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32.本番前夜の約束
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とぐろを巻いてうねり暴れ出す感情に意味も分からず息が詰まって、止められない涙がみっともなくぼろぼろと溢れ落ちていく。
桎月の制服を濡らしてしまうのが嫌で、けれど顔を見られるのも嫌だったから背中を丸めて頭頂部を胸板に押し付けた。こっそりと鼻を鳴らしたのは一体いつぶりか。
『——絆。俺に、守られてくれないかな。それで、俺の一番近くでずっと輝いててよ』
桎月に言われた言葉が忙しなく脳内を駆け回る。
どこか芝居がかった口調が告げるのはどこまでが本音で、どこからが誇張なのか。それについて俺が知る由もないけど、そんなことを物怖じせずあっさりと聞けるほどの明快さをもう俺は持ち合わせていなかった。
ただ、何も言えずに桎月の制服をシワができるほど握り込む。
俺が完璧でなくても傍にいてくれる人はいて、そのうえそれは桎月だった。ずっと俺の後ろをついてきて、いつの間にか俺の前を歩いていた桎月。
これからは俺の傍にいてくれるような口ぶり。それはずっと望み続けていた甘美な夢。けれど。どうせ突き放されるかもしれない未来に手を伸ばす勇気なんか、とうの昔に捨ててしまった。はず、なのに。
これ以上ないほど繊細な手つきで頭を撫でられて、いつもなら見下されているようで不快感しか抱かない行動にとくとくと柔らかい心音を刻んでいく。桎月の匂いと体温に包まれて、ゆったりと頭を撫でられて。全身から力が抜けていくのが分かった。
恐怖から腰を抜かしていたときとは違う、リラックスしている状態であることが自分で理解できて妙に気恥ずかしい。
ふと、手を伸ばして桎月の背中に腕を回そうとしたときだった。突然、視界が白飛びする。長かった停電が復旧したらしい。もたらされていた暗闇が掻き消され、アリーナや自室と比べてしまえば薄暗いとはいえ、照明によって照らされた物置倉庫は人が過ごすために相応しい明るさを取り戻した。
「……桎月」
「なあに、絆」
俺が話し出すまで黙って抱きしめ続けていてくれた桎月のおかげで、暗闇の中でも息ができていたとようやく気づいた。
「ありがとう。俺のこと、見ててくれて」
頭の上で小さく笑いが溢されて、どんな顔を俺に向けているのか気になって止まらなくなった涙を流し続けたまま桎月を見上げた。
「っ」
桎月を見たのは俺の勝手だったけど、ひどく穏やかで、清くて、優しいふにゃふにゃした笑顔を見て、もう、だめだった。
「え、き、絆⁈ も~、絆ってそんな泣き虫だったの?」
「そんなわけない、だろ。全部、桎月のせいだ。桎月のせいで、俺は、もう……一人じゃ、耐えられない」
頭の中がかき混ぜられたようにぐちゃぐちゃして、涙は止まらないし、じんわりとした多幸感はとめどなく溢れてくるし、情けなくて、恥ずかしくて、それでも今桎月の琥珀色に映っているのが俺だけである事実に自然と頬が緩んでいく。
詰められるほどの距離はないくらい近いのに、もっと桎月に触れていたくて身を押し付けると、一度、明かりが点いたことで伸ばしそびれた腕を桎月の背に絡めた。
少しばかり跳ねた肩が、支えるように腰へ回された手が、甘い微笑みが、どうしようもないほど……愛おしい。
「ねえ、桎月。俺にも桎月のこと守らせて。もう俺以外の足引っ張ろうとするな。俺がずっと、桎月の理想で在り続けるから。俺以外のこと、見てる暇ないくらい、桎月の期待に応えてみせるから。だから、俺の隣にいて、くれない」
膝立ちになって、両手で桎月の頬を掴んで目を合わせる。濡れて歪む視界で、桎月の頬にぽつぽつと俺の涙が垂れていくのを見た。
「……うん。安心してよ。俺も、絆がいないと退屈過ぎて生きていけない自信あるし」
桎月からの答えに息を吐いて、それじゃあ、と口を開く。
明日の舞台。嫌じゃなければ、桎月のタオルを貸して欲しい。
