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第九章 次なる戦いに備えて

守るべき日常

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 王城で武官たち、特にプルデンス参謀長が苦労している頃、ルークスはフェルームの屋敷で食卓に付いていた。
「天の神と地の精霊よ、家族一同で今日の糧を得られたことに感謝します」
 王宮工房に詰めていたアルタスが祈り、久しぶりに一家揃っての夕食だ。
 本来ならメイドのパッセルは、主人の後に使用人たちと食べなければいけない立場だが、一緒である。
 エクエス家から遣わされた侍従長は嫉妬を懸念したが、パッセルが屋敷に来てすぐに、想定以上の事件が起きてしまった。

                  א

 ルークスは家族の見守りを、友達のシルフに頼んでいる。
 しかし彼らが見守れるのは、直接の加害行為だけだ。
 間接的な嫌がらせまでは防げない。
 ある日パッセルは、掃除の際に高価な花瓶を割ってしまった。
 新前をメイド長が叱るまでは「良くある話」だったが、最中に軍の警護小隊が屋敷に乗り込んでくる大事件となった。
 軍は「直前に花瓶を置き直した」メイドを拘束。
 理由は軍のシルフが「そのメイドが不安定な置き方をしたのを目撃した」からだ。
 たまたま訪れて偶然目撃する確率などゼロに等しい。
 軍は「姿を消したシルフによって全使用人を監視していた」のだ。
 長年騎士団長に仕えてきた者たちはおろか、ルークスの従者フォルティスでさえ例外ではない。
 ルークスは軍から「必要に応じてシルフを入れる」とは聞いていたが、その意味を理解しなかったし、この事件まで忘れていた。
 軍はメイドの家族も連行、参謀部から派遣された調査官によって徹底的に背後関係を調べあげた。
 実家の仕事関連、日常的な交流範囲、さらにその関係者と芋づる式に「外部と連絡できる者」まで辿ったのだ。
 侍従長が抗議しても聞き入れられず、ルークスが「やり過ぎだ」と苦言してやっとメイド一家は解放された。
 しかし「二代に渡って国を守った一家に害を為そうとした」と町どころか国中に知れ渡り、肩身を狭くしている。
 別に軍も「十代のメイドが他国の間諜だった」などとは考えていない。
 使に前例を作っただけで。

 たとえ使用人を抱き込んでも「ただちに軍が嗅ぎつける」と内外に見せつけたのだ。

                   א

 この一件で侍従たちは「軍が身分を超えて動く組織だ」と初めて認識した。
 階級社会で生きていた彼らにとり、騎士が上級貴族以上に扱われることは衝撃だった。
 一方の軍、特にプルデンス参謀長は「ルークスは女王陛下に次ぐ重要人物」として守りを固めている。
 階級社会に任せたが故に彼の両親を死なせてしまった失態を、軍は忘れていなかった。

 困惑する侍従たちに比べて、町出身のメイドたちは強かだった。
 あわよくば一緒に引き上げてもらおう、と一家に取り入る道を選んだのである。
 お陰でパッセルも、この日も家族揃っての夕食を楽しめた。

 フェクス家の女性陣は、王都で行われた会合の趣旨は聞かされていない。
 アルタスが一緒な時点でゴーレムがらみと明白なので、聞くまでもなかった。
 そしてテネルは「技術的な話は食卓ではしないよう」しつけている。
 それもあってルークスは、別の話題を出した。
「アルティ、友達のこと、陛下に許可もらったよ」
 隣に座る少女は慌てた。
「バカ、ここで言うんじゃないわよ!」
「何の話?」
 事情を知らない十歳のパッセルが聞いてくる。
 陛下の船旅は極秘なので、まだ友人たちにさえ話していない。
「ひょっとしたら一生に一度の体験ができるかも」と伝えただけだ。
 アルティはとぼけるも、パッセルはしつこく聞きたがる。
 ルークスにも尋ねるが、彼は「言っちゃダメなんだ」で済ませてしまった。
 少年の性格を熟知するパッセルは、矛先を再び姉に向ける。
「ずるいずるーい! お姉ちゃんだけじゃなくて、友達まで陛下に会えるなんて!」
「あんたは精霊士学園の生徒じゃないでしょ」
「やだやだー! あたしだけ仲間はずれなんて、ひっどーい! うえ~ん」
「嘘泣きしても無駄よ。決定権は私に無いんだから」
 パッセルはクルリと向きを変え、ルークスにすがりつく。
「ねえルークスお兄ちゃ~ん、陛下にお願いして~」
 これにアルティは怒った。
びるな、このませガキっ!!」
「どうしよう、テネルおばさん」
 ルークスも弱って助けを求める。
「ルークス、あなたが責任を負える範囲で決めなさい」
「分かった。今度パッセルを陛下に紹介するよ。だからこの件はここまで。いいかな?」
「うん!」
 にんまり笑ってパッセルは身を離す。
 その様子を姉は苦々しく見ていた。
(盲点だったわ)
 女王陛下より身近な分、妹の方が潜在的に脅威ではなかろうか。

