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第二楽章
呪歌使いの少女(3)
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「あの、外国の人、ですよね?」
「私? うん、チハン人よ。チハン皇国って知っている?」
急過ぎる話題転換にもリンカは嫌な顔一つ見せない。あるいは見せたとしてもラッドに気づく余裕はない。
「ええと、海の、向こう、だよね?」
「そう。大陸の東の小さな島国なの。でもって私の故郷は本土の南にある離れ小島。島全部で三十八人。あ、でも一人は増えているはずだから――でも私が出たから差し引きしてやっぱり三十八人か。双子でなかったら」
「双子!?」
ラッドの口から余計な一言が飛びだしたが、リンカは意に介さずしゃべり続ける。
「うん。マツリ姉のお腹、凄く大きかったから双子かもって言われていたんだ。双子だと島の人口増えるし、マヒルは弟も妹も欲しいって言っていたから、男女の双子だといっぺんに願いが叶って嬉しいよね」
「双子って、嬉しいんだ……」
「そうでしょ? 妊娠出産って命がけの大仕事なのよ。それが一回で二人産めるならお得じゃない」
「お得なんだ!」
「マツリ姉はオッパイ大きいから、片方ずつでも大丈夫よね。だから双子はめでたいのよ」
「双子が……めでたい……」
双子はどちらかが劣るもの。ラッドのように。だから双子は敬遠される。それがラッドの知る常識であった。
ところがリンカはケロリと「双子はめでたい」と言ってのけた。
「異文化、なんだ」
「え、何か変?」
「とんでもない! 異文化万歳!」
海の向こうは異文化なのだ。価値観からして違う。
(お師匠様が言っていた事、本当なんだ)
――この国を出るんだ、ラッド。そうしたら君の悩みなんて消えて無くなるさ――
口から出任せではなかったのだ。
外国では価値観が違う。それはお師匠様の言動で知識としては知っていた。だがお師匠様が例外的な存在である可能性は極めて高く、ラッドも話半分にしか聞けなかった。
しかし今、ラッドに「出来損ない」の烙印を押した価値観など知らないリンカとの出会いで、知識が経験に変わった。そしてそんな同年代の異性と、こんな近くで会えるとは。
(この機会を逃しちゃいけない)
そうとは思っても、相手が異性と意識すると言葉が出て来なくなる。
「あの、その、ええと」
しゃべりで稼ぐ吟遊詩人にあるまじき状態を、お師匠様に見られたらお仕置き一晩コースだ。それでも動かない頭を必死に絞る。
「そうだ。お礼を、助けてくれたお礼を、したいんです、けど」
「お礼なんていいよ。私たちは町長さんに頼まれただけなんだから。お礼なら町長さんにしてね」
悪意が無いだけに、この拒絶は痛かった。食い下がればリンカの好意を台無しにしてしまう。下手をしたら嫌われる。
しかも脳が考える役割を果たせないほど、リンカの微笑みに茹だっていた。
”まほう、おわっちゃった~”
(俺の妄想なのに、どうして空気を読んでくれないんだ!?)
「あ、積み込み終わったみたいね」
リンカが顔を向けた先では、少年が馬車の後ろ扉を閉ざしていた。賊たちは全員馬車に押し込められたのだろう。
(彼は一流の魔法師だったか)
一流の魔法使いが弟子入りするのが呪歌使いのリンカなのだ。現に盗賊魔法使いを簡単に捕まえてしまった。
そこまで行ってようやくラッドの頭が動いた。
「あの、君の活躍を、呪歌を、吟遊詩にして、歌わせて、くれないか? それなら、お礼にも――」
リンカが怪訝そうな顔をしたので、ラッドの血の気が膝下まで下がった。
(まさか、チハン皇国って大陸より吟遊詩人が蔑まれているのか?)
迂闊な事に異文化の負の面が頭に無かった。
絶望したラッドにリンカが言葉を告げる。
「ぎんゆうしって、何?」
「そっちの異文化かー」
「ごめんね。私大陸のこと、良く知らないから」
異文化極まりない。吟遊詩人がいない国があるとは思わなかった。
(でも、嫌われた訳じゃない)
「ええと、説明させてくれ。吟遊詩人とは――」
必死に言葉を探すラッドに、足音が近づいてきた。
「……先生、賊の積み込み完了しました」
まるでラッドの耳を気にするかのように、トウシェがリンカにささやきかける。
「分かった。じゃあ、ラッド、だよね? 続きは馬車で聞かせてくれるかな?」
(女の子からのお誘い、いただきました!)
