完璧主義な学園の嫌われ令息が、仮面を捨てて腹黒幼馴染み様へ跪くまで

笹井凩

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22.期待と焦燥

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●●●

 昨日からぼうっとした意識のまま、今日も一日の授業が終わった。
 担任の鏡先生は相変わらず俺を目の上のたんこぶのように扱ってきたけど、いい加減俺も慣れたのか今日はさほど気にならなかった。

「絆先輩、大丈夫ですか? もう少し休憩しても……」

「うん、平気。ごめんね。次は、ちゃんとやるから」

 今は部活に、演技に集中しないと。
 後輩に心配をかけて、あろうことかくだらないミスを重ねて、目も当てられない。
 あれ以降布顛は大人しくしていて俺に関わってくることもなくなった。蓮斗も、気遣わしげな視線は向けてくるけど距離を置いてくれてるみたい。桎月は、俺の代わりに後輩たちの面倒を見てくれている。

 本当に、情けない。
 もう栄冠祭も目前、あと二週間と迫っているのに。

 広々としており、羽を伸ばして練習できる広いアリーナ。その広さが、熱を持って練習に励む部員たちの姿が、どうしようもないほど俺をちっぽけに見せてくる。漏れ出しそうになった言葉にさえならない息をこくりと飲み込んだ。

 深呼吸を、一つ。
 おそらく困り眉の後輩を映す視界はぼんやりと揺れていて、そのかすみはノイズさながら。
 準備ができたと目配せし、背を向ける。しっかりと立っていられるように二本の足へ力を入れた。

「『——陛下、失礼します』」

 役である臣下のものへと変化した声色を合図とし、閉じた目をゆっくりと開く。

「『ああ』」

「『今日はあの男、マロンは来ていないのですね。近頃は騒がしいほどに城への不法侵入を繰り返していたというのに』」

 演じるシーンはちょうど中盤あたり。
 焦った王の独裁に民の溜まった不満は爆発寸前だった。そんなときに行動を起こしたのが一人の国民、マロン。彼は建物自体の経年劣化と人員不足で守りの弱くなった城へ忍び込み、命の危機を掻い潜りながら王であるオペラに付きまとう。民へは説得と称して暴動を起こさぬよう時間を稼ぎ、オペラが民の声を聞くよう拗れた心を紐解いていく中盤。

 この頃から強引で、けれど身分を超えて接してくれる唯一の理解者であるマロンにオペラは開いた心、その感情が恋へと移ろっていく。そんなわけだけど。

「『そう、だな。あいつがいないと静かで良い』」

「『ええ、そうですか? 陛下ってば、いつもよりつまらなさそうに見えますけど』」

「『冗談はよせ。今のうちに政策の練り直しをするとしよう。もう、時間がないんだ』」

「『はい! 自分もお手伝いしますよ。陛下ならきっと、この国を良い方向に導いてくれます!』」

「『はは……。当たり前だ。私は、この国を死なせないことが、役目なのだから』」

 まただ。口にするセリフが違和感に満ちている。虫食いで文字の欠けた台本を読んでいるような、そんな感覚。
 臣下から寄せられる期待に目を背けたくなる気持ちは、どうしてだか痛いほどよく分かった。けれど、役に自分を投影すればするほど、自分と役の境目が分からなくなって思ったように動けなくなる。

 バレンタインをモチーフにした、ラブロマンス要素の入った演劇。中心人物となるのは俺の演じる王子オペラと、桎月が演じる平民のマロン。
 少しばかり難航した部分もあれど、役柄は掴めた。けれど、いつものように演じることができない。俺の演技を客観的に見つめられなくなって、まるで俺自身がオペラであるかのような肌寒い感覚に襲われる。掴みかけたかと思えば、遠のいて。掬い上げた水が、指の隙間からこぼれ落ちるように。必死に手繰り寄せても分からなくなる一方で、頭に叩き込んだセリフには虫食いが増えていく。

「ぱい……絆先輩!」

「え、あ。俺、また。……ごめん」

「いえ……。絆先輩、最近隈も酷いですし、元気もないですし、やっぱり具合が悪いんじゃないですか? 俺たちなら大丈夫なので、無理せず休んでくださいよ! 絆先輩ならぶっつけ本番でもかっこいい演技しちゃうでしょうし!」

「っ……?」

 また、この感覚。いつも通り生活していても、演技をしていても感じるずきりとした胸の痛み。目を逸らしたくなるような、違和感。何から逸らしてしまいたいのかは、分からないけれど。
 本当に、だめだなあ。足先も、指先も、セリフを紡ぐ口先も、みっともなく震えてしまう。目を瞑れば上下左右も掴めなくなってしまいそうな危うい感覚に支配されて。心臓を覆う演劇部のジャージに指を添わせて浅くシワを作れば、目頭がじんと鈍い熱をはらんだ。


「……ごめん、ありがとう。それじゃあ今日はここまでにしてもらってもいいかな。ちょっと、アドバイスもらってくる。期待には、ちゃんと応えられるように練習するから」

「っ、流石です絆先輩! ありがとうございました。早く元気になってくださいよ!」

 元気よくガッツポーズで「応援してます」と励まされて頷くように目を逸らす。
 今までならきっと、こんなことはされなかった。心配げな視線を寄越して励まされることなんか、なかった。心配しているようなのに、でも、俺なら。星塚絆ならやれるだろうと言わんばかりの期待の捨てられていない目が温かくて、痛かった。

 期待に応えないといけない。
 期待に応えたい。
 それができないなら、俺は星塚絆かんぺきなひとでいられなくなるから。

 だから。おぼつかない足で一歩一歩地を踏み締め向かう先は、ただ一つ。

「——桎月」

 なんの感情が燻っているのかは、分からない。ただ、眉間には必要以上にシワが寄り、腹は煮え立つようで、自分への嘲笑が溢れそうで、幼子同様に泣き喚いてしまいたいような奇妙な感覚。
 俺は、みんなの期待を、何より桎月の期待を超えて見せないといけない。
 けれど、オペラが滅亡に向かう国の救い方が分からないように、俺もどう期待に応えればいいか分からなくなってしまった。

 振り返って口を開こうとした桎月の胸ぐらを掴む。謙虚さ、素直さ、可愛げ。そんなもの、俺は持ち合わせていないから。力が入らず震える手で、桎月をこの場に繋ぎ止める。

「俺と、演技、合わせてくれない」


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