 姉妹のやり取りを見ながら、ルークスは決意を新たにする。
(家族は絶対に守るんだ)
 サントル帝国に征服されたら、陛下はもちろんフェクス家にも累が及ぶ。
 皇帝に刃向かった者は一族皆殺しなのだから。
 だが帝国軍を向かえ撃つに、頼みのイノリに限界が見えてしまった。

(イノリではオブスタンティアに勝てない)

 こちらは一撃入れられたらお終いなのに、向こうはいくら撃破してもゴーレムを乗り換えて無限に戦えるのだ。
 ならばゴーレム最大の弱点であるコマンダーはと言うと、それも狙えない。
 リスティアでは土中に隠れていたので、シルフを動員しても見つけられなかった。
 コマンダーは指示をするどころか、戦況を見る必要もないのだ。
 自ら判断して戦う点が、オブスタンティアの一番恐ろしい要素である。
 極端な話コマンダーは戦場に来なくても良く、帝都からグラン・ノームを送り出すことだって可能だろう。
 よしんば居場所を突き止めたところで、家族を人質にされている帝国大衆は何があろうと降伏できない。
 かと言って「ルークスから両親を奪った」暗殺は絶対に嫌だった。

 コマンダーを狙わずにオブスタンティアに勝つには、どうしたら良いか?
 リスティアからの帰途ずっと考え続けたが、ルークスには対抗策が思いつかなかった。
 いくら考えてもオブスタンティアには勝てない。
 だが王都での凱旋パレードの最中、突然閃いたのだ。

 オブスタンティアに戦わせなければ良いのだ、と。

 発想の転換である。
 オブスタンティアに勝てないなら、彼女から戦う理由を奪ってしまえ。
 コマンダーの抹殺以外でそれを実現するには――サントル帝国を滅ぼせば良い。
 オブスタンティア対策に留まらず、陛下や家族を守るには最善の方法である。

 そこでルークスは自分の目標をサントル帝国滅亡に据えた。

 幼い頃「ゴーレムマスターになる」と決めたように、最初にゴールを決めたのだ。
 難易度など気にしない。
 具体的な方法は、試行錯誤で探すものだ。
 事実「絶対に不可能だ」と周囲に言われたが、ルークスはゴーレムマスターになれたではないか。
 友達になった精霊の力を借りることによって。
 ルークスに出来たのだから、他の精霊使いにだって原理的には可能なはず。
 大勢の人間が精霊を友達にすれば、サントル帝国だって倒せるだろう。
 そうして思い至ったのが、友達作戦だった。
 
 それは大人の思惑に防戦一方だった少年が、攻勢に転じた第一歩である。

 まずはゴーレムコマンダーに、精霊を友達になってもらう。
 それで足りなければ軍の精霊士全員、なお不足なら国中の精霊使いに。
 いっそ大陸中の全精霊使いが精霊を友達にすれば、世の中はずっと住みやすくなるだろう。

「ルークス、食事中に考え事はダメよ」
 いつもの調子でテネルがたしなめるので、ルークスは日常に戻った。
「ごめんなさい、テネルおばさん」
 ルークスは養母の手料理に向きなおる。
 フェクス家とは比べものにならないくらい豪華な部屋で、テーブルには白いクロスが敷かれてある。
 食器もスプーンも木製ではなく、陶磁器に銀製、そして料理はたっぷりの肉に柔らかいパンだ。
 様変わりはしたが、大切な所は何も違っていない。
 アルティとパッセルはおしゃべりを続け、アルタスは食前の祈りの後は黙したまま食べ、それをテネルが微笑みながら見守っている。
 今までどおりであり、そしてこれからもそうあり続けて欲しい光景であった。
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