ラッドの脳内でファンファーレが鳴り響いた。
人生初の慶事に顔が緩んでしまう。
「……賊五人に僕で満席ですので、先生は御者の隣に乗ってください」
「あらら、それじゃ彼は?」
「……気の毒ですが、下りてもらいましょう」
トウシェは声を作っているが、固い声からしてラッドを警戒している事は聞きとれた。腹立たしいが、彼の気持ちはラッドにも分かる。
(そりゃ彼女に他の男が近づくなんて嫌だろうさ)
「可哀想よ。詰めて乗れない?」
「……万一賊が暴れた場合、危険なのは彼です」
「そうかぁ……」
リンカが済まなそうな顔をこちらに向ける。
(女の子から心配、いただきました!)
人生初の慶事にラッドの苛立ちは消し飛んだ。
「だ、大丈夫。歩くのは、慣れているから」
「でも町まで結構あるよ。私たちも飛んでくるのに疲れちゃったし」
「もう凍える季節じゃないし、盗賊は捕まったから、この道は安全だ」
「へえ、君って太っ腹なんだね」
(女の子からお褒めの言葉、いただきました!)
心中で喝采をあげるラッドにリンカは言う。
「私たちは街道の、カーメンっていう町にいるね」
「ちょうど向かっていた町だ。明日には、着けるよ」
「それじゃあ、また明日ね、ラッド」
(女の子からまた会う約束、いただきました!)
たとえ社交辞令だったとしても、気を使ってくれた事自体が嬉しくてならない。
(異文化万歳! 外国人って素晴らしい!)
夢見心地のままラッドは御者から運賃を払い戻され、陶然としたまま馬車を見送った。
リンカが御者台から身を乗り出して手を振ってくれるので、ラッドも力の限り手を振り返した。
”ラッドへんなかお~”
もう妄想に返事をする必要はない。現実の女の子と知り合えたのだから。
衣類を入れた重いザックの上に、嵩張るフィドルのケースを乗せて背負う。足取りは重いが心は軽い。
「呪歌使いの、リンカちゃん、か」
”じゅかつかいって、な~に?”
魔法だけでも珍しいこの国で、魔法を超える呪歌など誰も知らないだろう。知っていれば必ず同業者が歌っているし、ラッドは町ごとに同業者の歌に耳を澄ませてきた。
だのに初耳だとなると、リンカはオライア共和国に来て日が浅いのだと考えられる。
「ネタを独占できたら大儲けだ」
”ラッド、シカトすんな~!”
良い事ずくめで怖いくらいである。
「でも、全部はうまくいかなかったな」
身分不相応に馬車を使ったのは、今日中にカーメンの町に着きたかったからだ。
歌姫レラーイの公演が開催されるのが、今晩なのだ。
高名な歌い手の公演が聞けない、それが唯一の心残りだった。
”ラッドのバカ~!!”
「私? うん、チハン人よ。チハン皇国って知っている?」
急過ぎる話題転換にもリンカは嫌な顔一つ見せない。あるいは見せたとしてもラッドに気づく余裕はない。
「ええと、海の、向こう、だよね?」
「そう。大陸の東の小さな島国なの。でもって私の故郷は本土の南にある離れ小島。島全部で三十八人。あ、でも一人は増えているはずだから――でも私が出たから差し引きしてやっぱり三十八人か。双子でなかったら」
「双子!?」
ラッドの口から余計な一言が飛びだしたが、リンカは意に介さずしゃべり続ける。
「うん。マツリ姉のお腹、凄く大きかったから双子かもって言われていたんだ。双子だと島の人口増えるし、マヒルは弟も妹も欲しいって言っていたから、男女の双子だといっぺんに願いが叶って嬉しいよね」
「双子って、嬉しいんだ……」
「そうでしょ? 妊娠出産って命がけの大仕事なのよ。それが一回で二人産めるならお得じゃない」
「お得なんだ!」
「マツリ姉はオッパイ大きいから、片方ずつでも大丈夫よね。だから双子はめでたいのよ」
「双子が……めでたい……」
双子はどちらかが劣るもの。ラッドのように。だから双子は敬遠される。それがラッドの知る常識であった。
ところがリンカはケロリと「双子はめでたい」と言ってのけた。
「異文化、なんだ」
「え、何か変?」
「とんでもない! 異文化万歳!」
海の向こうは異文化なのだ。価値観からして違う。
(お師匠様が言っていた事、本当なんだ)
――この国を出るんだ、ラッド。そうしたら君の悩みなんて消えて無くなるさ――
口から出任せではなかったのだ。
外国では価値観が違う。それはお師匠様の言動で知識としては知っていた。だがお師匠様が例外的な存在である可能性は極めて高く、ラッドも話半分にしか聞けなかった。
しかし今、ラッドに「出来損ない」の烙印を押した価値観など知らないリンカとの出会いで、知識が経験に変わった。そしてそんな同年代の異性と、こんな近くで会えるとは。
(この機会を逃しちゃいけない)
そうとは思っても、相手が異性と意識すると言葉が出て来なくなる。
「あの、その、ええと」
しゃべりで稼ぐ吟遊詩人にあるまじき状態を、お師匠様に見られたらお仕置き一晩コースだ。それでも動かない頭を必死に絞る。
「そうだ。お礼を、助けてくれたお礼を、したいんです、けど」
「お礼なんていいよ。私たちは町長さんに頼まれただけなんだから。お礼なら町長さんにしてね」
悪意が無いだけに、この拒絶は痛かった。食い下がればリンカの好意を台無しにしてしまう。下手をしたら嫌われる。
しかも脳が考える役割を果たせないほど、リンカの微笑みに茹だっていた。
”まほう、おわっちゃった~”
(俺の妄想なのに、どうして空気を読んでくれないんだ!?)
