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第八楽章

黄金の夜明け旅団(1)

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 歌姫レラーイからは昨日までの高慢な態度は消え、リンカの前で萎れていた。執事に任せるでなく自らリンカたちに対応しているのは、それだけ責任を感じているからだろう。
 リンカとトゥシェはレラーイがしな垂れかかるソファの向かいの椅子にそれぞれ腰掛けていた。
「ええと、最初から整理しようか」
 トゥシェとレラーイの顔をリンカは交互に見る。
「まず、レラーイの所に魔法使い連盟の人が来たんだよね?」
「ええ。魔法による迷惑に対処してくださるとの話でしたの」
「その人が帰った後に、花束と一緒に魔法避けのお守りが届いた」
「いいえ。来たのは来客中ですわ。ファンの方からだと、彼が帰った後に執事が持ってきましたの」
「魔法避けのお守りなんか、どうしてラッドに向けたの?」
「ラッド――あの吟遊詩人が魔法使いだと勘違いしたからですわ。だって杖を持っていましたもの」
「トゥシェの忘れ物を届けに行くところだったのに」
「不幸すぎる巡り合わせで、全てが仕組まれたように思えますわ」
「で、お守りを広げたら、それは魔法罠で、ラッドが捕まって連れ去られたと」
「誘拐犯は男女二名。あたくしにそれを、押しつけましたわ」
 テーブルに置かれた手紙をリンカは手にする。
『賞金稼ぎへ告ぐ。
 仲間の命が惜しくば収監されている同志ジンクを連れて来い。日没までオーツ山頂にて待つ』
「こいつら何者?」
「存じませんわ、盗賊団など」
「……盗賊団ではありません」
 沈黙していたトゥシェが重そうに口を開いた。
「……判明しているだけで魔法使いが三名、先生を待ち構えるなら他にも魔法使いがいるはずです。そして仲間を同志と呼ぶ。これらの情報から推察するに、黄金の夜明け旅団だと思われます」
「盗賊団、じゃないんだね?」
「……魔法使い連盟に敵対する魔法使いの組織です」
「魔法使いが少ないこの国に、そんな組織が?」
「……彼らは国際組織で、活動範囲は大陸全土のはずです」
「そんな大組織なんだ」
「……懸念していた、最悪の相手です」
「だからトゥシェは反対していたんだね。盗賊魔法使いを捕まえることに」
「……はい」
「厄介ですわね。こういうときに頼る魔法使い連盟内部に仲間が潜り込んでいるだなんて」
 ノックがして執事が入ってきた。
「お嬢様、魔法使い連盟より回答が参りました」
「お読みなさい」
「ダキシー=タンレー副支部長は、現在オライア支部にて本人を確認。現時点で連盟職員はカーメンの町に派遣されておらず、連盟職員になりすました別人であると断定する。なお、犯罪魔法使いの釈放はあり得ず。至急職員が身柄引き受けに向かうので、関係者の賢明なる判断を求む。以上となります」
「到着時間の操作を伝えたでしょうね?」
「もちろんでございます。ですが、本人が確認されております」
「バノン、あの男を連盟職員だと判断した根拠をおっしゃい」
「第一に、連盟職員の名前と人相とに一致しておりました。第二に、拘束した魔法使いの取り調べを町が連盟に要請しております。第三に、名刺は連盟で使用されている品と同じ書式でございました」
「要請されたにも関わらず、連盟が職員を送っていない理由は?」
「再度の確認で伝書鳩を放ったばかりでございます」
「花束の中身は誰が確認しましたの?」
「私めでございます。封筒の中身はメッセージカードだけでございました」
「この小さな封筒は?」
 レラーイが執事に突きつける。
「申し訳ございません。見落としたものと」
耄碌もうろくしたなら引退なさい!」
「かしこまりました。早急に後任を当たらせます」
「ちょっとレラーイ、今はそんな事を言っている状況じゃないよ」
「あたくしが騙されたのも、執事が仕事を怠ったからでしてよ!」
「……恐らく幻術の魔法でしょう」
 トゥシェのつぶやきにレラーイが向き直る。
「なんですの、それは?」
「……他人の視覚に干渉し、見ている物を別の物に見せたり、見せなくさせたりする魔法だ。連盟職員になりすました男は自分に、花束を運んできた女は魔法罠を入れた封筒に使用していたら、一般人では気づかない」
「魔法を使われたら、手も足も出ませんのね」
「無念でございます、お嬢様」
 なんとか更迭騒ぎは収まった。
「それよりラッドだよ。仲間を連れて行かないと殺されちゃう!」
「バノン、町役場に釈放させなさい」
「申し訳ございません。それは出来かねます」
「あたくしの言葉に逆らいますの!?」
「国法を犯す事は、大旦那様がお許しになりません」
「貴方はお祖父様の執事ですの!?」
「滅相もございません。しかし、ハルトー家の力無くしては、私めなどは一介の老骨に過ぎませぬ。町を動かす力は残念ながら――」
「結構! ならばあたくしが直々に参りましてよ!」
 レラーイは脅迫状を握るや立ち上がった。執事を押しのける勢いで扉へ向かう。
「ご武運を、お嬢様」
「――止めませんの?」
 意外そうにレラーイが足を止めた。
「私めごときに止められるお嬢様ではございませんので」
「結構。吉報を待ちなさい」
 置いて行かれそうになり、慌ててリンカは後を追う。
「どうか、お嬢様をお願いします」
 小声で執事がつぶやくのが聞こえた。

