上 下
2 / 62
序曲

邪神降臨

しおりを挟む
「あそこに……太陽神ラ・ルガが……」
 の少年ラッド――ラドバーン=キースキンは海岸の岩場から洋上の空を凝視していた。
 雲が渦巻いている。まるで空に穿たれた穴に雲が吸い込まれているかのごとく。
(あの向こうは本当に、神界なのか?)
 これまで神官に言葉と法力を分け与えるだけでいた神々の一柱が、人類五千年の歴史で初めて現世に降臨しようとしているのだ――情報が確かなら。
「情報が間違っている事だってある」
 そう自分に言い聞かせずにはいられない。だが同時に「それは願望に過ぎない」とラッドは理解もしていた。
 何しろ敵――ルガーン人は民族存亡を賭けているのだし、太陽神殿も禁忌を犯してまで勝負に出たのだ。
 そして目にする現象の規模――島一つ呑み込むほどの空間の歪み――が他の理由によるものとは思えない。
 少年は一人きり、仲間とはぐれ単身で恐るべき状況に直面していた。ラッドの体が小刻みに震え、歯がガチガチと鳴っている。
 太陽神ラ・ルガが降臨したとしても、人々に祝福を与えてくれるなら恐れる必要はない。しかし、それがあり得ない事もラッドは理解していた。
 太陽神ラ・ルガは、かつて大陸の三分の一を支配し異民族を奴隷にしていたルガーン人が崇拝する神であり、その五百年に渡る圧政を支えてきたのが太陽神殿なのだ。
 奴隷とされた異民族たち――ラッドの祖父母らをして「あれは邪神だ」と言わしめた太陽神ラ・ルガが、現世に降臨して被害が皆無だなどあり得るだろうか?
(犠牲は何万か、何十万か?)
 ラッドの全身が総毛立つ。
「防げなかった……リンカたちがあれほど頑張ったのに……」
 体から力が抜け、ラッドは岩場に膝を着いた。
「俺の……せいなのか……」
 予言が正しければ、あの邪神は世界を終焉に導くことになる。
「もう吟遊詩人の、出る幕じゃないよな……」
 諦めの言葉が商売道具の口からこぼれた。
 楽器を奏でて歌うしか能が無いラッドなどが、いくら抗ったところで歴史の車輪は止まるどころか回転を緩めもしない。する訳が無い。
「だのに、何故なんだ!?」
 自分の左手はフィドルのネックを支え、右手は弓を離さない。
 まさに「演奏を始めるぞ」という体勢のままでいるのだ。
 邪神が降臨する様を歌い上げるのか?
 喜びの歌曲で歓迎するのか?
 そもそも神々と言葉を交わすなど、神官以外にできるのかさえラッドは知らない。
 それでもなお、ラッドの胸では吟遊詩人の魂が燃え盛っていた。
 漂泊の身である吟遊詩人は、いつが最後の演奏か分からない。だから一回一回の演奏を「人生最後」と思ってやらねばならない。それがお師匠様の教えだ。
「なら、最高の演奏をしてやる」
 ラッドは立ち上がった。ストラップで吊ったフィドルを構える。
 演奏をするために。
 太陽神ラ・ルガに抗うために。
 そして歌の力で歴史を動かすために。
 ラッドが弓を弦に当てたとき、洋上では渦の中心が暗黒の穴と化した。穴は次第に広がってゆき――
 キイイイイィイイイイーーーーーーーーン!!
 ――そこから発生した高周波が大気を大地を震わせた。
 ラッドは反射的に耳を塞いで鼓膜を守る。弓が落ちた音はかき消された。岩場で小石がカタカタ震えている。
「何が起きたんだ!?」
 そう叫んだはずだが、ラッドの耳は痛みすら覚える高周波音しか拾えない。
 涙でにじむ目で見ると、空の穴がさらに広がり――止まった。
(来る!)
 本能でそう悟った。次いで「これ以上広げる必要が無くなった」のだと理解が追いつく。通路を広げる作業の終了、それは太陽神ラ・ルガがこの世に出現する事を意味する。
 そして今、ラッドの見ている前で――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あたしが大黒柱

七瀬渚
ライト文芸
「僕のせいで……」と言って涙ぐんだ。男として、大人として、上手く生きられない愛しい夫。  ひょろひょろの身体に青白い肌。趣味は魚たちや亀の世話をすること。頭にはイヤーマフをつけている。  雑音を受け付けない感覚過敏。ゆえに何処に行っても仕事が続けられなかった。言葉もほとんど話せない。そしていつも申し訳なさそうな顔をしている。それが主人公・葉月の夫である。  対して製薬会社でバリバリ働く勝気なキャリアウーマンである葉月は、自分こそがこの家庭の大黒柱になると覚悟を決める。  “養う”という言葉を嫌う葉月。本当は声を大にして伝えたい。自分はこんなにも夫に支えられていると。  男が泣くのはおかしいか?  出世を目指す主婦は出しゃばりだと叩かれる?  こんな形の夫婦が居てもいいじゃない?  あらゆる人格、あらゆる障害、そしてそれぞれの家庭に於いてあらゆる問題が存在している。“当たり前”というのはまさにこのことではないのか。  障害に対する特別扱いではなく、実は思っているよりもずっと身近に在ることを伝えたいので、あえてあまり重くない作風にしています。  ※“夫”の障害(感覚過敏)に関しては、著者自身に現れた症状を参考にしています。症状の出方には個人差があるので、同じ障害を持つ全ての人がこのようになるという意味ではございません。  ※重複投稿・・・この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿しています。  ☆印は挿絵入りです。  ©️七瀬渚/nagisa nanase 2018  禁止私自转载、加工  禁止私自轉載、加工  無断複写・転載を禁止します。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

処理中です...