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第七楽章
新しい仲間(2)
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考えてみれば異性と食事なんて、親族とお師匠様を除けば学校くらいしか経験がない。そして相手の方から話しかけてくるなんてラッドには初体験だ。
「やっぱり国ごとに町って違うのね。チハンは木造ばっかりだもん。でもクラウト王国は別格。他の国よりも建物や町を囲む壁が、ずうっと高いの。最初に行った港町は十階建て以上が沢山。でもって神殿の鐘楼は、もーっと高くて、もう雲に届きそうな勢いでズドーンとそびえているの」
(女の子はおしゃべりだけど、リンカは特にそうなんだ)
「それに道。道には石が敷き詰められているの。大通りだけじゃなくて裏道も路地まで全部石畳。町中に土の道なんて無いの。それどころか街道も真ん中は石畳。どれだけ石を使っているのかな?」
「せ、世界中の富が集まるって、大げさじゃなさそうだね」
ラッドは相槌を打つのがやっとだ。
「本で読んだだけじゃ分からないわ。だってそこの人にとって当たり前の事って本に書かれないじゃない」
「へえ、クラウトの事は本にもなっているのか」
「クラウトだけじゃなくて、大陸の国について書かれた本はあらかた読んだわ。と言っても、うちの島に来る巡回図書館にある本だけだけど」
「巡回図書館?」
チハン皇国では本を積んだ船が点在する島々を回るとのことだ。しかも子供が読む本もあると言う。
「図書館って、学生とか大人が行くところじゃないのか」
「ラッドはどんな本を読んでいたの?」
「教科書以外じゃ教典くらいしか」
「それじゃあ……今の仕事は親がそうだったの?」
「いや、お師匠様に音感を見いだされたんだけど、本の話じゃなかったの?」
「だって、世の中にどんな仕事があるか知らないと、選べないじゃない。だから仕事を説明する本で探さないと」
「そんな本があるの!? というか、チハンでは親の仕事は継がないの?」
「向いていれば良いけど、不向きなら他の仕事に就いた方が良いよね? だからチハンにある仕事なら一通り、解説した子供向けの本があるの。私もそれで魔法を――呪歌を身につけたわ!」
急に強い口調になったのでラッドは焦った。
(俺何か悪い事を言ったかな?)
リンカは会話に使っていた口を食事に使いだした。
何か空気が重い。
ラッドは会話の糸口を模索した。
「ええと、ところで、呪歌と、魔法って、どう違うの?」
「そうね」とリンカはスプーンを弄ぶ。「ラッドは魔法をどのくらい知っている?」
「全然。物を浮かすとか、占いくらいしか」
「魔法はね、魔力を制御してそういう事をする技術なの」
「技術!?」
「どうしたの?」
「いや、なんでも――」
昨夜魔法を技術と評した誰かが頭に浮かんだのでラッドは慌てた。
「説明したかもだけど、自分の魔力だけ制御できるのが魔術師、周囲の魔力も制御できるのが魔法師、魔界から魔力を導けるのが魔導師なの」
ラッドはネタ帳で確認する。それをリンカが覗き込んだ。
「凄ーい。ちゃんと勉強しているんだ」
「ああ、うん」
つい肯定してしまった。
「魔力はね、誰にでも、どこにでもある力なの」
「誰にでもって、俺にも?」
「もちろん。魔法が使えない人にも、動物にも。このテーブルにも食べ物にも、風の中にも、この世のありとあらゆる物質には全部魔力があるの。そもそも物質は、目に見えない小さな粒――粒子が結びついてできているの」
「それって、人間も?」
「そう。生物も無生物も。空気だって小さな粒なんだから」
「空気も?」
「空気の粒はバラバラに飛び回っているの。それが気体ね。空気を革袋に入れて口を縛って押すと反発するよね? それは空気の粒が飛び回って革袋の内側にぶつかるからなの」
「へえ」
「水とかの液体は粒同士が手を繋いでいて、ある程度まで一緒に動く状態なの」
「固体は?」
「粒同士ががっちり肩を組んでいる状態ね。固体の氷が溶けると液体の水になるでしょ? 熱を加えると粒同士が段々離れていくの。だから最後は水蒸気、気体になるわけ」
「へえ」
「そうやって粒同士を結びつけている力が、魔力なの」
「そうなんだ」
「だから魔力は『根源の力』とも言うわ。魔法はね、その根源の力に干渉して制御する技術なの」
大陸の常識を知らないリンカだが、魔法については専門家のようだ。
「で、魔法の基本はリズムを刻んで魔力を放つ事なの」
「リズムだって?」
