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第八楽章
黄金の夜明け旅団(5)
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少女兵士のノーチェ――同志スレーンと呼ばれていた――は黄金の夜明け旅団について熱くラッドに語って聞かせた。
既に太陽が傾き始めているのに延々と語り続ける。話術の素人がここまで語れるのは、心の底から信じ切っているからだろう。
だからラッドは尚更思った。
(怖い連中だ)
彼女らは「正義の為なら手段を選ぶ必要はない」と本気で思っている。盗賊にしても人質を取っての脅迫も「正義の為のささやかな犠牲」なのだ。
犠牲に選ばれた者の迷惑など頓着しない。選ばれてしまったラッドの胸中にお師匠様の言葉が蘇る。
――本当の悪党とは、自分の正義の為に他人を犠牲にする連中さ――
ある日お師匠様は「正義の反対とは別の正義だ」と言った。ラッドは疑問を口にした。
「でも一応は正義なんでしょ? それほど悪い事はしないんじゃないですか?」
「ルガーン人は彼らの正義を行っていたのだよ。その結果はどうだったかい?」
「そんな。連中が正義だったなんて」
「正義だから、躊躇わずにできたのだよ。悪事をするのに、人は自己正当化をするものさ。ルガーン人だって、バラキア神国の戦争神官たちだって、自分たちが正義だと思っていたから弾圧ができた。悪事を続けるってことは、余程強い人間じゃないとできないものさ。そして大半の人間は弱い。自分が正義だと思わないと、やっていけない。だから正義だと主張する。その結果、二人の人間がいれば二つの正義が、百人いれば百の正義が生まれるってわけさ」
「それじゃあ、何が正しいか分かりませんよ」
「そうだね。一つの目安は『自分の正義を自分に適用するか』だね。他人に要求する事を自分はやらない、そうした二重基準を使う奴は悪党だ。何しろ自分の正義に自分が反している訳だからね」
「なるほど、掲げる正義に自分が反していたら、悪なんですか」
「まあな。だけど小狡い奴ほど、自分の正義を適用されないよう立ち回るものさ。だからこう考えれば良い。本当の悪党とは、自分の正義の為に他人を犠牲にする連中さ」
お師匠様が言った「本当の悪党」が目の前にいた。
さすがのラッドも、瞳孔を全開にして独善的な正義を語るノーチェを異性とみる事はもうできない。狂信者としか表現できない少女に嫌悪感さえ抱いていた。
(とにかく情報を引き出さないと)
ようやく頭も動きだした。
魔法使いの有り様について、ラッドは学校で教える程度しか知らない。しかも休みがちなのでかなり知識が乏しい。
「つまり、連盟の一番悪い点は、魔法使いが権力者になる事を禁じている点なんだね?」
「そうなんです」
ノーチェは激しく頷いた。
「優秀な人材が魔法使いというだけで排除されるなんて許されません。魔法に覚醒したが為に国から追放されてお姫様もいたんですよ」
「それって昔話なんじゃ?」
「いいえ。十年も経っていません。連盟の支配が始まってからの話です。魔法使いを排除する今の世界は間違っているのです。だから私たち黄金の夜明け旅団が、連盟を倒して世界を正すという崇高な目的の為に活動しているのです」
「どうして連盟はそんな決まりを作ったんだろうね?」
「権力者に媚びて、権力のおこぼれをもらう為です」
「だったら権力者になった方が早いんじゃないの?」
「そこが連盟の狡賢い所です。自分たちは表に出ず、裏で旨味を吸い上げているのです」
「魔法使い連盟って、いつからそうなの?」
「最初からです。連盟はその為に作られたのです」
「ええと、創設者は伝説の英雄と言われたドークだよね?」
「はい、そうです」
「引退して、ひっそり晩年を過ごしたって聞いたけど」
「悪人の末路はそうなります。どれだけ栄華を極めようと、惨めな末路が待っているのです」
「今の理事長もそうなるの?」
「いずれそうなります」
「前の理事長なんか、かなり若いうちに引退したそうだけど、それって失脚したってこと?」
「私たちとの戦いに怯えたからです。前理事長ほど悪辣な人間はおりませんでした。私たちは必死に抗ったのです。その為に大勢の同志が命を失いました」
「旅団は創設されてどのくらい?」
「――今年で十五周年になります」
「ちょうど前の理事長の時なんだ。だからか」
「被害に遭ったのは私たち旅団の構成員だけではありません。昨日まで健康だった魔法使いが突然死ぬ事例が七十四件もありました。不審死にしては多すぎます。それどころか、魔導師を送りつけて、街区ごと吹き飛ばしたのですよ。巻き添えで大勢の無能力者――一般人も死傷しました」
「それは大事件だね」
「はい。前理事長こそ悪辣な連盟の象徴、大陸を陰で操る大悪人なのです」
「でも、もう引退して力が無いんだよね?」
「今の理事長は操り人形です。前の理事長を始末しない限り、私たちの戦いは終わりません!」
ノーチェが熱弁を振るうほど、ラッドの心は冷める。
どう好意的に解釈しても、魔法使い内の勢力争いでしかない。それに彼女の連盟批判は言いがかりにしか聞こえない。そして何より「リリアーナ大王が騙されている間抜け」と主張しているも同然ではないか。
魔法使い連盟についてラッドはほとんど知らない。だが連盟がリリアーナ大王の偉業に協力した事実は揺るがない。その点で連盟はオライア人にとって恩人も同然のはず。
それに彼女は何度も非魔法使いを一般人ではなく「無能力者」と言い間違えている。特権意識と差別意識があるのは確かだ。
