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第七章 激突

邂逅

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 山中の休憩場所にイノリが戻っても、なおルークスは紙にペンを走らせていた。
 既に夕刻、暗くなってきたのにお構いなしである。
「主様、敵の足止めをして参りました」
 インスピラティオーネが外部に声を伝えてやっと、ルークスは顔を上げた。
「お疲れ。ああ、いつの間にか暗くなってきたね」
「いつの間にじゃないわよ。一心不乱も大概にしなさい」
 放置されていたアルティは口では叱るが、内心では「ルークスがゴーレムに夢中になれた」ことを喜んでいた。
 今日は良い息抜きになったろう。
「じゃあ帰ろうか」
 やっとルークスは重い腰を上げるのだった。

                  א

 翌日もルークスはアルティらと山にこもった。
 今度はシルフを飛ばして帝国軍のシルフを妨害する。
 襲撃前の常套手段だ。
 ところが征北軍は厳重警戒こそすれ、前進は止めない。
 たとえ不意打ちで損害を出そうとも、行軍を遅らせるよりマシとの判断である。
 敵の反応を聞いたルークスは次の手を指示した。
 友達を大勢動員して、強烈な向かい風を送ったのである。
 雨は止んでいるうえに地面は潤っているので、砂埃などで視界を妨げられない。
 それでも強風に逆らって歩けば兵たちは疲労する。
 せめて軽量型を前に、と兵の誰しもが願ったが、クリムゾン・バーサーカーを守る位置は変えられなかった。

 一方のシルフたちは張り切っていた。
 古株の友達からしたら「ルークスはゴーレムに没頭する」ものである。
 脇目も振らないでゴーレムに取り組むためとあらば、風を吹かせる力も入った。
 征北軍司令ホウト元帥は弱りきり、自軍のグラン・シルフに対応を命じた。
 しかしトービヨンは首を横に振る。
「この場に通りすがりのシルフはいない。皆ルークスの為に来た者ばかりだ。我が何を言ったところで、聞くはずもない」
「何なのだ、そのルークスとやらは!?」
「忘れたならばもう一度言おう。精霊の友達だ」
「貴様らも精霊の友達になるくらい、できるはずだ!」
 元帥に無茶を言われた精霊士たちは青ざめるばかりである。
 哀れんだトービヨンが代弁する。
「上官を精霊より優先する者には無理な話ぞ」
「ル、ルークスと言えど上官には従うだろうが!」
「聞くところによると、ルークスにとってはパトリア女王も友達、精霊と同格だな。貴様らならばさしづめ、我々精霊を皇帝と同格に扱わねばならぬ」
「あ……ありえぬ……」
「あり得ぬをやってのけるからこそ、ルークスは特別なのだ。そのルークスを狙う者たちに、精霊が味方するはずがなかろう」

 途方に暮れた帝国軍に追い打ちをかけたのが、負傷兵の合流である。
 第七師団が敗北した戦場に、征北軍は向かっているのだから必然だった。
 戦力にならないのに食料を消費してくれるだけでも厄介なのに、恐るべき流言を流してくれた。
「自軍ゴーレムは味方を踏み潰したのに、パトリアの新型ゴーレムは帝国兵を避けて歩いた」
 戦死した歩兵師団長が「督戦隊の役目をゴーレムにやらせた」事実は征北軍司令部も把握していた。
 しかも当の本人が、命令を履行したゴーレムに踏み殺されてしまった。
 それに対して新型ゴーレムは、倒れている兵を避けて歩いたらしい。
 確認しようにも「敵を評価する」という反革新的行為に該当する証言をする者など皆無だ。
 兵数は増えるのに戦力が下がるペースは速まり、今や坂を転げ落ちるがごとく士気が低下していった。

                  א

 セリューが目を覚ましたのは、ふかふかの枕の上だった。
 信じられないほど柔らかいベッドと毛布の間でもある。
 石造りの部屋で、ランプに照らされた天井には絵が描かれ、壁にはタペストリーなどの飾りが貼られてあった。
 窓からは星まで見える。
 花の香りに少女は気付いた。
 頭を動かすと、部屋の隅、暗がりに置かれたテーブルの上に、絵が描かれた大きな花瓶が置かれ、見知らぬ花々が山盛りに咲いている。
 日中明るいときに見たら、どれだけ美しいだろう。
 十四歳の少女はぼんやりと「自分は市民になれたのだ」と考えた。
 大衆風情が、こんな居心地が良い部屋に寝かせられるはずがないのだから。
 毛布をめくると、脇腹が痛んだ。
 左腕に包帯が巻かれてある。
 頭も同じくグルグル巻きで、意識していなかった頭痛にやっと気付いた。
 右膝が固定されており、動くに動けない。
 治療してもらえたのは良いが、トイレに行けないのは困った。

 程なくして、質素な服の女性が入室した。
 さほど年は行っていないが、所作に無駄がない。
「お目覚めの気分はいかがですか? ご自分のお名前は分かります?」
「セリュー、三等曹であります」
「セリューは姓ですか?」
「いえ、自分は大衆であります」
「ああ、帝国の大衆には姓がありませんでしたね」
 女の物言いで少女は理解した。
 ここが帝国領ではないことを。
 そして思い出した。
 所属部隊が今、リスティア大王国に進駐していることを。
 表情に出たのか、女性は微笑みかける。
「安心なさい。ここはリスティアの王城です。あなたの安全は保証されております。捕虜として」
 セリューの全身の毛穴が開いた。
 リスティアが裏切った、と上官たちが憤っていたのを思い出したのだ。
 自分は今「敵に捕えられている」と理解した。
 だが――少女は疑念を抱く。
 自分は今、生まれてきて最高の寝台に寝かされているのだ。
「なぜ私を?」
 しがない大衆風情を厚遇する理由など、どう考えてもあるはずがない。
「それについては私からは答えられません。あなたを客として扱うよう言われただけなので」
 疑問を抱いたままのセリューに、食事が運ばれてきた。
 スープには湯気が立ち、信じられないくらい白いパンが添えられている。
 少女の胃袋が悲鳴をあげた。
 毒物混入を疑うには、あまりにも空腹過ぎた。
 セリューはがっついた。
 これほど美味しい食事は生まれて初めてだ。
 そもそも温かい食事が滅多にない。
 スープは味が濃く、パンは柔らかい。水には柑橘類が絞られてさえいた。
 全てを腹に収めたかったが、胃が受け付けなかったので残念ながら半分も残す。
(これを土産に持って帰れたら……)
 食事が下げられるのと入れ違いに、セリューと同年代の少年が入ってきた。
 黒い髪に日焼けした顔、いかにも大衆然とした容姿だが、身なりが良すぎた。
 服に染みも継ぎはぎも無いなんて、貴族としか思えない。
 そして左肩に妙な代物を乗せている。
 土の下位精霊らしいが、そんな無能に何の用があるのか?
「やあ、気分はどう?」
 少年は馴れ馴れしく話しかけてくる。
「誰だ?」
 警戒を前面に出すセリューに、少年は答えた。
「僕はルークス・レークタ。ゴーレムマスターさ」
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