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No matter what ⑰

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 クリスをホテルルームまで送り届けた後、他のBGに挨拶をして(頑張れよっ、とかお気の毒様、とか言われながら)自分のホテルへと一旦戻った。シャワーを浴び、普段着に着替えて携帯をチェックすると、尚人からの着信があった。折り返そうかと思ったが、おそらくもう尚人は仕事へ向かっているだろう。尚人からメールが来ているのを確認すると、すぐに開く。そこには、晃良が予想していた通りの答えが書かれていた。

 やっぱりそうか。

 ならば。これから晃良が向かうところは、それほど居心地のよいところではないかもしれない。晃良は警戒する気持ちを抱えたまま、支度をし、ホテルを出た。

 クリスから邪魔するなとでも言われたのだろうか。エレベーターから部屋に辿たどり着くまでの間、ホテル側のスタッフも本来ならば配置されているはずのBGたちの姿もなかった。ますます警戒の気持ちが高まる。

 部屋の前まできて、手渡されたカードキーを差し込んだ。カチッと小さな音が鳴り、ロックが解除される。晃良はノックをし、ゆっくりとハンドルを握ってドアを開いた。

 は?

 部屋は真っ暗だった。急に暗闇に襲われたため、目がすぐに慣れない。ソファのある部屋まで慎重に進む。

「遅かったね」

ソファのある辺りからクリスの声がした。

「……なんの真似だ」
「あれ? なんか、急に言葉遣い悪くなったね。あ、そうか。もう仕事じゃないもんね」
「……お前、一体何が目的なんだ」
「アキラもさぁ。薄々気づいてるんでしょ?」
「……何が」
「……俺がアキラのこと嫌いだって」
「!!」

 突然、部屋に複数の人間の気配がして、晃良へと向かってくるのがわかった。薄暗い中、持ち前の勘と反射神経を武器に、つかみかかろうとする人影をかわす。しかし、まだ視界がしっかりと確保されていない中、複数に対して1人で応戦するには無理があった。

「うっ……」

 人影の1人が繰り出してきた拳を片手で受け止めた瞬間、別の誰かの拳が晃良のみぞおちに深く入った。そのまま床に崩れ落ちる。ごほごほと、苦しさに必死に呼吸をしようとしている間に後ろから布で口を塞がれた。

「んっ!!」

 首を振って抵抗しようとするが無駄だった。薬品の独特の匂いが、息を吸う度に深く侵入してくるのを感じた。ゆっくりと意識が遠のいていく。

 一瞬、黒崎の顔が脳裏に浮かんだ。

『なんかあったら、俺を呼んで』

 そう言った黒崎の声を思い出す。

『黒崎』

 心の中で黒崎の名前を呼ぶ。

 その直後、完全に意識が途絶えた。

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