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第八章 大精霊契約者vs.大精霊の親友

チェスの駒

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 大穴に落下する途中、ノンノンとリートレはイノリの姿勢を制御して足から着地した。
 膝を折り腰を曲げ、両手も着いて水繭にかかる衝撃を緩和する。
 それでも中のルークスは一瞬意識が遠のいた。
 マスターが目眩に苦しむ間も精霊たちは情報を集め、イノリを立ち上がらせた。
 穴は内側のゴーレムの足下から始まる巨大さで、縁は頭の上だったが登れない深さではない。

 だが――

 地響きとともに穴の縁が崩れ始めた。
「主様、グラン・ノームが穴を埋めにかかりました」
 インスピラティオーネが警告する。
 全周で壁が崩落し、穴を狭めてゆく。
「土精は契約者を生き埋めにする気なの!?」
 怒る水精を風の大精霊がなだめる。
「落ち着け、ウンディーネよ。ゴーレム車の床には穴が空いていた。そこから地下へ精霊使いは逃れたのだ」
「シルフの見落とし?」
「地面を盛り上げ床に密着させれば、シルフの目からは逃れられる。風精対策をした敵を褒める場面であるな」
 グラン・シルフは重要な事実を秘した。
 イノリと一緒に落ちる際「ゴーレム車から悲鳴が聞こえていた」という事実を。
 指揮官を、それも本人の意に反して囮にしたに違いない。
 人の死を知れば、またルークスが苦しんでしまう。
 
 ゆえにインスピラティオーネは、精霊使いのみの生存に言及したのだ。

 落とし穴は次第に狭まってゆく。斜面は崩れ落ちる土の滝だ。
 さながらイノリは、アリジゴクの巣に落ちたアリだった。
 埋められるのは時間の問題である。
「ノンノンちゃん、助走を付けて跳躍しましょう」
「わかったです」
 後ろに下がるイノリを、ルークスが止めた。
「中心に……行くんだ」
 目眩と吐き気をこらえて指示をする。
「無風に……して」

「まさか、内陣からゴーレム車まで跳んだのか?」
 敵新型ゴーレムの、常識を覆す運動性能に改めてシノシュは驚かされた。
 全力疾走の速度もさることながら、その跳躍力は尋常ではない。
 少年は一人、暗闇にいた。
 外気を遮断した小空間、つまりシルフに見つからない場所である。
 床を照らすのがやっとの小さなランプが唯一の灯りだ。
 彼の前には二重の輪状にチェスの駒が並び、中心にキングがある。
 横からクイーンが輪に入りこみ、キングにぶつかり倒した。
 グラン・ノームが操るクイーンの速さに、まずシノシュは目を見張った。
 正確には駒を乗せる土の動きだが。
 そして少年が速さ以上に驚いたのは、クイーンがキングに当たったことだ。
 クイーンは敵新型ゴーレムを、キングはゴーレム車、残りの駒は自軍ゴーレムを表わす。
 落とし穴は内陣のゴーレムぎりぎりの大きさで、グラン・ノームが支えるのをやめればすぐ落ちる構造だ。
 新型ゴーレムが踏み入り次第、落とす手はずだった。
 だのにゴーレム車に接触された――これは内陣からゴーレム車まで「一歩も足を下ろさなかった」ことを意味する。
 跳躍した以外に考えられない。
 ゴーレム車周辺に落とし穴があるまでは予期したようだが、丘を飲み込む大穴までは想定できなかったらしい。
 だが想定外はシノシュも同様だ。
 いくら軽いとはいえ「巨大物がウサギのように跳ねる」など今でも信じられない。
「あれは、ゴーレムとは別の代物だ」
 その新型ゴーレムは、まだ罠の中央にいた。
 今は作戦の第二段階、手の空いたノームたちが一斉に穴を埋めにかかっている。
 その地響きは少年がもる穴蔵も揺るがしていた。
「あがいてみろ、ルークス」
 二年間封じていた笑みが、彼の顔には宿っている。
 アロガン師団長を戦死させた今、あとは時間を稼ぐだけだ。
 ゴーレムが全滅したら、自分も戦死する。
 そうすれば家族は助かるはず。
 死までの短い時間を少年は楽しむつもりでいた。

 新型ゴーレムとの、ルークスとの戦いは、シノシュの人生最後の娯楽なのだ。

 すり鉢状の斜面が全方位からイノリに迫ってきた。
「予備の、火炎槍を……犠牲にして」
 なおも苦しむ主の指示で、イノリは穴の中心に火炎槍を突き立てた。
 そして今にも土に押し潰されそうになったとき、ノンノンとリートレはをしてのけたのだ。

