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第三楽章
至宝の歌姫(4)
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芸人宛の依頼書を用意する執事がトゥシェを連れ部屋を出た。残されたリンカは寂しさを感じる。
レラーイから侍女たちが離れた。数十本もの筒を着ける作業が終わった頭は、どう見ても奇怪である。
侍女たちは道具を片付け服を持ってきた。レラーイが立ち上がると、侍女は躊躇うことなくバスタオルを剥ぎ取る。
「ぶっ!?」
恥ずかしげもなくレラーイが裸身を晒すのでリンカは呆気にとられた。
(いくら同性でも羞恥心とか無いの?)
それにしても胸も腰も豊かで見応えある肢体だ。幼児体型のリンカには羨ましい限りである。
侍女が下着を、主に着けるのでまた驚く。
「一人で着換えられないの?」
「その様な真似、高貴な人間はしませんわ」
言い放つレラーイは上下に下着をまとうと、腰に板状の帯を巻き付けられる。侍女は足を上げ、なんとレラーイの背中を踏みつけ、後ろで紐を引っ張りギリギリと帯を締め付けている。
(ドレスってこんな窮屈なものなんだ)
やたらフリルの付いたドレスを身につけ、やっとレラーイはソファに腰を下ろした。と、今度は踵の高い靴を履かせてもらっている。
(大きなお人形だわ)
続いて侍女たちはレラーイの頭から筒を外しだした。解放された金髪は乾いており、縦の螺旋状という変わった髪型――昨日見た――になった。
筒は髪を形づける為の道具で、装身具のように着けたまま外に出るのではなかった。
レラーイは侍女からカップを受け取り、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「もし弟子が間に合わなかったら、どうしてくれますの?」
「大丈夫。トゥシェが言った事を失敗したなんて無いから」
「確実ではないのでしょう?」
「問題が起きるとしたら、芸人さんが嫌がることくらいだよ」
「あたくしの舞台に立てる栄誉を嫌がる芸人など存在しませんわ。何しろ一世一代の晴れ舞台ですもの」
「でもレラーイって敵が多そうだし」
「果てしなく失礼な方ですわね。こんな無礼千万な人の言う事など信じられませんわ。弟子が間に合わなかった時を考えて、二流の芸人を使う事も考えなければなりませんわね」
「だったら私を出さなきゃ良いじゃない」
「責任を逃れるなんて許しませんわよ」
「そうじゃないけど、お客さんの気分を害さない方法を考えるわけにはいかないの?」
「このあたくしが舞台を延期したという重大事を、納得行く形で伝えるには本人に説明させる以外ありませんわ」
「でも一度はトゥシェにやらせるって決めたじゃん」
「あのような屈辱、二度とご免でしてよ!」
「え? あんなのが屈辱なの?」
「高貴な人間の誇りなど、野蛮人には理解できないのですわ」
「面倒くさいんだね、高貴な人間って」
「く、口が減らない方ですわね、貴方は。呪歌使いとやらを止めて芸人にでもなったらいかがかしら?」
「私は呪歌しか取り柄ないし」
「その取り柄で大失敗しましたわよね」
「仕方ないでしょ。……音痴なんだから」
「音痴が何か関係が?」
「呪歌は歌だから、音程が狂うと失敗することがあるの」
「つまり舞台背景を壊したのは、貴方が音痴だからだと?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
レラーイは少し考えた。
「歌ってみなさい」
「呪歌を?」
「とんでもない! いくら常識の無い貴方でも連邦賛歌くらいは知っていて?」
「う、うん」
リンカは咳払いして歌い始めた。すぐにレラーイが噴きだした。
「結構だわ。良い方法を思いつきましてよ」
細められた菫色の瞳が、嫌な感じに光っている。
レラーイはテーブルにあった紙の束から一枚を探し出した。
「芸人が間に合わなかったら、前説の後にこの民謡を歌いなさい」
「だから、私が音痴だって分かったでしょうが」
「ええ、思い切り音を外しなさいな。下手な芸より余程ファンの方々を笑わせますわ」
「音痴の歌なんかで笑ったりするの?」
「あたくしが現に笑いましてよ。ファンの方々はあたくしと同じ感性の持ち主ですから、必ず笑いますわ」
「そうかな……?」
「やって、くださいますわよね? 弟子が失敗したときは、師匠が責任を取って」
「わかった。やります」
「不満そうですわね。そう顔に書いてありましてよ」
「別に、私が恥をかくくらい大したことないよ」
「では何がご不満?」
「ただ、それで笑えなかったら、お客さんが可哀想じゃないの?」
「笑いますわよ。あたくしのファンなら必ず」
「皆が皆、レラーイと同じじゃないんだよ? むしろ大陸の人でもレラーイは珍しいと思うよ」
「当然でしてよ。あたくしは芸術と美を司る神々の恩寵を受けていますもの。そのあたくしに惹かれたファンなら、あたくしと同じ感性があるに決まっておりましてよ」
ファンという人たちの事がどうもリンカには良く分からない。レラーイが語るだけで、実際に会ったこともない不特定多数の人たち。本当にレラーイと同じ感性なのか?
