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第一楽章

吟遊詩人の少年(2)

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「クラウト製とは値打ち物なのか?」
「へい、そりゃもう俺らにとり憧れですから」
 分隊長と黒髭の会話がラッドの鼓膜を引っ掻いた。
(クラウト製品を知らないのか?)
 クラウト王国は技術と文化の先進国として有名だ。ここオライア共和国でクラウト製品と言えば高級品の代名詞である。
(それを知らないとなると――)
「外国人か」
 思わず漏らしたつぶやき声が、分隊長に聞こえてしまった。
「ほう、よく分かったな小僧」
「ええと、イントネーションが違うから」
 咄嗟にラッドは「より重要ではない理由」を答えた。下手に洞察力の鋭さを知られると警戒される。
「小僧、この辺に外国人は良く来るのか?」
「こんな貧乏な国に来る外国人なんかクラウトの商人か技術者くらいですよ。そんな貧乏国に――外国から魔法使いが盗賊をしに?」
 分隊長の表情が強ばった。痛い所を突いてしまったらしい。
「そんな事は貴様の知った事ではない!」
「ごめんなさい!」
 怒鳴られて身をすくめた。
(やっぱり治さないと、この癖だけは)
 一言多い悪癖が、今は命取りになる。
 幼少の頃から、この癖がどれだけイジメを誘発したことか。それでも言ってしまうのだ。しかも余計な一言に限って、相手の逆鱗に触れてしまう。
(これも幸運神フィファナに嫌われたせいなんだ)
「くそ。口の減らない小僧だ」
「だから吟遊詩人なんですってば、お頭」
「分隊長だ!」
「へーい、ジンク分隊長どの」
 分隊長はイライラと杖を揺らしている。先端で土の路面に穴を掘るほど。それを見るラッドは胃に穴が空く思いだ。
「おい小僧、俺様を怒らせた罪滅ぼしに一曲やれ」
「え?」
「え、じゃない。それが貴様の仕事なのだろうが。俺たちを楽しませろ」
 開いた口が塞がらない、とはこの事だ。あまりの身勝手さにラッドの口が勝手に動く。
「俺の人生を終わらせる人たちを、どうして楽しませなきゃならないんです?」
「嫌なら楽器をぶち壊す!」
「やめてー!!」
 一瞬で威勢は消し飛んだ。涙混じりにラッドは訴える。
「お願いですから壊さないでください。奪われただけでも絶望なのに、愛用した楽器が壊されるなんて耐えられません」
「なら俺たちを楽しませるんだな」
 わなわなと震えるラッドは蚊の鳴く声で言った。
「はい……」
 選択の余地は無い。だが、少しでも望みは欲しかった。
「やります。それで、その――もし楽しんでいただけたら?」
「楽器は町で売り払う。貴様に買い戻すチャンスをくれてやるんだ。感謝するんだな」
「俺はまだ新前なんで、とても楽器なんて買えませんよ」
「ならこの楽器は分不相応という訳だ」
 分隊長は鼻で笑う。ラッドはがくりとうなだれた。
 どうあがいても苦楽を共にしたフィドルとはお別れなのだ。
(これから先、どうやって生きてゆけば良いんだ……)
 楽器が無ければ稼げない。そしてラッドは吟遊詩人以外に稼ぐ術を知らない。この貧乏国で生きるには、知力も腕力も乏しすぎるのだ。
 絶望に打ちひしがれるラッドに、黒髭がケースごとフィドルを差しだしてきた。
(こいつでやる、最後の演奏か……)
 震える指先が磨き抜かれたフィドルのボディに触れた瞬間、ラッドの脳裏に閃光が走る。お師匠様の声が蘇った。
――毎回「これが人生最後の演奏だ」と思え。一音も疎かにするんじゃないよ――
 その意味が、今理解できた。
 漂泊の身である吟遊詩人には何が起きるか分からない。突然死ぬ事だってあるのだ。次に演奏する機会の保証が無い、それが他の音楽家との決定的な違いである。それが今、やっと理解できたのだ。
(俺って、出来の悪い弟子だったんだな)
 ラッドは共に修業時代を過ごしたフィドルを手に取った。
 分隊長が言ったのはある意味正しく、フィドルは吟遊詩人が使うには高価な楽器である。まだ歴史が浅く発展途上、クラウト王国では年々改良されていると聞く。それだけに普及はしておらず、ラッドもお師匠様の家で初めて目にし、音色を耳にした。
 これを選んだ理由は、珍しい楽器はそれだけで耳目を惹く事、共鳴箱があるため屋外でも音が伝わりやすい事、そして何よりお師匠様が愛用した楽器だからだ。
「それは苦労するぞ」
 と言われたが、ラッドは後悔しなかった。指の皮を何度も剥いて稽古し、ついにお師匠様愛用の品を譲られたのだ。
「魔法使いは、後継者に自分の杖を譲る習わしがあるそうだ」との言葉と共に。
 そのフィドルでの最後の演奏となれば、楽器に恥じない演奏をしなければ申し訳ない。
 ラッドの腹が据わった。
(最高の演奏にしてやる)
”やった~、えんそうだ~”
 妄想少女ルビは演奏が大好きだ。それだけは妄想らしくラッドの願望である。演奏で女の子を喜ばせるなど、現実では果たせない夢なのだから。
(よし、舞台に上がるぞ)
 ラッドは盗賊たちを見回した。愛用の楽器を奪う悪党だが、今は違う。
(こいつらは、客だ)
 目の前にいるのが客だと思えば、盗賊だろうと人殺しだろうと怖くなくなる。
 客に怖じけること、それはお師匠様が定めた「吟遊詩人の御法度」筆頭なのだ。
 舞台度胸を付けるためと、ラッドは下手な演奏を町中でやらされた。親や教師、いじめっ子や憧れた女子の前で一生分の恥はかかされ、一生分の恐怖を味わった。
 舞台に上がるラッドには、怖い物など存在しない。
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