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第八章 大精霊契約者vs.大精霊の親友

精霊の罪

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 イノリを解体したルークスたちから距離を置いて、バーサーカーは停止した。
 グラン・ノームのオブスタンティアが出てくる。
 彼女が「危害を加えない」と約束してから、インスピラティオーネは接近を許した。
 ルークスは貧血で意識が朦朧もうろうとしており、リートレとノンノンに介抱されている。
「お前がルークスか。別人なほど変わったな」
 亡父が契約していたグラン・ノームに気付いた少年は、身を起こし声を絞り出した。
「父さんを……見捨てた……のに……」
「見捨ててはいない。呼ばれなかっただけだ」
 不満そうにオブスタンティアが言う。
「君が付いていれば……父さんも、母さん……も……」
「危険の予測などできるはずがない。王城と言えば、その国で一番守られている場所のはずだ。ドゥークス自身、警戒していなかった。事実、妻はおろか、幼かったお前まで伴っていたではないか」
「だから……精霊界に……?」
「そうだ。待機している間に契約が消滅した」
「その程度なのか……父さんは『精霊を友達にしろ』って言ってたのに……」
「何の話だ?」
「父さんはあっさり見捨てたのに……今の契約者のためなら……ずいぶんと……頑張るじゃないか。君にとって……父さんは……ただの契約者以下なのか?」
「それは違う! ドゥークスは他の人間とは違った。それは今の契約者を含めても、だ」
「でも……今の君の頑張りは……契約精霊の範囲を超えて……父さんよりも大切にしているじゃないか」
「!?」
 やっと土の大精霊にも、少年の言い分が理解できた。
「それだけ、ドゥークスの死は重かったのだ」
 ぽつりとオブスタンティアは言う。
「老化や病、戦、事故での死ならば何度も経験していた。だが、安全であるはずの場所での死、当人でさえ危険を予知できない状況での殺害だ。私を呼ぶ必要を感じなかったほど、死は突然だった。それがこたえて、もう契約者を力の届かない所で失うのが嫌になったのだ」
「君が付いていたら……父さんも……母さんだって……」
「それは……そうかも知れぬが、今さら仮定を言っても仕方あるまい。危険は予測できなかったのだ」
 ルークスはグラン・ノームにすがりつき、身を持ち上げる。
「君だけだ。あの時……あの時、父さんと母さんを助けられたのは……君だけなんだ!」
幼子おさなごのような事を言うな」
「なんで……なんで父さんに付いていてくれなかったんだ!」
 ルークスは拳をオブスタンティアにぶつける。力が入らず、よろめいた弾みで当たったようなものだ。
 半ば支えられながら交互に拳を打ち付け、泣き崩れる。四つん這いで泣きわめいた。
 らちが明かないと嫌気を見せたグラン・ノームに、ウンディーネが語りかける。
「幼子なのよ。両親が殺された五才のとき、ルークスちゃんはあなたに、そう言いたかったのよ」
 そっと少年に寄り添う。
「言えなかったから、ルークスちゃんの時間は止まったままだったのね」
「何だと――?」
 オブスタンティアは嗚咽する少年を見下ろす。
 浮いたままインスピラティオーネが首を振る。
「そうか。初めてなのだな、九年前の当事者と会うのは。幼い心に押し込めていた感情が、噴出してもやむを得まい」
「今さら言われても――過去は変えられない」
「そうだな。そなたが罪を犯した過去は変えられない」
 グラン・シルフの物言いに、オブスタンティアは不快になった。
「何を指して罪だと?」
「契約者を守れなかった、それは無能ではあるが罪ではない。だが、両親を失ったルークスに、説明をしに来なんだ怠慢は罪ではないか? 彼がどれだけ心を痛めていたか、この姿を見ればわかろう」
「無理を言うな。ドゥークスの死を知ったのは、つい最近の話だ。今の契約者に呼ばれるまで、精霊界にいたのだから」
「待機を指示した人間が一方的に契約を消滅させた。その時点で死亡を推測できそうなものだが」
「推測はしていない。一方的に契約を解消されて、腹を立てていたのだ」
「ならばそうした事情を、なぜ今に至るまで説明せなんだ? 今回の契約が昨日という話でもあるまい」
「今の契約者を置き去りにして、遠方になど行けるものか。第一、ルークスの事情など知らなかった」
「ルークスがどれだけ悲しんだか、程度は通りすがりのシルフに聞けば分かることだ。大概のシルフはルークスを知っておるぞ」
「そこまでルークスが風精に好かれていると知ったのは、もっと後だ。名前は聞いていたが、ドゥークスの子とは思わなかった。同一人物と知って驚いたほどだ」
「待てオブスタンティア。するとルークスの風精との相性は『生まれつきではなかった』と言うのか?」
 インスピラティオーネの問いかけに、オブスタンティアは驚くべきことを言った。
「断じて、以前は今ほど風の気質ではなかった。土精との相性が悪かったゆえ、風精との相性が良いだろうと思った程度だ。もし今ほど風に偏っていたなら『前例のない人間』と認識したはずだ」
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