「作戦の第二段階終了。穴は完全に埋めたぞ、シノシュ」
 穴蔵にグラン・ノームが顔を出した。
「新型ゴーレムは埋まったのか?」
「いいや、地上に逃げた」
 オブスタンティアの答えに、シノシュは眉をひそめた。
 クイーンは倒れたキングの位置から動いていない。
「まさか、穴の底から地面まで跳べたのか?」
「いいや。重さを穴の底にかけたまま、体を上に持ち上げ、そこから跳んだ」
 再度の説明が、かえって少年を混乱させた。

 いよいよ土が押し寄せたとき、ルークスは合図した。
 穴の底に突き刺した火炎槍の柄を両手で握ったイノリは、垂直飛びすると同時に腕力も使って体を持ち上げる。
 柄の末端に右足をかけ、地面に突き立った槍の上に立ち上がった。
 一本の棒の上に七倍級ゴーレムが屹立したのだ。
 投槍の柄は木製だが、火炎槍の柄は戦槌と同じく鋼芯入りの鋼管である。
 鎧を砕く衝撃でも曲がらない柄は、イノリの重量を支えきった。
 穴を埋める地響きが柄を揺らすので、ノンノンとリートレは必死にバランスを維持する。
 事前に無風状態にしていたからこそ可能な芸当である。
 もしルークスの指示が「風を止ませる」だったら、自然の風でさえイノリを落としただろう。
 穴が狭まるにつれ、斜面は押し寄せる速度を増してゆく。
 土が足にかかったところで、ルークスが合図する。
「今だ!」
 イノリは左足を重ねた右足で火炎槍の柄を蹴る。
 斜め上にジャンプし、穴を埋めたばかりの土に飛び乗った。

 作戦の第二段階も破られ、シノシュは頭を抱えた。
「そこまで適切に判断できる土精なんてオブスタンティア、君ぐらいではないか?」
「ノームとは限るまい。風が止んで見通しが良くなっているぞ」
「それだ! 敵コマンダーが近くまで来たんだ!」
「道の下に残ったノームは、馬どころか人間さえ確認していない」
「路外を高速で移動できるのか?」
 シノシュは周囲を捜索させると同時に、第三段階の発動を指示した。

 イノリが地上に出た直後に穴は完全に埋められた。
 風と地響きが止み、一時的に戦場は静まりかえる。
 穴から飛び出たは良いが、一度掘り返された土はやわらかく、着地の衝撃でイノリは膝下まで沈んでしまった。
 足を引き抜き、慎重に下ろしてもすねまで埋まる。
「くそ。これも向こうの作戦か!」
 ルークは歯がみした。
 イノリ最大の武器である機動力が封じられてしまった。
 内側の敵ゴーレムは全てこちらを向いているが、近づいてはこない。
 イノリでさえ足を取られる地面は、従来型にとっては底なし沼だろう。
 埋め立て地に踏み込めないバーサーカーだが、支援型もあった。
 肩当てと右腕の鎧を簡略化して、投槍を持つタイプだ。
 その支援型は全て、外側に配置されていた。
 イノリの近くに支援型が寄ってきて、同時に槍を投げつける。
 その数は四。
 もっとも投槍は集団に対して使う武器で、単基に当たるほどの命中精度はない。
 避けるまでもなく、槍は全て外れて地面に刺さった。
 支援型は背中に何本も投槍を背負っているが、自分で抜くことはできない。
 イノリとは比較にならないほど従来型は関節の可動域が狭いため、互いに背を向け合って抜くのが通例だ。
 だが今、支援型の脇には槍を渡す僚基がいた。
 軽量型のレンジャーだ。
 背中の槍を抜いて右手に渡す、それだけでバーサーカーは余計な動きをせずに次の槍を投げられる。
 そのためすぐ二の槍が飛来した。
 一本が当たる角度だ。
 イノリは身を投げ、横に転がり避けた。
 足だけと違い、胴体から下肢まで接地するとほとんど沈まない。
「転がってなら動けるかな?」
 火炎槍を背負っているので前後には転がれないが、横になら転がれる。

 と、イノリの脚が突き刺さった槍にぶつかり、動きを止められた。

 次々に投げられる槍が地面に刺さっては障害物になってゆく。
 偶然にしては、あまりに不都合だった。
「これも作戦か!?」
 ゴーレム車を餌にした巨大な落とし穴、埋め立て、ゆるい地面、投槍の林。
 全てが連動した二重三重の罠としか思えない。
 理詰めで追い込まれる息苦しさに、ルークスの背筋を冷たい汗が流れた。
 敵グラン・ノーム使いはゴーレムの使い方に加え、イノリの長所短所を相当把握しているに違いない。
「手強い……」
 サントル帝国の人材は技術者だけではなかった。
 戦場で初めて、ルークスは強敵と遭遇していた。
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