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第三楽章

至宝の歌姫(1)

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 馬車がカーメンの町に到着したのは夕刻だった。
 リンカの故郷と違い、大陸の町々は壁に囲まれている。カーメンの町は交易都市だとかで、見上げる程高い石壁がそびえていた。
 町の入り口である巨大な門の前に馬車が停まると、門の脇にある詰め所から役人が出てきた。
「随分とゆっくりだったな」
 役人の問いかけに御者が答える。
「途中で賊に襲われたんだ。そうしたらこのお嬢さんに助けられてな」
「こんなお嬢ちゃんがかい?」
「それが魔法使いだってんだから驚きだ」
「違いますよ。私は魔法使いじゃなくて、もっと凄い呪歌使いなんです」
 リンカが訂正するも、御者は合点が行かぬ様子だ。
「だそうだ。良く分からんが」
 それを流してリンカは役人に言った。
「町長さんに頼まれた盗賊魔法使いと手下四人、捕まえて来たので引き取りお願いします」
「待て待て。そんな話は聞いていないぞ」
「え? でもお役人ですよね?」
「俺は門番だ。街道荒らしは担当じゃない。役場へ行け」
「あらら、お役人なのに」
 腑に落ちないリンカに御者が説明する。
「しょうがねえよ。役場は縦割りだからさ」次いで門番に尋ねる。「それじゃあ乗り入れて構わんですね?」
「賊を運ぶんじゃ仕方あるまい。行った行った」
 御者が手綱を弾いた。馬車は無駄に高い――とリンカには見える――門を潜った。その先は大通りである。人出が多く、両側は二階建てや三階建て家屋が隙間無く並んでいた。下は石造りやレンガ造りが大半で、上階は木造が多く見える。故郷のような全て木造の建物は少ない。
 大通りを抜けて馬車は大きな広場に入った。
 大陸の町には大抵大きな広場があって、そこに神殿などの主要な施設が集まっている。目指す町役場も広場にあった。
 広場の一角には巨大な舞台が設営されてある。舞台後ろにそびえる壁には足場が組まれ、大勢の職人が修繕に当たっていた。
 それを見るとリンカの胃袋がキリキリと痛む。
(どうして私は――)
 頭を振って嫌な感情を振り払う。
(後悔する暇があるなら足下を見て歩け)
 自分を鼓舞する言葉もリンカには辛い。思い出したくないの言葉だから。
 役場に馬車を着け役人に取り次ぎを頼むと、すぐに町長が出てきて盗賊を引き取ってくれた。賊たちは目覚めていたが、縛られていたし頭目が魔法封じの頭巾で無力化されていたこともあり、おとなしく地下牢へと連行された。
 リンカとトウシェは町長室に招かれた。初老の町長はご機嫌で、今朝とは別人のように顔色が良い。
「半日で捕まえていただけるとは、無理を通した甲斐がありました」
「ああ、はい。見つけるまでが大変でしたが、見つけた後は簡単でした」
 慣れない香茶をリンカはすすった。大陸では茶が貴重だそうで、庶民は香茶を茶として飲む。この国では町長も庶民のようだ。
(故郷の緑茶が恋しいな)
 トウシェと並んでリンカが座る長椅子の対面で、町長は肩の荷を下ろしたように息をつく。
「これで懸案事項は片付きました。お約束通り、金銭的弁済は町が負担します。金額的には賞金額を上回りますが、こちらは予算が別でして――」
 予算がどうとか言われてもリンカには理解できない。
「つまり、弁償は終わりですね?」
「はい。ハルトー嬢並びに町が被った金銭的な損失については、解決されたと理解していただいて構いません」
「良かった。これで終わりだね」
 伸びをするリンカに町長が慌てた。
「誤解なきようにお願いします。ハルトー嬢に関して、町が負担するのは弁済費用だけです。それ以外について町は当事者ではありません」
「まだ何かあるんですか?」
「町に関してはございません。しかし、ハルトー嬢とそちらとの話し合いについて、町は一切関知しておりませんし、何か保証できる立場でもありません。その点はご理解ください」
「理解できないんですけど、何を言われているのかが」
 混乱するリンカにトウシェが説明してくれた。
「……金銭面は終了で、後はと話をつけるだけです」
「うん分かった。それじゃ町長さん、色々ありがとうございました」
 一礼したリンカは部屋を出ようとしてドアにぶつかった。押し開けると思ったら、手前に引くドアだった。
「あらら、またうっかり」
 引き違い戸の文化にいたリンカはドアの扱いに不慣れなのだ。
 役場を後にした二人は、同じ広場に面した旅館へ向かった。役場より綺麗で高い石造りの建物に、踏み込もうとして躓いた。入り口が一段高くなっていて、その段差に爪先を引っかけたのだ。
 つんのめったリンカの後ろ襟が強く引かれた。背後のトウシェが掴んで止めている。
「ありがとう、トウシェ」
「……先生は心が逸るとミスが増えます。を相手にするときは、くれぐれも慌てないよう心がけください」
「うん、分かったよ」
 改めてリンカは旅館に踏み入った。
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