「あ、積み込み終わったみたいね」
リンカが顔を向けた先では、少年が馬車の後ろ扉を閉ざしていた。賊たちは全員馬車に押し込められたのだろう。
(彼は一流の魔法師だったか)
一流の魔法使いが弟子入りするのが呪歌使いのリンカなのだ。現に盗賊魔法使いを簡単に捕まえてしまった。
そこまで行ってようやくラッドの頭が動いた。
「あの、君の活躍を、呪歌を、吟遊詩にして、歌わせて、くれないか? それなら、お礼にも――」
リンカが怪訝そうな顔をしたので、ラッドの血の気が膝下まで下がった。
(まさか、チハン皇国って大陸より吟遊詩人が蔑まれているのか?)
迂闊な事に異文化の負の面が頭に無かった。
絶望したラッドにリンカが言葉を告げる。
「ぎんゆうしって、何?」
「そっちの異文化かー」
「ごめんね。私大陸のこと、良く知らないから」
異文化極まりない。吟遊詩人がいない国があるとは思わなかった。
(でも、嫌われた訳じゃない)
「ええと、説明させてくれ。吟遊詩人とは――」
必死に言葉を探すラッドに、足音が近づいてきた。
「……先生、賊の積み込み完了しました」
まるでラッドの耳を気にするかのように、トウシェがリンカにささやきかける。
「分かった。じゃあ、ラッド、だよね? 続きは馬車で聞かせてくれるかな?」
(女の子からのお誘い、いただきました!)
ラッドの脳内でファンファーレが鳴り響いた。
人生初の慶事に顔が緩んでしまう。
「……賊五人に僕で満席ですので、先生は御者の隣に乗ってください」
「あらら、それじゃ彼は?」
「……気の毒ですが、下りてもらいましょう」
トウシェは声を作っているが、固い声からしてラッドを警戒している事は聞きとれた。腹立たしいが、彼の気持ちはラッドにも分かる。
(そりゃ彼女に他の男が近づくなんて嫌だろうさ)
「可哀想よ。詰めて乗れない?」
「……万一賊が暴れた場合、危険なのは彼です」
「そうかぁ……」
リンカが済まなそうな顔をこちらに向ける。
(女の子から心配、いただきました!)
人生初の慶事にラッドの苛立ちは消し飛んだ。
「だ、大丈夫。歩くのは、慣れているから」
「でも町まで結構あるよ。私たちも飛んでくるのに疲れちゃったし」
「もう凍える季節じゃないし、盗賊は捕まったから、この道は安全だ」
「へえ、君って太っ腹なんだね」
(女の子からお褒めの言葉、いただきました!)
心中で喝采をあげるラッドにリンカは言う。
「私たちは街道の、カーメンっていう町にいるね」
「ちょうど向かっていた町だ。明日には、着けるよ」
「それじゃあ、また明日ね、ラッド」
(女の子からまた会う約束、いただきました!)
たとえ社交辞令だったとしても、気を使ってくれた事自体が嬉しくてならない。
(異文化万歳! 外国人って素晴らしい!)
夢見心地のままラッドは御者から運賃を払い戻され、陶然としたまま馬車を見送った。
リンカが御者台から身を乗り出して手を振ってくれるので、ラッドも力の限り手を振り返した。
”ラッドへんなかお~”
もう妄想に返事をする必要はない。現実の女の子と知り合えたのだから。
衣類を入れた重いザックの上に、嵩張るフィドルのケースを乗せて背負う。足取りは重いが心は軽い。
「呪歌使いの、リンカちゃん、か」
”じゅかつかいって、な~に?”
魔法だけでも珍しいこの国で、魔法を超える呪歌など誰も知らないだろう。知っていれば必ず同業者が歌っているし、ラッドは町ごとに同業者の歌に耳を澄ませてきた。
だのに初耳だとなると、リンカはオライア共和国に来て日が浅いのだと考えられる。
「ネタを独占できたら大儲けだ」
”ラッド、シカトすんな~!”
良い事ずくめで怖いくらいである。
「でも、全部はうまくいかなかったな」
身分不相応に馬車を使ったのは、今日中にカーメンの町に着きたかったからだ。
歌姫レラーイの公演が開催されるのが、今晩なのだ。
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