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Out of control ⑳

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 古典的なやり方だが、どうやら晃良には効果があったらしい。

「ん……」

 次に意識が戻ったときには、もう翌朝だった。体を起こしてベッドを見ると、涼はもういなかった。

 あれ? 今、何時?

 そう思い、部屋の時計で時刻を確認すると9時前だった。驚いて飛び起きる。なかなか寝付けなかったとはいえ、こんなに遅く起きたのは久しぶりだった。仕事は午後からなので遅刻する心配はないが。気になったのは、そんなことではなくて。

 急いで布団を畳むと、リビングへと向かう。

「あ、晃良くん、おはよう。今日、遅いね、起きるの」
「尚人、黒埼たちは?」
「え? ああ、さっき出たよ」
「え……」

 黒埼と有栖は帰国するためにすでに空港に向かった後だった。尚人が、朝ご飯食べるよね? とキッチンへ向かいながら話を続けた。

「涼ちゃんももう仕事出たし。俺、今日は午後からだから。晃良くんもだよね?」
「……なんで起こしてくれなかったんだよ?」
「え? だって、晃良くん疲れてたみたいだったし。黒埼くんとも会いたくなさそうだったから起こさない方がいいだろうって」
「…………」

 胸の奥がぎゅっと苦しくなる。自分が黒埼を避けていたくせに。またしばらく会えないと思うと、急に寂しくなった。そして、無性に会いたくなる。

 尚人がキッチンへ行こうとしていた足を止めて、こちらを見た。

「晃良くん。行ってきたら?」
「…………」
「このまままたしばらく会えないの嫌でしょ?」
「……そんなことない」
「そんなことあるよ。晃良くんは隠してたつもりかもしれないけど、隠し切れてないから」
「……何が?」
「だから。黒埼くんのこと。好きでしょ?」
「……好きじゃない」
「もう……。ほんとに素直じゃないよね。なんで認めたくないの?」
「……まだ自信がないから」
「自信? なんの?」

 尚人が不思議そうな顔で晃良を見た。

「……勝つ自信」
「……何に?」
「過去の自分」
「…………」

 尚人がじっと晃良を見つめて黙った。何か考えを巡らせている尚人を真正面から見返す。しばらく黙って見つめ合っていたが、ふと尚人が口を開いた。

「……勝てる見込みはあるの?」
「さあ……だけど、今はない」
「……そう」
「だから。今は意地でも伝えるつもりはないし、見せるつもりもない。そんで、尚人にも涼にも認めない」
「今回のことでバレバレでも?」
「バレバレでも」
「……とりあえずそれはわかったけど。今回の黒埼くんの悪ふざけは許してあげたら? 本人、めちゃくちゃヘコんでたし」
「……涼にも同じこと言われた」
「あの黒埼くんが、晃良くんに絡まずに大人しく帰るなんで非常事態じゃん」
「…………」
「このままだと、勝つ勝たないの前に黒埼くんと前みたいに付き合えなくなるんじゃない?」

 だから、ほら。今なら間に合うから。そう言って、尚人が微笑んだ。そんな尚人を見ながら考える。

 もちろん、まだ怒りはある。悔しさもある。気持ちが露見した恥ずかしさもある。だけど。

『ごめん』

 倉庫で抱き締められながら何度も黒埼が口にした言葉を思い出す。

 再び、ぎゅうっ、と胸が締め付けられる。

 そう。それ以上に。

 黒埼にもう一度会いたい気持ちの方が、はるかに強い。

「………行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」

 尚人の言葉を背中に聞きながら、晃良は自室へ急いで戻ると身支度を済ませた。隠しておいた買い物袋も引っつかんで家を出る。車に飛び乗ると空港へと発進させた。

 今から向かえば、出国審査のゲートに入る前に捕まえられるかもしれない。晃良は焦る気持ちを抑えながら、それでも事故は起こさぬよう慎重にハンドルを握った。
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