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22.甦り

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 トゥッセとまた語りたくないのか?そのセリフを聞いた時、英雄はきつく目を閉じた。

 語りたいに、決まっている。彼はずっとトゥッセの真意を考え続けたのだから。

「どうでもいいわけないだろう。禁呪を使ったら、街が滅ぶって言ってるだろうが。何人死ぬと思ってるんだ。万が一、自分たちだけ生き残れたとしても、焼け野原で家族を抱えてどうするつもりだ」

 だが、英雄は自分の心情を語ることなく、根気強くマードック少尉の説得を続けている。

「滅ばないかもしれないだろう。私はこの貴重な月蝕を逃すことなどできん。甦りの機会を見送るなど、二度殺すようなものだ。私は禁呪をのだから」

 しかしマードックは聞こうとしなかった。
 
「今思えば、魔王討伐に第一討伐隊と第二討伐隊が破れたのは僥倖だった。
 第三討伐隊として、他の国との連携するために、禁呪が解放されたからな。
 その頃には魔力のある人間は幾人も残っていなかったから、私程度の魔力しかなくても、君と同様、禁呪を学ぶ機会に恵まれた。
 だからこそ、私は家族を甦らせることができる」
 
 英雄はマードックと、甦りの禁呪の是非について、平行線の会話を続けている。
 話の間に、英雄の杖がかすかに動き、先からゆっくりと魔力があふれ出す。青白い光がそっと地を這うのが見えた。
 
 しかしめざとく、マードックが見とがめた。
 
「セヌート。勝手に魔法陣を展開するな。魔力ならこちらの甦りの方に流せ。助手の命が惜しければ」
 
 キースは襟首を持たれて、エインズリーの手からマードックの方へ、むりやり移動させられる。手も足も縛られているのだ。首が締まってとても苦しい。
 キースはマードックに、首を起点に後ろから抱え込まれた。首にマードックの腕が回される。少し絞められると、息が止まってしまう姿勢だ。

「英雄。問答は終わりだ。じきに月が欠ける。禁呪に魔力を流してもらおう」

 マードック少尉は、英雄の鏡のようだ。
 過去を取り戻そうと必死なのだ。
 ただ彼は生きている人々を、頭から追い出してしまっている。
 目の前にいる生者より、死者を取ったのだ。

 英雄が、マードック少尉と同じように、すべてを亡くなった相棒だけに振り切ってしまえば、英雄も甦りに没頭したに違いない。

 そうならないよう、今まで協会長や若旦那が、英雄の正気をどうにかつなぎ止めてきたのだ。

 
 ――キースは王都に出てきてから知った。
 自分が魔王討伐の第4陣として育成されたことを。
 
 まだ魔王が存在していたある日、田舎の村に騎士と魔術師がきて、今までに比べると破格の値段で、戦い方と魔術を教えてくれるようになった。だから貧乏な農家のキースも、魔術を学べることができたのだ。
 
 
 当時は魔物を倒せる人間を増やすためだと言っていたが、今ならわかる。もう王都には戦える人材が、魔力がある人間がいなかったのだ。だから田舎まで人を派遣した。

 魔王を英雄たちが倒してくれなければ、次に旅立つのは自分たちだっただろう。家族に渡すため、わずかの金と引き換えに討伐隊に入り、戦いに出向いたに違いない。
 そうなれば、攻撃魔法が苦手な自分は、すぐに戦死しただろう。家族は遺髪すら手にすることもなく、泣いただろう。英雄が、先に戦った者たちがいなければそんな未来があったはずだ。

 命を救われている。
 
 英雄やマードック少尉の苦悩を代償に、キースも、この世も、全部が救われている。
 キースは英雄にむくわなければならない。

 キースはマードック少尉に首を絞められる危険を厭わず、声を出した。

「おれは魔王討伐が達成されなければ、第4討伐隊として出兵していたはずでした。あなたがたはどちらも命の恩人です。ありがとうございました」
 
 キースを抑えているマードックの腕がきつく締まる。

「私は君の命より、妻と娘の命のほうが大事だった」

 それは英雄も同じだ。赤の他人より、相棒の、トゥッセの命のほうが大事だったに違いない。
 だが、ここにはマードック少尉の妻も娘もトゥッセもいない。
 
 この場に生きているのは、マードックとセヌートとキースなのだ。
 
 「セヌート様。おれのことは構わず、どうぞ思う通りに」

 英雄は脱力したらしく、手からカランと杖を落とした。

「……俺もトゥッセに会いたいしな。陣に魔力を流そう。だが、その前にその魔法陣には書き直したい場所がある。訂正の準備をしてくれ」
 マードックの腕が少し緩んだ。
 
「どの部分だ。原書のまま正確に再現したはずだ」

「だから原書そのままだと、成功しないんだよ。間違っているのは、魂の回帰を願う部分だ。街を壊さずに甦りを行うなら、呪を書き直さなきゃならない」

 がりがりと英雄は頭をかく。

「月蝕が始まっちまう。早く準備をしよう」

 マードックの意識は、もう魔法陣に向いている。

 
 その時、英雄はしっかりキースを見つめながら、言った。
 「お前は俺が?」
 英雄の右手、長いローブが大きく上にひるがえったのを見たとき、キースはマードックのゆるんだ拘束を解き、とっさにかかんだ。

