23 / 40
22.期待と焦燥
しおりを挟む
●●●
昨日からぼうっとした意識のまま、今日も一日の授業が終わった。
担任の鏡先生は相変わらず俺を目の上のたんこぶのように扱ってきたけど、いい加減俺も慣れたのか今日はさほど気にならなかった。
「絆先輩、大丈夫ですか? もう少し休憩しても……」
「うん、平気。ごめんね。次は、ちゃんとやるから」
今は部活に、演技に集中しないと。
後輩に心配をかけて、あろうことかくだらないミスを重ねて、目も当てられない。
あれ以降布顛は大人しくしていて俺に関わってくることもなくなった。蓮斗も、気遣わしげな視線は向けてくるけど距離を置いてくれてるみたい。桎月は、俺の代わりに後輩たちの面倒を見てくれている。
本当に、情けない。
もう栄冠祭も目前、あと二週間と迫っているのに。
広々としており、羽を伸ばして練習できる広いアリーナ。その広さが、熱を持って練習に励む部員たちの姿が、どうしようもないほど俺をちっぽけに見せてくる。漏れ出しそうになった言葉にさえならない息をこくりと飲み込んだ。
深呼吸を、一つ。
おそらく困り眉の後輩を映す視界はぼんやりと揺れていて、そのかすみはノイズさながら。
準備ができたと目配せし、背を向ける。しっかりと立っていられるように二本の足へ力を入れた。
「『——陛下、失礼します』」
役である臣下のものへと変化した声色を合図とし、閉じた目をゆっくりと開く。
「『ああ』」
「『今日はあの男、マロンは来ていないのですね。近頃は騒がしいほどに城への不法侵入を繰り返していたというのに』」
演じるシーンはちょうど中盤あたり。
焦った王の独裁に民の溜まった不満は爆発寸前だった。そんなときに行動を起こしたのが一人の国民、マロン。彼は建物自体の経年劣化と人員不足で守りの弱くなった城へ忍び込み、命の危機を掻い潜りながら王であるオペラに付きまとう。民へは説得と称して暴動を起こさぬよう時間を稼ぎ、オペラが民の声を聞くよう拗れた心を紐解いていく中盤。
この頃から強引で、けれど身分を超えて接してくれる唯一の理解者であるマロンにオペラは開いた心、その感情が恋へと移ろっていく。そんなわけだけど。
「『そう、だな。あいつがいないと静かで良い』」
「『ええ、そうですか? 陛下ってば、いつもよりつまらなさそうに見えますけど』」
「『冗談はよせ。今のうちに政策の練り直しをするとしよう。もう、時間がないんだ』」
「『はい! 自分もお手伝いしますよ。陛下ならきっと、この国を良い方向に導いてくれます!』」
「『はは……。当たり前だ。私は、この国を死なせないことが、役目なのだから』」
まただ。口にするセリフが違和感に満ちている。虫食いで文字の欠けた台本を読んでいるような、そんな感覚。
臣下から寄せられる期待に目を背けたくなる気持ちは、どうしてだか痛いほどよく分かった。けれど、役に自分を投影すればするほど、自分と役の境目が分からなくなって思ったように動けなくなる。
バレンタインをモチーフにした、ラブロマンス要素の入った演劇。中心人物となるのは俺の演じる王子オペラと、桎月が演じる平民のマロン。
少しばかり難航した部分もあれど、役柄は掴めた。けれど、いつものように演じることができない。俺の演技を客観的に見つめられなくなって、まるで俺自身がオペラであるかのような肌寒い感覚に襲われる。掴みかけたかと思えば、遠のいて。掬い上げた水が、指の隙間からこぼれ落ちるように。必死に手繰り寄せても分からなくなる一方で、頭に叩き込んだセリフには虫食いが増えていく。
「ぱい……絆先輩!」
「え、あ。俺、また。……ごめん」
「いえ……。絆先輩、最近隈も酷いですし、元気もないですし、やっぱり具合が悪いんじゃないですか? 俺たちなら大丈夫なので、無理せず休んでくださいよ! 絆先輩ならぶっつけ本番でもかっこいい演技しちゃうでしょうし!」
「っ……?」
また、この感覚。いつも通り生活していても、演技をしていても感じるずきりとした胸の痛み。目を逸らしたくなるような、違和感。何から逸らしてしまいたいのかは、分からないけれど。
本当に、だめだなあ。足先も、指先も、セリフを紡ぐ口先も、みっともなく震えてしまう。目を瞑れば上下左右も掴めなくなってしまいそうな危うい感覚に支配されて。心臓を覆う演劇部のジャージに指を添わせて浅くシワを作れば、目頭がじんと鈍い熱をはらんだ。