音楽用語にラッドの耳が反応した。
「ラッドは魔法の呪文を聞いた事ある?」
「盗賊魔法使いが意味不明な言葉を口にしていた、あれかな?」
「そう、それが呪文ね。意味不明なのは、意味が無いからよ」
「意味が無い言葉をわざわざ口にしていたのか」
「呪文はね、リズムを刻む時の拍子みたいなものなのよ」
「ワルツで言うところの『ズンチャッチャ』て具合?」
しかしリズムなら繰り返すはず。盗賊魔法使いは一度も繰り返さなかった。
「ワルツは知らないけど、そのズン何とかが呪文と思っていいよ。で、簡単な魔法なら簡単なリズムで済むけど、難しい魔法はリズムも難しいから、呪文も複雑になるわけ」
「ああ、だからリズムにしては繰り返さなかったのか」
それではリズムではない気がするが。
「そう言えば呪文の次に『炎よ』とか言っていたね」
「それはイメージ補強。呪文を唱えたら、自分が何をしたいか言葉にして、イメージをハッキリさせる方法。音楽で言えば歌詞かな」
(俺が分かりやすいように音楽用語を使ってくれるのかな?)
考えているとリンカが意味ありげに微笑むので、ラッドの心臓が高鳴った。
「リズムで魔力が制御できて、歌詞で補強する。ここまで来ればラッドも気づくんじゃないかな? 何かが足りない事に」
リズムと歌詞、歌なら欠けている要素は一つしかない。
「メロディ?」
「正解」
リンカは手を叩いて笑った。
「私が発見した呪歌はそれ。リズムにメロディを乗せたら、もっと上手に魔法が使えたの。十人がかりって魔法も一人でできちゃったんだから」
「それは凄い!」
思わずラッドは身を乗り出した。
「打楽器しか無かった楽隊に管弦楽器を持ち込んだに等しい快挙だよ。何千年もかけた楽器の進歩を、たった一人でやったようなものじゃないか。快挙も快挙、大快挙だ!」
「大げさだよ」
リンカは真っ赤になって両手をパタパタ振った。
「魔法の歴史が書き換わるんだね。こんな大発見を知ったら世の中がひっくり返るよ。そうか君たちがクラウトに行ったのはその為か。あそこは魔法でも大陸の中心だから――」
ラッドの声が詰まったのは、あまりに驚いたからだった。
太陽の様に輝いていたリンカが、この世の終わりを迎えたかのように消沈しているのだ。顔は青ざめ、伏せた瞳からは輝きが失われている。
ラッドの胸に悔恨が渦巻いた。異性に慣れないせいで、知らぬうちに何かやらかしたに違いない。
「ご、ごごご、ごめん。俺、調子に乗って、何か悪い事を、言った……の、か、な?」
うつむいたリンカの唇から、小さな、極めて微小な声が漏れた。他の客の声が邪魔で、音楽家の聴覚でも拾いきれない。
「な、何て言ったの、かな?」
「……って……」
ラッドは耳を寄せて声を拾う。
「……呪歌なんて……無いって……」
そよ風にもかき消されるほど小さな声だったが、ラッドの頭に幾重にもこだました。
それほど強烈な魂の絶叫だったのだ。
「全否定? そんな、バカな……」
ラッドにさえ理解できない理不尽だ。当人にとってどれだけ衝撃だったかは想像に余りある。
「呪歌が理解できないなんて頭が固すぎる。頭が固い年寄りは若者の障害だって、お師匠様も言っていたよ。あー、お師匠様はそれほど若くないけど。とにかく君の凄い発見を認められない連中なんか、頭が固い老害なんだ!」
ラッドが力説するも、リンカは顔を上げない。
(なんて軽いんだ、俺の言葉って)
所詮は聞きかじり、お師匠様の受け売りでしかない。心の奥底に刻まれた深い傷には届かなかった。
だがお師匠様の受け売りで得た知識が脳裏に閃く。
「そうだ。良い人がいる。その人に頼めばきっと――」
「誰に頼んだって無理なの!」
拒絶の言葉にラッドの心はあっさり折れた。自分の意見が否定されてばかりのラッドにとり、拒絶はトラウマなのだ。過去の古傷が一斉に傷口を開いて心の中が血まみれになる。
しかもリンカはさらに言葉を続けるのだ。
「だって、私は音痴なんだから!」
「やっぱり国ごとに町って違うのね。チハンは木造ばっかりだもん。でもクラウト王国は別格。他の国よりも建物や町を囲む壁が、ずうっと高いの。最初に行った港町は十階建て以上が沢山。でもって神殿の鐘楼は、もーっと高くて、もう雲に届きそうな勢いでズドーンとそびえているの」
(女の子はおしゃべりだけど、リンカは特にそうなんだ)
「それに道。道には石が敷き詰められているの。大通りだけじゃなくて裏道も路地まで全部石畳。町中に土の道なんて無いの。それどころか街道も真ん中は石畳。どれだけ石を使っているのかな?」
