放棄するなん、最低や」
「…………」

 そう吐き捨てるように言った後、和馬は再び背中を向けた。さっさと皿洗いを終わらせると、キッチンの隅に置いていた自分の鞄を手に取った。

「飯はできたから。温めて食べてや。要るもんがあったら、次までにリストにしといてくれ」

 素っ気ない態度のまま、和馬が煌生の隣を抜けていこうとした。煌生の中で、何かがチリチリと疼いた。素早く和馬の肩を掴むと、キッチンの壁に乱暴に押しつける。

「なにすんね……」

 抗議しようとする和馬の唇を強引に塞いだ。必死で抵抗しようとする手足を動かせないように股の間にぐっと片足を入れて、更に壁に向かって体重をかけて両腕を押しつけた。顔を振って、煌生の唇から逃れようとする和馬の唇を執拗に追い、捉え、舌をこじ入れた。和馬の口内を舌で舐め回そうとした瞬間。

「っつ……」

 下唇に痛みが走って、唇を離した。怒りに満ちた瞳でこちらを睨んでいる和馬と目が合う。舌で下唇を舐めると、血の味が口の中に広がった。

 思いっきり噛みおったわ。

 血の匂いが鼻の奥に突き抜けていき、煌生の感情が更に高ぶった。目の前の男を征服したい。そんな欲が生まれる。忘れていた、この感情。

 煌生は和馬が抵抗する暇も与えず、和馬の腕を掴むと、そのままキッチンのフローリングへと押し倒した。逃げられないように上に乗って、和馬を見下ろして問いかける。

「お前は……どうやったん?」
「…………」
「お前は平気やったん? 俺がおらんようなって」
「……平気やったわ」
「……そうか」
「…………」
「なら、俺に情はないやんな? おってもおらんでも一緒なんやろ? ほんなら、お前も『奉仕係』としてここにきたわけや」

 和馬がじっと煌生を睨み付けていた。ここに来てからずっとこの顔やな、と心の中で思う。

「なら……ちゃんと、最後の仕事してってくれや」
「…………」

 沈黙が続いた。相変わらず和馬は煌生から目を逸らすことなく、睨み続けていた。煌生もひるまず見つめ返す。長い沈黙の後、ゆっくりと和馬が口を開いた。

「俺を……抱くんか?」
「…………」
「他のヘルパーたちと同じように。犯すんか」
「…………」

 和馬の声は、微かに震えていた。それが、怒りからなのか、恐怖心からなのか、それとも悲しみからくるものなのか、煌生には分からなかった。だが、そんな瞳で見られたら。

 萎えるわぁ。
 
和馬を押さえつけていた腕の力を緩めた。和馬がゆっくりと煌生から離れた。立ち上がって、床に落ちていた鞄を拾い上げると、キッチンを出ていった。

 去り際にポツリと呟いて。

「また……来るわ」
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