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Touched on the past ⑭

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「そんな、謝ってほしくて来たわけじゃなくて、あれは俺たちが先生の言うこと聞かなかったからだし。もうとっくの昔の話ですから……」

 その晃良の言葉に、女性職員が一瞬はっとした顔をした。

「アキちゃん……。『俺たち』って……。覚えてるの? 氷雅くんのこと」
「……夢の中では名前も顔もはっきり出てこなかったんですけど……。先日、再会しました」

 女性職員は驚いたような顔をして晃良を見つめた。

「あの子、日本にいるの?」
「いや、アメリカ在住だって言ってましたけど……」
「そうだったわよね……。あの事故の後、氷雅くんはすぐにアメリカ人夫婦の養子としてアメリカに渡っていったから」
「あの……俺と黒埼は一体どういう関係だったんでしょう?」

 そう尋ねると、女性職員はどう答えようかと迷うような顔をしてしばらく黙っていた。それから、はぁっ、と小さな溜息ためいきを吐くと、晃良を再び見た。

「どこまで言っていいのかわからないし、推測の話もあるから、私ができるとこだけ話すわね」
「お願いします」
「氷雅くんはね、凄く頭の良い子だった。生まれてすぐに施設に来たの。赤ん坊のときに。それで4歳か5歳くらいのときには、小学生で習うようなレベルの勉強もできたし、IQって言うの? それが凄く高かったみたい。まあ、そこに目を留められて、アメリカ人夫婦が引き取ったんだけど」

 やはり。黒埼は幼い頃から天才児だったのだ。そうでもなければ、なかなかあんな世界最先端の環境で国のために働くなんてことはできないだろう。

「頭が良かったからかはわからないけど、大人びた子だった。いつも静かで人見知りで、友達もできなくて。何を考えてるかわからないような子だったんだけど、なぜかアキちゃんとはすぐ仲良くなってたわ」
「……そうですか」
「私たちも人見知りがそれで直るんだったらいいかな、ぐらいにしか思ってなかったし。アキちゃんは、真っ直ぐで明るい子だったから、氷雅くんにはとても良い影響になってるんだろうなって思ってたの」
「何か……あったんですか?」
「……それが……そこははっきりしないんだけど。とにかく仲良くて、四六時中一緒にいたのよ。部屋は別々だったんだけど、よくお互いの部屋を行き来してたみたいだし。あと、駄目だって言っても施設抜け出して裏山に遊びにいくこととかしょっちゅうだった」

 自分の話をされているのに、全く実感が沸かない。あの黒埼と、そんなに一緒にくっつき合っていたなんて。
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