「せ、世界中の富が集まるって、大げさじゃなさそうだね」
ラッドは相槌を打つのがやっとだ。
「本で読んだだけじゃ分からないわ。だってそこの人にとって当たり前の事って本に書かれないじゃない」
「へえ、クラウトの事は本にもなっているのか」
「クラウトだけじゃなくて、大陸の国について書かれた本はあらかた読んだわ。と言っても、うちの島に来る巡回図書館にある本だけだけど」
「巡回図書館?」
チハン皇国では本を積んだ船が点在する島々を回るとのことだ。しかも子供が読む本もあると言う。
「図書館って、学生とか大人が行くところじゃないのか」
「ラッドはどんな本を読んでいたの?」
「教科書以外じゃ教典くらいしか」
「それじゃあ……今の仕事は親がそうだったの?」
「いや、お師匠様に音感を見いだされたんだけど、本の話じゃなかったの?」
「だって、世の中にどんな仕事があるか知らないと、選べないじゃない。だから仕事を説明する本で探さないと」
「そんな本があるの!? というか、チハンでは親の仕事は継がないの?」
「向いていれば良いけど、不向きなら他の仕事に就いた方が良いよね? だからチハンにある仕事なら一通り、解説した子供向けの本があるの。私もそれで魔法を――呪歌を身につけたわ!」
急に強い口調になったのでラッドは焦った。
(俺何か悪い事を言ったかな?)
リンカは会話に使っていた口を食事に使いだした。
何か空気が重い。
ラッドは会話の糸口を模索した。
「ええと、ところで、呪歌と、魔法って、どう違うの?」
「そうね」とリンカはスプーンを弄ぶ。「ラッドは魔法をどのくらい知っている?」
「全然。物を浮かすとか、占いくらいしか」
「魔法はね、魔力を制御してそういう事をする技術なの」
「技術!?」
「どうしたの?」
「いや、なんでも――」
昨夜魔法を技術と評した誰かが頭に浮かんだのでラッドは慌てた。
「説明したかもだけど、自分の魔力だけ制御できるのが魔術師、周囲の魔力も制御できるのが魔法師、魔界から魔力を導けるのが魔導師なの」
ラッドはネタ帳で確認する。それをリンカが覗き込んだ。
「凄ーい。ちゃんと勉強しているんだ」
「ああ、うん」
つい肯定してしまった。
「魔力はね、誰にでも、どこにでもある力なの」
「誰にでもって、俺にも?」
「もちろん。魔法が使えない人にも、動物にも。このテーブルにも食べ物にも、風の中にも、この世のありとあらゆる物質には全部魔力があるの。そもそも物質は、目に見えない小さな粒――粒子が結びついてできているの」
「それって、人間も?」
「そう。生物も無生物も。空気だって小さな粒なんだから」
「空気も?」
「空気の粒はバラバラに飛び回っているの。それが気体ね。空気を革袋に入れて口を縛って押すと反発するよね? それは空気の粒が飛び回って革袋の内側にぶつかるからなの」
「へえ」
「水とかの液体は粒同士が手を繋いでいて、ある程度まで一緒に動く状態なの」
「固体は?」
「粒同士ががっちり肩を組んでいる状態ね。固体の氷が溶けると液体の水になるでしょ? 熱を加えると粒同士が段々離れていくの。だから最後は水蒸気、気体になるわけ」
「へえ」
「そうやって粒同士を結びつけている力が、魔力なの」
「そうなんだ」
「だから魔力は『根源の力』とも言うわ。魔法はね、その根源の力に干渉して制御する技術なの」
大陸の常識を知らないリンカだが、魔法については専門家のようだ。
「で、魔法の基本はリズムを刻んで魔力を放つ事なの」
「リズムだって?」
音楽用語にラッドの耳が反応した。
「ラッドは魔法の呪文を聞いた事ある?」
「盗賊魔法使いが意味不明な言葉を口にしていた、あれかな?」
「そう、それが呪文ね。意味不明なのは、意味が無いからよ」
「意味が無い言葉をわざわざ口にしていたのか」
「呪文はね、リズムを刻む時の拍子みたいなものなのよ」
「ワルツで言うところの『ズンチャッチャ』て具合?」
しかしリズムなら繰り返すはず。盗賊魔法使いは一度も繰り返さなかった。
「ワルツは知らないけど、そのズン何とかが呪文と思っていいよ。で、簡単な魔法なら簡単なリズムで済むけど、難しい魔法はリズムも難しいから、呪文も複雑になるわけ」
「ああ、だからリズムにしては繰り返さなかったのか」
それではリズムではない気がするが。
「そう言えば呪文の次に『炎よ』とか言っていたね」
「それはイメージ補強。呪文を唱えたら、自分が何をしたいか言葉にして、イメージをハッキリさせる方法。音楽で言えば歌詞かな」
(俺が分かりやすいように音楽用語を使ってくれるのかな?)
