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Going out with you ②

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 そのときの出来事を今日、トレーニングをしながら思い出していたのだ。そこで、自分的にはかなり不本意だが、もしかしたら黒埼といることで、黒埼と話すことで、何かトリガーのようなものが働いて、記憶がよみがえる可能性があるのでは、と思い立った。

 黒埼と初めて会ったときも。

『待ってるからな、アキ』

 耳元でそうささや囁かれたときに、この声を知っていると確信した。あの少年は黒埼だったのだと理屈ではなく、感覚でわかった。

 だから。黒埼ともっと時間を一緒に過ごせば、それだけ記憶を取り戻すチャンスも増えるのではないか。そう思ったのだ。ただ、自分からアメリカに会いにでも行ったら、監禁かなにかされて日本に返してもらえる保障がない予感がした。そのため、黒埼の時間が空いたときに日本で再会できないか、打診してみようとメールを打ってみたのだが。

「送信」のボタンを押すことを晃良の心のどこかが抵抗していた。そしてそのまま1時間近く画面とにら合っていたときに涼が帰宅したらしい。

「ふーん。トリガーになるかもってことか」

 一通り簡単に説明すると、涼はなるほどね、という顔をして言った。

「でもさぁ。黒埼くんにそんなメールしたら、絶対あの人勘違いすんじゃないの? デートの誘いだと思われるだけじゃね? この前、時間なくてできなかったから、凄ぇ楽しみにしてんでしょ?」
「それはそうなんだけど。でも、俺もこのままだとすっきりしねぇし。もうあいつと中途半端に関わってるからなぁ。思い出せるもんなら思い出したいし」
「……なあ、晃良くん」
「ん?」
「もしさぁ、全て思い出せたとして、それが晃良くんにとっては予想外の事実がいっぱいあったらどうすんの?」
「予想外?」
「そう。例えば、本当は黒埼くんと血のつながった兄弟だったとか」
「……ちょっと、待て。お前、それだったら本当に黒埼の頭おかしいだろ? なんで、俺に迫ってくんだよ」
「まあ、それはありえない例えだけど」
「はあ……」
「あとは……黒埼くんが施設にいた頃は凄ぇ悪い奴で、晃良くんが暴行受けてたとか」
「精神的な暴力は今受けてるけどな」
「いや、冗談言ってる場合じゃないって。それもないとは思うけど、そういう自分にとっては思い出したくもない記憶も戻ってくるかもしんないじゃん」
「まあ……」
「もしそうだったとき、晃良くんはそれを受け止める覚悟はあんの?」
「……そこまで考えてなかった」
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