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1.もしかして協会長?

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「キース、ちょっと」
上司に呼ばれてキースは、手を止めた。
作業が中断すると、集中が切れる。
再開するときに、集中力を戻す労力を思って苛立ったが、こちらは雇われの身である。
諦めた。
上司の近くに来るように手まねきされたので、ついていく。
上司の部屋に呼び出しかと思いきや、さらに建物の最上階に連れて行かれる。
どうやら所長の部屋に連れて行かれるようだ。
キースは自分のことを真面目で品行方正だと思っている。女性から言わせれば、面白みのない性格だ。
最近あげた功績はないし、大きなミスもしていない。職場のお偉方から呼び出される覚えは良くも悪くもなかった。
嫌な感じである。

所長室のドアが上司によって開かれると、さらに驚いた。
所長だけでなく、白髪の立派なヒゲを生やした老人が立っていた。
明らかに所長は老人に立ち位置を譲り、中央に据えている。
チラッとしか見たことがなくて自信がないが、この老人、魔術師協会の協会長ではないだろうか?
キースの背に冷や汗がつたった。
この部屋に来るまでにあった、嫌な予感が強くなる。
キースはただの魔術師である。幸運にも研究所に雇われ、魔術の研究をすることができているが、新人に毛が生えたようなものである。役職などもなく、魔術師としては薄給である。
役職からして威圧的に出られてもおかしくないが、協会長はいやにニコニコしていた。

「君がキース君かね?研究の内容を聞いたが、ランダー草の鎮静作用の増幅。実に素晴らしい。戦いが終わった今、我々に求められているのは、戦闘力ではなく、生活に根ざした魔術の活用だ」
「…ありがとうございます」
魔王との戦いが終結したのは、たった一年前である。この国だけでなく全ての国が、軍を出し、魔王と魔物との戦いにからくも勝利した。各国の名だたる魔術師も戦いに参加し、活躍した。

だが、人々の負った傷も大きかった。戦いにいどんだ者たちは半数近く戦場に散った。
生きのびることができた兵士は、戦場の残虐な記憶に耐えかねている。村や町を魔物に襲われ家族を目の前で失った人々も、多い。 

平和になって、死の恐怖が遠のいてから、彼らは悪夢をみるのだという。仲間が魔物と戦い、むごたらしく死んでいく様を繰り返しみるのだ。眠れず、日中もその時の記憶が、白昼夢のように不意に戻ってくるのだと。

キースはそんな人々が気を休めるために使っている香の効果を、魔術で高める研究を行っていた。
時代にそった、人々の要求にこたえる研究だと自負している。しかし、自分にとって雲の上の協会長みずからに褒められる研究かと言われると、否だ。
心が安らぐ効果が高められれば、喜ぶ人は多いし売れるだろうが、目新しい研究内容ではない。
うさんくさい。なぜ今自分が褒められているかわからない。

「ランダー草に目をつけるぐらいだ。君は薬草について詳しいだろうね?」
協会長の目があやしく光った気がした。

「魔術師の基本知識程度ですよ」
思わず薬草のことなどまったく知らないと全否定したくなったが、どうにか標準的なセリフを頭からひっぱり出した。
キースは田舎育ちであり、家からちょっと歩けば草原があった。そこに雑草として生えている物がたいそう役に立つ薬草だと知り、家計のたしになればと勉強した口である。
正確には、同期に比べると詳しい方だ。
「フム。ところでキース君。アキリ草とデーゼの実の粉末が、同じ器に入り台所に置いてある家をどう思う?」
「え?それは……危ないじゃないですか。水を加えたら爆発します」
思わずきつい口調になったが、協会長はウンウンと満足そうに頷いた。
そして質問の意図を説明することなく次の話題に移った。

「魔術師のセヌートを、知っているな?」
「もちろん。先の戦いで大活躍したわが国の魔術師。英雄ですから」
「今はどうしているか知っているかの?」
「宮廷魔術師長にという話を、魔術の真髄を極めたいという理由で断ったとしか…」
キースの返事に協会長は満足気に微笑み、本日一番の爆弾発言をさらりと言いのけた。

「キース君。君に英雄セヌートの助手になってもらいたい」
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