 初老の町長は顔面蒼白になっていた。町長室でレラーイに「直ちに罪人を釈放なさい」と詰め寄られ、今にも卒倒しそうである。
「で、できません。人質交換など不可能です」
「あたくしを誰とお思いですの!? オライアの至宝であるこの歌姫レラーイ=ハルトーが、頭を下げて頼んでおりますのよ。断るなど言語道断でしてよ!」
「国法を犯すような判断を、一介の町長に下せる権限などありません」
「言い訳など聞いておりませんわ。釈放が可能になる条件をおっしゃいなさい」
「取り調べもせずに釈放などあり得ません」
「嫌疑不十分、証拠不十分、何でもありましてよ」
「現行犯に疑う余地などありません」
「まあ、現行犯ですって? 捕まえたこの二人が『間違いだった』と言ってましてよ」
「は?」
 町長とレラーイとが同時にリンカに振り返った。
 疑いの眼差しの町長、凄まじい眼力で睨むレラーイに圧倒され、リンカは空気を読んだ。
「ええと、うん、間違いだったみたい」
「ほらご覧なさい」
「しかし、被害者の証言もあります」
「誘拐されたのはその被害者でしてよ。確認できませんわね」
「乗合馬車の御者も証言しております」
 レラーイが口ごもった。
「……御者は拘束魔法をかけられていました」トゥシェが口添えした。「その影響が残っていては証人として不十分です」
「だそうでしてよ。あたくしたち一般人は魔法について何も知りませんもの」
 レラーイは勝ち誇った。
 顔を合わせると喧嘩ばかりしていた二人が、見事に連携している。
「あらまあ、逮捕に正当性が無くなりましたわね。それで人間を拘束し続けるのは不当拘束、問題でしてよ」
「しかし……」
 目に見えて町長は押されている。
(あと一押しでラッドは助かる)
 そうリンカが思ったそのとき、町長室の扉がノックされた。
「誰も通すなと言ったはずです!」
 町長が大声で言う。
「それは困りましたね」
 外で静かな男声がするや、町長は息を飲んだ。
「ど、どうぞ……」
 声を詰まらせる町長の顔は真っ青で、今にも窒息しそうだ。
 しかし扉は開くことなく、外の男はそのまましゃべった。
「複数の魔法使いが存在する犯罪組織、それは黄金の夜明け旅団ではありませんか? その可能性だけで拘束に十分すぎる理由になります。何しろ連中は、逆賊・・ですから」
「か、かしこまりました!」
 町長は閉ざされたままの扉に深々と頭を垂れた。
「ちょっと、あんた誰?」
 リンカは扉に駆け寄り、引き開けた。
 廊下に人の姿は無い。
「――トゥシェ?」
 振り返った先で弟子は首を横に振った。リンカより鋭いトゥシェの魔力覚で捉えられないなら、魔法で姿を消しているのではない。
「町長さん、今の誰?」
「お答えする理由はありません」
 表情が一変していた。町長は目を血走らせ、歯を食いしばっている。梃子でも動かない、との決意が見て取れた。
「どういう事?」
 視線を転じた先では、あれほど威勢が良かったレラーイが意気消沈してソファに沈み込んでいる。
「今の人、レラーイは知っているの?」
「存じませんわ。ですが、あたくしはここまでです」
「どうして?」
「彼らが逆賊だと知ったからですわ。連中に利する如何なる行為も、大王様の恩義を裏切る背信行為になりますもの」
 瞳に涙が浮かんでいる。
「あたくしのせいで、お友達が……ですが、あたくしにはもう……」
 うつむいてしまった。
「トゥシェ、逆賊ってどういう事?」
「……主君に背く罪人の事です。君主制ではないこの国に於いては、リリアーナ大王に敵対する者を意味するようです」
「黄金の夜明けとかってそうなんだ」
「……いいえ。犯罪組織とてそこまで愚かではありません。黄金の夜明け旅団が敵対しているのは魔法使い連盟で、連邦政府やリリアーナ大王にではないはずです。要するに魔法使い間の内輪もめなので、逆賊には該当しません」
「でも逆賊だって、誰かが言っていたけど」
「……連盟はそう吹聴するでしょう。自分らの正当性を訴えるために相手を貶める事は良くありますから」
「だってさ。別に黄金の夜明けとかは逆賊じゃないって。おーい」
 しかしオライア人たちはまったく動かない。
「……先生、この国の人間にとり逆賊は親の仇より憎むべき敵のようです。逆賊に味方する事を恐れて、本当に逆賊かを考えられないのでしょう」
「ちょっと二人ともどうしちゃったの? 頭は考える為にあるんだよ。ねえレラーイ」
「もしラッドさんが助かっても、彼は『逆賊との取り引き』で助かった自分を許さないでしょう。彼にオライア人としての矜持があるなら、その場で自害するはずですわ」
「そんな!」
 そんなのは納得できない。
「トゥシェ、何か手は無いの?」
「……」
 だが聡明な弟子でさえ黙したままでいる。
「やだよ、そんなの絶対に嫌!」
 ラッドを助けられないなど認められない。
 元はと言えば自分の音痴が原因なのだ。
 友人を死なせる、そんな曲がった事をする自分など許せるはずがない。
 しかし、この状況を打開する方法は誰にも思いつけなかった。
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