 英雄がいつも話していた、トゥッセのぎょくが数個、宙を舞う。
 倉庫の中で、小さな爆発が同時に起きた。
 室内に煙が充満する。
 
「きゃっ」
「なんだ?!」
 悲鳴と戸惑っている声。
 それを押さえて、英雄の声が響いた。

「ハハハ!遅い。遅い。お前ら本当に、に力づくで言うことを聞かせられると思ったのか!」
「魔王と戦った、この!俺に!」
 
 倉庫全体に、魔力と共に青白い光を発して魔法陣が展開されていく。素晴らしい速さだ。 
 トンっと英雄が杖を突く音が響く。それは陣の完成の合図。

 白煙が薄まったころ、全ては決していた。
 英雄はトュッセがいなければ、彼が時間を稼がなければ、自分は戦えない。魔力が多いだけの、教科書通りの凡庸な魔術師だというが 、時間稼ぎなど不要だった 。
 
 立っていたのは、マードックを踏みつけた英雄ただ一人。
「やっぱりトゥッセの玉は役に立つな」
と、ご満悦だ。
 
「……でも俺が投げると、精度が低くなるんだよな」

 キースは、つくづくトゥッセというのはどういう人物だったのだろうと思う。
 英雄は戦いになると、爆走するタイプのようだ。どうやって相棒をしていたのだろう。
 
 ほかの人々は床にのびていた。うめいていることと、煙幕の間からみえた魔法陣から考えると、英雄はこの倉庫全体に麻痺の魔術をかけたようだ。魔力にあかせた力技だ。
 
 「な……ぜだ」
 踏みつけられたまま、マードックが切れぎれに尋ねる。
「相棒に……もう一度、会いたくはないのか」
「会いたいさ」
 英雄は即答した。
 
「だが、おれはトゥッセの判断を否定しないことに決めたんだ。
 おれは、トゥッセが、孤児がいない世界を願って、戦ったことを覚えている。   
 これからこの世界を生きる誰かのために、俺たちは命をかけたんだ」

 英雄はしっかりとマードック少尉を見据えた。
 
「大事な相手の、死ぬ直前までの意思を否定するな。大事なら、相手の全ての人生を肯定してやれ。
 それが共に生きると決めた俺たちの責任だ 。覚悟を、無駄にしてやるな 。
 あんたの妻が遺書に書いた内容を、汲んでやれ」
 
 英雄は婚約者を亡くしたと訴えた女性とエインズリーを見遣る。
 
「婚約者が、命を賭して成し遂げようとしたことを、1番そばにいたお前たちが否定するな。
 お前たちは、大事な人を生き返らせたいんじゃない。

 お前たちはが、奪われたことが許せないだけだ 。
 愛しい人と生きていく未来が、奪われたと嘆いているだけだ 」
 
 彼らの利己心を一言で切り捨てて、英雄はもう一度、倉庫全体に魔法陣を展開させた。甦りを望む人々全員の、意識を奪い眠りにつかせた。

「あとは協会長に任せようぜ」

 英雄は魔術でできた白い鳥を飛ばした。
 あらかじめ魔法陣を仕込んだ物を持つ者同士が、伝言を交わせる鳥だ。


 そして英雄はキースを拘束していた縄を切った。
 
「悪かったなこんなことに巻き込んじまって。ケガはないか?」

 薄汚れた倉庫の床から、キースを立ち上がらせる。

「マードック少尉では、甦りの禁呪を扱うには魔力が足りないから、気が済むならと思って、好きにさせてたんだ。
 俺が断っていれば、甦りはできないと思って。こんなに乱暴な手に出るとは思わなかったんだ。穏便にすませたつもりで、裏目に出ちまった」

 
 キースは、英雄としっかりと手をつないだ。
その手は、皮が厚く硬くなった戦いを知る者の手だった。傷のある、戦乱を生き残った者の手。
 

 月が赤く染まる頃、キースたちは協会長から派遣された魔術師と、衛兵に犯人たちを引き渡した。

 こうして、あっさりと甦りの騒動は幕を閉じた。
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