そう言えば、引かせてしまうかと両手の指先をいじってどくどくと心臓が音を立てたけど。存外すぐに返ってきた承諾の言葉に、少しだけ、張り詰めていた気が軽くなったように感じた。
○
桎月の制服を濡らしてしまうのが嫌で、けれど顔を見られるのも嫌だったから背中を丸めて頭頂部を胸板に押し付けた。こっそりと鼻を鳴らしたのは一体いつぶりか。
『——絆。俺に、守られてくれないかな。それで、俺の一番近くでずっと輝いててよ』
桎月に言われた言葉が忙しなく脳内を駆け回る。
どこか芝居がかった口調が告げるのはどこまでが本音で、どこからが誇張なのか。それについて俺が知る由もないけど、そんなことを物怖じせずあっさりと聞けるほどの明快さをもう俺は持ち合わせていなかった。
ただ、何も言えずに桎月の制服をシワができるほど握り込む。
俺が完璧でなくても傍にいてくれる人はいて、そのうえそれは桎月だった。ずっと俺の後ろをついてきて、いつの間にか俺の前を歩いていた桎月。
これからは俺の傍にいてくれるような口ぶり。それはずっと望み続けていた甘美な夢。けれど。どうせ突き放されるかもしれない未来に手を伸ばす勇気なんか、とうの昔に捨ててしまった。はず、なのに。
これ以上ないほど繊細な手つきで頭を撫でられて、いつもなら見下されているようで不快感しか抱かない行動にとくとくと柔らかい心音を刻んでいく。桎月の匂いと体温に包まれて、ゆったりと頭を撫でられて。全身から力が抜けていくのが分かった。
恐怖から腰を抜かしていたときとは違う、リラックスしている状態であることが自分で理解できて妙に気恥ずかしい。
ふと、手を伸ばして桎月の背中に腕を回そうとしたときだった。突然、視界が白飛びする。長かった停電が復旧したらしい。もたらされていた暗闇が掻き消され、アリーナや自室と比べてしまえば薄暗いとはいえ、照明によって照らされた物置倉庫は人が過ごすために相応しい明るさを取り戻した。
「……桎月」
「なあに、絆」
俺が話し出すまで黙って抱きしめ続けていてくれた桎月のおかげで、暗闇の中でも息ができていたとようやく気づいた。
「ありがとう。俺のこと、見ててくれて」
頭の上で小さく笑いが溢されて、どんな顔を俺に向けているのか気になって止まらなくなった涙を流し続けたまま桎月を見上げた。
「っ」
桎月を見たのは俺の勝手だったけど、ひどく穏やかで、清くて、優しいふにゃふにゃした笑顔を見て、もう、だめだった。
「え、き、絆⁈ も~、絆ってそんな泣き虫だったの?」
「そんなわけない、だろ。全部、桎月のせいだ。桎月のせいで、俺は、もう……一人じゃ、耐えられない」
頭の中がかき混ぜられたようにぐちゃぐちゃして、涙は止まらないし、じんわりとした多幸感はとめどなく溢れてくるし、情けなくて、恥ずかしくて、それでも今桎月の琥珀色に映っているのが俺だけである事実に自然と頬が緩んでいく。
詰められるほどの距離はないくらい近いのに、もっと桎月に触れていたくて身を押し付けると、一度、明かりが点いたことで伸ばしそびれた腕を桎月の背に絡めた。
少しばかり跳ねた肩が、支えるように腰へ回された手が、甘い微笑みが、どうしようもないほど……愛おしい。
「ねえ、桎月。俺にも桎月のこと守らせて。もう俺以外の足引っ張ろうとするな。俺がずっと、桎月の理想で在り続けるから。俺以外のこと、見てる暇ないくらい、桎月の期待に応えてみせるから。だから、俺の隣にいて、くれない」
膝立ちになって、両手で桎月の頬を掴んで目を合わせる。濡れて歪む視界で、桎月の頬にぽつぽつと俺の涙が垂れていくのを見た。
「……うん。安心してよ。俺も、絆がいないと退屈過ぎて生きていけない自信あるし」
桎月からの答えに息を吐いて、それじゃあ、と口を開く。
明日の舞台。嫌じゃなければ、桎月のタオルを貸して欲しい。
そう言えば、引かせてしまうかと両手の指先をいじってどくどくと心臓が音を立てたけど。存外すぐに返ってきた承諾の言葉に、少しだけ、張り詰めていた気が軽くなったように感じた。
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