考えているとリンカが意味ありげに微笑むので、ラッドの心臓が高鳴った。
「リズムで魔力が制御できて、歌詞で補強する。ここまで来ればラッドも気づくんじゃないかな? 何かが足りない事に」
リズムと歌詞、歌なら欠けている要素は一つしかない。
「メロディ?」
「正解」
リンカは手を叩いて笑った。
「私が発見した呪歌はそれ。リズムにメロディを乗せたら、もっと上手に魔法が使えたの。十人がかりって魔法も一人でできちゃったんだから」
「それは凄い!」
思わずラッドは身を乗り出した。
「打楽器しか無かった楽隊に管弦楽器を持ち込んだに等しい快挙だよ。何千年もかけた楽器の進歩を、たった一人でやったようなものじゃないか。快挙も快挙、大快挙だ!」
「大げさだよ」
リンカは真っ赤になって両手をパタパタ振った。
「魔法の歴史が書き換わるんだね。こんな大発見を知ったら世の中がひっくり返るよ。そうか君たちがクラウトに行ったのはその為か。あそこは魔法でも大陸の中心だから――」
ラッドの声が詰まったのは、あまりに驚いたからだった。
太陽の様に輝いていたリンカが、この世の終わりを迎えたかのように消沈しているのだ。顔は青ざめ、伏せた瞳からは輝きが失われている。
ラッドの胸に悔恨が渦巻いた。異性に慣れないせいで、知らぬうちに何かやらかしたに違いない。
「ご、ごごご、ごめん。俺、調子に乗って、何か悪い事を、言った……の、か、な?」
うつむいたリンカの唇から、小さな、極めて微小な声が漏れた。他の客の声が邪魔で、音楽家の聴覚でも拾いきれない。
「な、何て言ったの、かな?」
「……って……」
ラッドは耳を寄せて声を拾う。
「……呪歌なんて……無いって……」
そよ風にもかき消されるほど小さな声だったが、ラッドの頭に幾重にもこだました。
それほど強烈な魂の絶叫だったのだ。
「全否定? そんな、バカな……」
ラッドにさえ理解できない理不尽だ。当人にとってどれだけ衝撃だったかは想像に余りある。
「呪歌が理解できないなんて頭が固すぎる。頭が固い年寄りは若者の障害だって、お師匠様も言っていたよ。あー、お師匠様はそれほど若くないけど。とにかく君の凄い発見を認められない連中なんか、頭が固い老害なんだ!」
ラッドが力説するも、リンカは顔を上げない。
(なんて軽いんだ、俺の言葉って)
所詮は聞きかじり、お師匠様の受け売りでしかない。心の奥底に刻まれた深い傷には届かなかった。
だがお師匠様の受け売りで得た知識が脳裏に閃く。
「そうだ。良い人がいる。その人に頼めばきっと――」
「誰に頼んだって無理なの!」
拒絶の言葉にラッドの心はあっさり折れた。自分の意見が否定されてばかりのラッドにとり、拒絶はトラウマなのだ。過去の古傷が一斉に傷口を開いて心の中が血まみれになる。
しかもリンカはさらに言葉を続けるのだ。
「だって、私は音痴なんだから!」
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