「……ごめん、ありがとう。それじゃあ今日はここまでにしてもらってもいいかな。ちょっと、アドバイスもらってくる。期待には、ちゃんと応えられるように練習するから」
「っ、流石です絆先輩! ありがとうございました。早く元気になってくださいよ!」
元気よくガッツポーズで「応援してます」と励まされて頷くように目を逸らす。
今までならきっと、こんなことはされなかった。心配げな視線を寄越して励まされることなんか、なかった。心配しているようなのに、でも、俺なら。星塚絆ならやれるだろうと言わんばかりの期待の捨てられていない目が温かくて、痛かった。
期待に応えないといけない。
期待に応えたい。
それができないなら、俺は星塚絆でいられなくなるから。
だから。おぼつかない足で一歩一歩地を踏み締め向かう先は、ただ一つ。
「——桎月」
なんの感情が燻っているのかは、分からない。ただ、眉間には必要以上にシワが寄り、腹は煮え立つようで、自分への嘲笑が溢れそうで、幼子同様に泣き喚いてしまいたいような奇妙な感覚。
俺は、みんなの期待を、何より桎月の期待を超えて見せないといけない。
けれど、オペラが滅亡に向かう国の救い方が分からないように、俺もどう期待に応えればいいか分からなくなってしまった。
振り返って口を開こうとした桎月の胸ぐらを掴む。謙虚さ、素直さ、可愛げ。そんなもの、俺は持ち合わせていないから。力が入らず震える手で、桎月をこの場に繋ぎ止める。
「俺と、演技、合わせてくれない」
○
昨日からぼうっとした意識のまま、今日も一日の授業が終わった。
担任の鏡先生は相変わらず俺を目の上のたんこぶのように扱ってきたけど、いい加減俺も慣れたのか今日はさほど気にならなかった。
「絆先輩、大丈夫ですか? もう少し休憩しても……」
「うん、平気。ごめんね。次は、ちゃんとやるから」
今は部活に、演技に集中しないと。
後輩に心配をかけて、あろうことかくだらないミスを重ねて、目も当てられない。
あれ以降布顛は大人しくしていて俺に関わってくることもなくなった。蓮斗も、気遣わしげな視線は向けてくるけど距離を置いてくれてるみたい。桎月は、俺の代わりに後輩たちの面倒を見てくれている。
本当に、情けない。
もう栄冠祭も目前、あと二週間と迫っているのに。
広々としており、羽を伸ばして練習できる広いアリーナ。その広さが、熱を持って練習に励む部員たちの姿が、どうしようもないほど俺をちっぽけに見せてくる。漏れ出しそうになった言葉にさえならない息をこくりと飲み込んだ。
深呼吸を、一つ。
おそらく困り眉の後輩を映す視界はぼんやりと揺れていて、そのかすみはノイズさながら。
準備ができたと目配せし、背を向ける。しっかりと立っていられるように二本の足へ力を入れた。
「『——陛下、失礼します』」
役である臣下のものへと変化した声色を合図とし、閉じた目をゆっくりと開く。
「『ああ』」
「『今日はあの男、マロンは来ていないのですね。近頃は騒がしいほどに城への不法侵入を繰り返していたというのに』」
演じるシーンはちょうど中盤あたり。
焦った王の独裁に民の溜まった不満は爆発寸前だった。そんなときに行動を起こしたのが一人の国民、マロン。彼は建物自体の経年劣化と人員不足で守りの弱くなった城へ忍び込み、命の危機を掻い潜りながら王であるオペラに付きまとう。民へは説得と称して暴動を起こさぬよう時間を稼ぎ、オペラが民の声を聞くよう拗れた心を紐解いていく中盤。
この頃から強引で、けれど身分を超えて接してくれる唯一の理解者であるマロンにオペラは開いた心、その感情が恋へと移ろっていく。そんなわけだけど。
「『そう、だな。あいつがいないと静かで良い』」
「『ええ、そうですか? 陛下ってば、いつもよりつまらなさそうに見えますけど』」
「『冗談はよせ。今のうちに政策の練り直しをするとしよう。もう、時間がないんだ』」
「『はい! 自分もお手伝いしますよ。陛下ならきっと、この国を良い方向に導いてくれます!』」
「『はは……。当たり前だ。私は、この国を死なせないことが、役目なのだから』」