(こいつらはルガーン人と同じだ)
ラッドはそう結論した。
二千年前までのように、魔法使いが一般人を奴隷にして支配する世界にしたいのだ、と。
既に太陽が傾き始めているのに延々と語り続ける。話術の素人がここまで語れるのは、心の底から信じ切っているからだろう。
だからラッドは尚更思った。
(怖い連中だ)
彼女らは「正義の為なら手段を選ぶ必要はない」と本気で思っている。盗賊にしても人質を取っての脅迫も「正義の為のささやかな犠牲」なのだ。
犠牲に選ばれた者の迷惑など頓着しない。選ばれてしまったラッドの胸中にお師匠様の言葉が蘇る。
――本当の悪党とは、自分の正義の為に他人を犠牲にする連中さ――
ある日お師匠様は「正義の反対とは別の正義だ」と言った。ラッドは疑問を口にした。
「でも一応は正義なんでしょ? それほど悪い事はしないんじゃないですか?」
「ルガーン人は彼らの正義を行っていたのだよ。その結果はどうだったかい?」
「そんな。連中が正義だったなんて」
「正義だから、躊躇わずにできたのだよ。悪事をするのに、人は自己正当化をするものさ。ルガーン人だって、バラキア神国の戦争神官たちだって、自分たちが正義だと思っていたから弾圧ができた。悪事を続けるってことは、余程強い人間じゃないとできないものさ。そして大半の人間は弱い。自分が正義だと思わないと、やっていけない。だから正義だと主張する。その結果、二人の人間がいれば二つの正義が、百人いれば百の正義が生まれるってわけさ」
「それじゃあ、何が正しいか分かりませんよ」
「そうだね。一つの目安は『自分の正義を自分に適用するか』だね。他人に要求する事を自分はやらない、そうした二重基準を使う奴は悪党だ。何しろ自分の正義に自分が反している訳だからね」
「なるほど、掲げる正義に自分が反していたら、悪なんですか」
「まあな。だけど小狡い奴ほど、自分の正義を適用されないよう立ち回るものさ。だからこう考えれば良い。本当の悪党とは、自分の正義の為に他人を犠牲にする連中さ」
お師匠様が言った「本当の悪党」が目の前にいた。
さすがのラッドも、瞳孔を全開にして独善的な正義を語るノーチェを異性とみる事はもうできない。狂信者としか表現できない少女に嫌悪感さえ抱いていた。
(とにかく情報を引き出さないと)
ようやく頭も動きだした。
魔法使いの有り様について、ラッドは学校で教える程度しか知らない。しかも休みがちなのでかなり知識が乏しい。
「つまり、連盟の一番悪い点は、魔法使いが権力者になる事を禁じている点なんだね?」
「そうなんです」
ノーチェは激しく頷いた。
「優秀な人材が魔法使いというだけで排除されるなんて許されません。魔法に覚醒したが為に国から追放されてお姫様もいたんですよ」
「それって昔話なんじゃ?」
「いいえ。十年も経っていません。連盟の支配が始まってからの話です。魔法使いを排除する今の世界は間違っているのです。だから私たち黄金の夜明け旅団が、連盟を倒して世界を正すという崇高な目的の為に活動しているのです」
「どうして連盟はそんな決まりを作ったんだろうね?」
「権力者に媚びて、権力のおこぼれをもらう為です」
「だったら権力者になった方が早いんじゃないの?」
「そこが連盟の狡賢い所です。自分たちは表に出ず、裏で旨味を吸い上げているのです」
「魔法使い連盟って、いつからそうなの?」
「最初からです。連盟はその為に作られたのです」
「ええと、創設者は伝説の英雄と言われたドークだよね?」
「はい、そうです」
「引退して、ひっそり晩年を過ごしたって聞いたけど」
「悪人の末路はそうなります。どれだけ栄華を極めようと、惨めな末路が待っているのです」
「今の理事長もそうなるの?」
「いずれそうなります」
「前の理事長なんか、かなり若いうちに引退したそうだけど、それって失脚したってこと?」
「私たちとの戦いに怯えたからです。前理事長ほど悪辣な人間はおりませんでした。私たちは必死に抗ったのです。その為に大勢の同志が命を失いました」
「旅団は創設されてどのくらい?」
「――今年で十五周年になります」
「ちょうど前の理事長の時なんだ。だからか」
「被害に遭ったのは私たち旅団の構成員だけではありません。昨日まで健康だった魔法使いが突然死ぬ事例が七十四件もありました。不審死にしては多すぎます。それどころか、魔導師を送りつけて、街区ごと吹き飛ばしたのですよ。巻き添えで大勢の無能力者――一般人も死傷しました」
「それは大事件だね」
「はい。前理事長こそ悪辣な連盟の象徴、大陸を陰で操る大悪人なのです」
「でも、もう引退して力が無いんだよね?」
「今の理事長は操り人形です。前の理事長を始末しない限り、私たちの戦いは終わりません!」
ノーチェが熱弁を振るうほど、ラッドの心は冷める。
どう好意的に解釈しても、魔法使い内の勢力争いでしかない。それに彼女の連盟批判は言いがかりにしか聞こえない。そして何より「リリアーナ大王が騙されている間抜け」と主張しているも同然ではないか。
魔法使い連盟についてラッドはほとんど知らない。だが連盟がリリアーナ大王の偉業に協力した事実は揺るがない。その点で連盟はオライア人にとって恩人も同然のはず。
それに彼女は何度も非魔法使いを一般人ではなく「無能力者」と言い間違えている。特権意識と差別意識があるのは確かだ。
(こいつらはルガーン人と同じだ)
ラッドはそう結論した。
二千年前までのように、魔法使いが一般人を奴隷にして支配する世界にしたいのだ、と。
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