それにリンカが舞台で恥をかいたら、リンカを自分自身より大切に思ってくれる弟子が責任を感じてしまう。トゥシェが傷つくのは自分が傷つくよりつらい。
(トゥシェ、信じているからね)
望みを託すのもやはり弟子であった。
レラーイから侍女たちが離れた。数十本もの筒を着ける作業が終わった頭は、どう見ても奇怪である。
侍女たちは道具を片付け服を持ってきた。レラーイが立ち上がると、侍女は躊躇うことなくバスタオルを剥ぎ取る。
「ぶっ!?」
恥ずかしげもなくレラーイが裸身を晒すのでリンカは呆気にとられた。
(いくら同性でも羞恥心とか無いの?)
それにしても胸も腰も豊かで見応えある肢体だ。幼児体型のリンカには羨ましい限りである。
侍女が下着を、主に着けるのでまた驚く。
「一人で着換えられないの?」
「その様な真似、高貴な人間はしませんわ」
言い放つレラーイは上下に下着をまとうと、腰に板状の帯を巻き付けられる。侍女は足を上げ、なんとレラーイの背中を踏みつけ、後ろで紐を引っ張りギリギリと帯を締め付けている。
(ドレスってこんな窮屈なものなんだ)
やたらフリルの付いたドレスを身につけ、やっとレラーイはソファに腰を下ろした。と、今度は踵の高い靴を履かせてもらっている。
(大きなお人形だわ)
続いて侍女たちはレラーイの頭から筒を外しだした。解放された金髪は乾いており、縦の螺旋状という変わった髪型――昨日見た――になった。
筒は髪を形づける為の道具で、装身具のように着けたまま外に出るのではなかった。
レラーイは侍女からカップを受け取り、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「もし弟子が間に合わなかったら、どうしてくれますの?」
「大丈夫。トゥシェが言った事を失敗したなんて無いから」
「確実ではないのでしょう?」
「問題が起きるとしたら、芸人さんが嫌がることくらいだよ」
「あたくしの舞台に立てる栄誉を嫌がる芸人など存在しませんわ。何しろ一世一代の晴れ舞台ですもの」
「でもレラーイって敵が多そうだし」
「果てしなく失礼な方ですわね。こんな無礼千万な人の言う事など信じられませんわ。弟子が間に合わなかった時を考えて、二流の芸人を使う事も考えなければなりませんわね」
「だったら私を出さなきゃ良いじゃない」
「責任を逃れるなんて許しませんわよ」
「そうじゃないけど、お客さんの気分を害さない方法を考えるわけにはいかないの?」
「このあたくしが舞台を延期したという重大事を、納得行く形で伝えるには本人に説明させる以外ありませんわ」
「でも一度はトゥシェにやらせるって決めたじゃん」
「あのような屈辱、二度とご免でしてよ!」
「え? あんなのが屈辱なの?」
「高貴な人間の誇りなど、野蛮人には理解できないのですわ」
「面倒くさいんだね、高貴な人間って」
「く、口が減らない方ですわね、貴方は。呪歌使いとやらを止めて芸人にでもなったらいかがかしら?」
「私は呪歌しか取り柄ないし」
「その取り柄で大失敗しましたわよね」
「仕方ないでしょ。……音痴なんだから」
「音痴が何か関係が?」
「呪歌は歌だから、音程が狂うと失敗することがあるの」
「つまり舞台背景を壊したのは、貴方が音痴だからだと?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
レラーイは少し考えた。
「歌ってみなさい」
「呪歌を?」
「とんでもない! いくら常識の無い貴方でも連邦賛歌くらいは知っていて?」
「う、うん」
リンカは咳払いして歌い始めた。すぐにレラーイが噴きだした。
「結構だわ。良い方法を思いつきましてよ」
細められた菫色の瞳が、嫌な感じに光っている。
レラーイはテーブルにあった紙の束から一枚を探し出した。
「芸人が間に合わなかったら、前説の後にこの民謡を歌いなさい」
「だから、私が音痴だって分かったでしょうが」
「ええ、思い切り音を外しなさいな。下手な芸より余程ファンの方々を笑わせますわ」
「音痴の歌なんかで笑ったりするの?」
「あたくしが現に笑いましてよ。ファンの方々はあたくしと同じ感性の持ち主ですから、必ず笑いますわ」
「そうかな……?」
「やって、くださいますわよね? 弟子が失敗したときは、師匠が責任を取って」
「わかった。やります」
「不満そうですわね。そう顔に書いてありましてよ」
「別に、私が恥をかくくらい大したことないよ」
「では何がご不満?」
「ただ、それで笑えなかったら、お客さんが可哀想じゃないの?」
「笑いますわよ。あたくしのファンなら必ず」
「皆が皆、レラーイと同じじゃないんだよ? むしろ大陸の人でもレラーイは珍しいと思うよ」
「当然でしてよ。あたくしは芸術と美を司る神々の恩寵を受けていますもの。そのあたくしに惹かれたファンなら、あたくしと同じ感性があるに決まっておりましてよ」
ファンという人たちの事がどうもリンカには良く分からない。レラーイが語るだけで、実際に会ったこともない不特定多数の人たち。本当にレラーイと同じ感性なのか?
それにリンカが舞台で恥をかいたら、リンカを自分自身より大切に思ってくれる弟子が責任を感じてしまう。トゥシェが傷つくのは自分が傷つくよりつらい。
(トゥシェ、信じているからね)
望みを託すのもやはり弟子であった。
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