上 下
188 / 239

No matter what ㉗

しおりを挟む
「アキちゃんが俺の傍にいてくれるんだったら、もう何も望まない」
「黒崎……」

 自分が生まれて初めて心から愛しいと思った男の顔が、今、目の前にある。どうしてかれたのかなんてどうでもいい。変態だろうと、ストーカーだろうと、嫉妬深かろうと、我儘わがまま放題だろうと。

 ありのままの自分を望んでくれるのなら。「アキ」ではない自分を求めてくれるなら。

 晃良はそっと黒崎の服の袖をつかんだ。優しい黒崎の視線を受けながら、じっとその瞳を見上げる。

「好きだ」
「…………」

 黒崎が目を見開いて一瞬完全に固まったように見えた。その数秒後。

「うわっ。なになに??」
「行くよ、アキちゃん」

 もの凄い勢いで腕を引っ張られて、部屋を引きずられるように出ていく。

「ちょっと! 黒崎??」
「移動する」
「どこに?」
「他のホテル」
「は? なに? なんで?」

 エレベーターに乗ったところで、ぎゅうううっ、と抱き締められた。

「アキちゃんとの初めてが、こんなショボいホテルなんて許せんし」
「は?」

 その言葉の意味を理解した途端、晃良の顔が赤くなる。黒崎の腕の中から黒崎を見上げる。

「どういうこと?」
「そのままの意味じゃん」
「だけど……」

 チン、と安っぽい音が響いてエレベーターが開いた。ロビーを再び引っ張られながら横切り外へと出る。すぐにタクシーを捕まえて乗り込んだ。

 行き先を黒崎が告げて、後部座席に落ち着いたところで黒崎に尋ねる。

「で、なんでこうなんの?」
「だから、そのままだって。アキちゃんとの初エッチがあんなとこなんて嫌だし」
「いや、それは理解したんだけど……」
「じゃあ、何?」
「さっきの流れからなんで急にそうなったわけ?」
「はあ?? 何言ってんの?? アキちゃん」

 黒崎が、そんなことを聞くなんて信じられない、という顔で晃良を見た。

「アキちゃんが誘ったじゃん!」
「は? いつ?」
「だから! 約束の! 愛しくなった時に、心を込めて、可愛く、誘うように『好き』って言ってくれるやつ!」
「……忘れてた」
「……出た。すぐ忘れる。アキちゃん、ほんとそういうとこあるよね」
「ごめんって。だけど、言ったじゃん。結局」
「無意識にじゃん。約束忘れてたじゃん」

 黒崎がねた顔をした。

 これは、早めに機嫌を取った方がいいな。

 そう思った晃良は、そっと黒崎の手に自分の手を重ねた。

「なあ、だけど、考えてみろよ」
「……何を?」
「無意識ってことは、本当にそう思ってなかったら出ないだろ」
「そうだけどぉ……」

 ぐっと黒崎に耳元に顔を近づけた。そっとささやく。

「無意識で言ったくらい、色々あふれた」
「…………」

 あ、この顔、さっきと一緒じゃん。

 再び黒崎の固まった顔が現れた。と、突然、がばっと身を起こして、タクシー運転手へと訴える。

「全力で急いでくれる??」

 こっちも色々あふれそうだわ。

 そうボソッと聞こえた黒崎のつぶやきに、ふふっ、と笑う。黒崎と手を重ねたまま、キラキラと輝く夜の街を車窓から眺めた。
しおりを挟む

処理中です...