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第七章 激突

精霊使い

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「ルークス?」
 十四才の少女は面食らった。
 その名はセリューも知っている。
 有名少年は舌を出した。
「おっと、今はルークス卿だったっけ」
 警戒しつつセリューが問いかける。
「風の大精霊契約者が、帝国のゴーレムコマンダーに何の用だ?」
 すると少年騎士は目を丸くした。
 まじまじとセリューの顔を見つめる。
「まさか、自分の敵も知らずに戦わせられてたの?」
「戦うって……まさか! お前が、新型ゴーレムのコマンダーなのか!?」
「違うよ」
「え!?」
「コマンダーじゃなくて僕はゴーレムマスターだよ。軍人じゃないんだ。まだ未成年だし」
 勝手に説明するルークスを、今度はセリューが見つめた。
 風の大精霊契約者が、土精のノームとまで契約しているなど信じられない。
 呆然としていた少女に、少年が尋ねてきた。
「ええと、君の名前は?」
「セリュー三等曹だ」
「それって苗字?」
「私は大衆だ。姓は市民になったときに、皇帝陛下から賜るのだ」
「なれるの?」
「無論だ。私は幼年戦士として選抜された、連隊最年少のゴーレムコマンダーなのだからな」
 得意げな少女に、ルークスは最重要懸念を問いかける。
「君って未成年だよね? 他にも子供はいるの?」
「私の連隊には私しかいない。他は――部隊の構成など話せるか!」
「困ったね。他にいなきゃ良いんだけど」
「何故だ?」
「戦争で死ぬなんて、大人だけで十分だよ」
「お前も子供だろうが!?」
「そうだね。でも君たちが僕を狙う以上、自分で戦うしかないじゃないか」
 セリューは困惑した。
「何を言うのだ? そんなバカな話がある訳なかろう」
「あれ、知らないの? 帝国軍はパトリア王国に対して、僕と僕のゴーレムの引き渡しを要求してきたんだよ?」
「嘘だっ!!」
「嘘であって欲しいのは、名指しされた僕の方だよ」
「嘘だ! 我が軍は、貴族に支配された民衆を解放しにきたんだ!」
「リスティアに新しい女王を連れて来たのに?」
「それは……一時的なものだ」
「だろうね。新女王も『用が済めば殺される』って分かっていたから、パトリアと同盟したんだよ。それに、僕らは支配された覚えなんてないよ?」
「お前は、支配する側の貴族だろうが!!」
「ああ、そうだった。今月頭になったばかりなんで、まだ貴族の実感がないんだ」
「なる、だと? 身分は生まれで決まるはずだ」
「基本はね。でも功績を挙げれば平民は貴族になれるんだ。今のゴーレム大隊長のように。君が市民になれるのと同じだね。それと、罪を犯せば貴族の地位剥奪もあるよ。帝国でもそういうの、ある?」
「市民は大衆を教え導く存在だ。罪を犯すなど、あるわけがない」
 笑いとばすセリューを、またルークスはまじまじと見つめる。
「ないわけないでしょ、人間なんだから。それに権力は必ず腐敗するし。ああ、それを大衆に教えるわけないか」
「そんなことがあるものか! 市民は隠し事をする貴族とは違う!」
「でも君は、戦争目的を知らされていなかったんでしょ?」
 セリューの頭が弾けそうになった。
「お、お前は、嘘をついている!」
「精霊の前で嘘は禁物でしょ? この子がいるのに」
 ルークスは肩の上のオムを撫でる。
「お前一人の為に、偉大なる皇帝陛下が戦争をお命じになるなど、天地がひっくり返ろうとも、絶対にあり得ない!!」
「君がいた連隊の百基を、僕のゴーレム一基が全滅させたのは見てない? 残り二百も片付けるよ。鹵獲されたマルヴァドのグリフォン合わせて、四百五十ものゴーレムを単独で壊滅させられる戦力、脅威に感じないとしたら相当な鈍感だ。『ゴーレムの数が戦力である』という常識を、ひっくり返されて一番困る国はどこ? サントル帝国は、僕の新型ゴーレムが是が非でも欲しいんだよ」
「それはきっと、身分制度に縛られた平民を解放するために必要なのだ!」
「身分制度は帝国も同じでしょ? 市民に支配された大衆を解放するために、パトリア軍が攻め込んだら君は歓迎する?」
「論外だ!」
「僕も同じだ。侵略者は撃退する。ましてや名指しされちゃあね」
「我が軍は行く先々で歓迎されたぞ! リスティアの民衆に!」
「そりゃ命が惜しい人たちは、歓迎するよ。でもそれは演技だ。君たちだって、市民の機嫌を損ねたら殺されるでしょ?」
「民衆の笑顔は本物だった!」
「前の――その前か、アラゾニキは。暴君の機嫌を損ねないように、演技力を磨いたからね、リスティア人は。生きるために」
「我々は解放軍だ!」
「自軍の兵士をゴーレムで踏み潰させる人たちが、占領地の民に優しいわけないでしょ。君は知らないだろうけど、町が一つ潰された。本隊が占領していた町が」
「嘘だ!」
「理由はリスティア女王が裏切ったことへの報復だって。何の罪もない人たちが数千人も殺された」
「お前は国に騙されているんだ!」
「確認したのは僕の友達で、僕が国に報告したんだから、順序が逆だよ」
「お前の友達なんて、どうせ嘘つきだろ!」
 室内に強い風が吹き、ルークスの頭上に精霊が現れた。
 風の大精霊インスピラティオーネが怒気を放つ。
「黙って聞いておれば調子に乗りおって! 我が主ルークスは、一度たりとも嘘は言っておらぬぞ」
 突然現れたグラン・シルフにセリューは絶句した。
「帝国軍のゴーレムが都市を破壊し尽くし、逃げだす民を取り巻く兵が殺した様は、シルフたちによって確認されておるわ!」
「と、友達だって言ったぞ」
 声を震わせる少女を大精霊は威圧する。
「主様は二百以上の精霊を友にしておる。明言しておくが、我も友達ぞ。我らを結ぶのは契約などという低次元な繋がりではなく、信頼と友情よ」
「友達? 契約しない……まさか代償もなしに精霊が力を貸すのか?」
 途端にルークスが顔をしかめた。
「代償って、自分を切って血を流す、あれ? 本で読んだときは『サントル帝国を誹謗するデマ』だと思ったよ。インスピラティオーネ、精霊は人間の血が欲しい?」
「まさか。不誠実な者が誠実を装うための流血など、迷惑でしかありませぬ」
「だよねー」
 自分たちの精霊契約を、大精霊に否定され少女は棍棒で殴られた以上の衝撃を受けた。
「嘘だ……代償もなしに大精霊が……」
 身を戦慄かせる少女に、少年が哀れむような目を向け、ため息をついた。
「やれやれだ」
「無理もありませぬ、主様。死にかけても契約精霊に助けられなかった者には、想像もできぬことなのでしょう」
「インスピラティオーネ、子供相手に大人げないよ」
「これは失礼を」
 大精霊が契約者に詫びる光景を、セリューは悪夢のように見ていた。
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