まただ。口にするセリフが違和感に満ちている。虫食いで文字の欠けた台本を読んでいるような、そんな感覚。
臣下から寄せられる期待に目を背けたくなる気持ちは、どうしてだか痛いほどよく分かった。けれど、役に自分を投影すればするほど、自分と役の境目が分からなくなって思ったように動けなくなる。
バレンタインをモチーフにした、ラブロマンス要素の入った演劇。中心人物となるのは俺の演じる王子オペラと、桎月が演じる平民のマロン。
少しばかり難航した部分もあれど、役柄は掴めた。けれど、いつものように演じることができない。俺の演技を客観的に見つめられなくなって、まるで俺自身がオペラであるかのような肌寒い感覚に襲われる。掴みかけたかと思えば、遠のいて。掬い上げた水が、指の隙間からこぼれ落ちるように。必死に手繰り寄せても分からなくなる一方で、頭に叩き込んだセリフには虫食いが増えていく。
「ぱい……絆先輩!」
「え、あ。俺、また。……ごめん」
「いえ……。絆先輩、最近隈も酷いですし、元気もないですし、やっぱり具合が悪いんじゃないですか? 俺たちなら大丈夫なので、無理せず休んでくださいよ! 絆先輩ならぶっつけ本番でもかっこいい演技しちゃうでしょうし!」
「っ……?」
また、この感覚。いつも通り生活していても、演技をしていても感じるずきりとした胸の痛み。目を逸らしたくなるような、違和感。何から逸らしてしまいたいのかは、分からないけれど。
本当に、だめだなあ。足先も、指先も、セリフを紡ぐ口先も、みっともなく震えてしまう。目を瞑れば上下左右も掴めなくなってしまいそうな危うい感覚に支配されて。心臓を覆う演劇部のジャージに指を添わせて浅くシワを作れば、目頭がじんと鈍い熱をはらんだ。
「……ごめん、ありがとう。それじゃあ今日はここまでにしてもらってもいいかな。ちょっと、アドバイスもらってくる。期待には、ちゃんと応えられるように練習するから」
「っ、流石です絆先輩! ありがとうございました。早く元気になってくださいよ!」
元気よくガッツポーズで「応援してます」と励まされて頷くように目を逸らす。
今までならきっと、こんなことはされなかった。心配げな視線を寄越して励まされることなんか、なかった。心配しているようなのに、でも、俺なら。星塚絆ならやれるだろうと言わんばかりの期待の捨てられていない目が温かくて、痛かった。
期待に応えないといけない。
期待に応えたい。
それができないなら、俺は星塚絆でいられなくなるから。
だから。おぼつかない足で一歩一歩地を踏み締め向かう先は、ただ一つ。
「——桎月」
なんの感情が燻っているのかは、分からない。ただ、眉間には必要以上にシワが寄り、腹は煮え立つようで、自分への嘲笑が溢れそうで、幼子同様に泣き喚いてしまいたいような奇妙な感覚。
俺は、みんなの期待を、何より桎月の期待を超えて見せないといけない。
けれど、オペラが滅亡に向かう国の救い方が分からないように、俺もどう期待に応えればいいか分からなくなってしまった。
振り返って口を開こうとした桎月の胸ぐらを掴む。謙虚さ、素直さ、可愛げ。そんなもの、俺は持ち合わせていないから。力が入らず震える手で、桎月をこの場に繋ぎ止める。
「俺と、演技、合わせてくれない」
○
10
あなたにおすすめの小説
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
幼馴染が「お願い」って言うから
尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。
「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」
里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。
★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2)
☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。
☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる