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第七章 激突

予期せぬ味方

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 パトリア王国の若き女王フローレンティーナは、形良い眉を僅かにしかめた。
「今の時期に女官の入れ替えとは、また急な話ですね」
 女王の執務室には今二人しかいない。
 困惑する主君に、壮年の女官長はきっぱりと言った。
「今の時期だからです。一部とはいえ、情勢をわきまえぬ不届き者がいては、王家の品位に関わります」
 大げさだと思いフローレンティーナは確認する。
「具体的に、誰が何をしたのです?」
「陛下のお心を煩わせる程のことではございません」
「一部とはいえ、身の回りを任せる者を替えるのですよ? 相応の理由が必要と考えます」
 交代が刺客という恐れもある。
 グラヴィバス女官長は文官、プロディートル公爵側の人間なのだ。
「陛下のお耳に入れるには、差し障りがございまして――」
 言葉を濁す女官長に女王は痺れを切らした。
「なら結構。ディシャレを呼びなさい。事情通の彼女なら、女官の不祥事くらい知っているでしょう」
 女官長の眉間に深く皺が刻まれた。
「その……罷免予定者に、そのディシャレがおります……」
 執務室を冷たい風が吹き抜けた――ような気がした。
 若手のまとめ役みたいな女官の名前に、フローレンティーナは衝撃を受けた。
「ディシャレが不届きな真似を? にわかには信じがたい話ですね」
「お恐れながら、事実でございます」
 女王は少し黙考した。
「やはり、何をしたかを聞かないうちは納得できません」
 女官長は口を歪めて声を絞り出す。
「その……破廉恥な行為を……」
 ますます信じられなくなり、女王は具体的説明を要求した。
「王城内で……異性に過度な接触を……」
 フローレンティーナは肩透かしのあまり笑いだした。
「年頃の娘が異性と接触した? その程度で罷免だなんて。グラヴィバス、あなたも随分と大げさですね」
 主君に笑われ、女官長は声を大にした。
「それが、相手は騎士なのです! 陛下の!」
「恋の相手が騎士だなんて、ロマンス物語の定番ではないですか。過去に騎士団員と結ばれた女官、いませんでしたか?」
「相手はあの――ルークス卿なのです!」
 フローレンティーナの笑いが引きつった。強ばった声を絞り出す。
「ル、ルークス……? ですが、彼は……今……」
「はい。過度な接触はルークス卿がいらしたおりで、その後も密かに集まって――方策を練っておりました――誘惑の」
「ただちにディシャレを呼びなさい」
「いえ、ご裁可をいただければ」
 机に置かれた書類を、フローレンティーナは払い落とした。
「ディシャレを連れてきなさい。それとも監督不行き届きで、貴女の名前も罷免リストに記載しますか?」
 女王の怒りに圧倒され、女官長は拝命して退いた。

 十九歳の女官、ディシャレは神妙に身を縮めて執務室に入ってきた。
 今、この場には主君と家臣の二人きり。
 フローレンティーナは机に指を組んだまま固い声で告げる。
「グラヴィバス女官長より報告を受け『本人に確認する必要がある』と判断しました」
 ディシャレは申し訳なさそうに言う。
「陛下を煩わせてしまい、まことに申し訳ございません」
「私が聞きたいのは謝罪ではなく説明です。あなたは本当に――その、ルークスに……」
「はい。そうなんです。あれは無い、と思いまして。せっかく陛下が勇気を出したのに、あんまりです」
 訴える女官に、女王は戸惑った。
「あなたは一体何を?」
「ルークス卿には異性に目覚める必要あり、それが我々若手有志の統一見解です。先だって色々刺激を与えたのですが、成功には至りませんでした。その後も作戦を練っていたのを婆――いえ女官長に見つかってしまい――ご覧の有り様です」
 ディシャレは軽く両手を広げる。
 話がまるで違うので、フローレンティーナは混乱してしまった。
「確認しますが、あなたたちはルークスを?」
「必ずやルークス卿を、陛下に振り向かせてみせます!」
 驚くよりも女王は拍子抜けしてしまった。
「つまりあなたは――あなたたちは、私の味方だと?」
「もちろんです! 陛下のお相手はルークス卿しかおりません!」
 フローレンティーナの目の前が一気に明るくなった。
 敵に囲まれたような王城に、思わぬ味方がいたのだ。
「ですが、このことを実家が知ったら怒るでは?」
「陛下の為に働くことを怒るような家なら、捨ててやりますよ」
「そんな簡単に――グラヴィバス女官長はあなたたちを罷免する気です」
 ディシャレは右の拳を左手の平に強く打ち付けた。
「あんの婆ぁ! どうあっても陛下にマルヴァドの放蕩王子を押しつけたいか!!」
 憤る様は演技には見えない。
 どうやら若手の女官有志は、他の文官とは異なる思惑で動いていたらしい。
 そんな味方を罷免するなんて論外だ。
「貴女たちのような忠臣を罷免するなんて、私が許しません」
「ありがとうございます、陛下」
「お礼を言いたいのはこちらです。そうですね、お咎め無しとはゆきませんから、私から叱責という処分にします」
「はい――」
「ついては有志全員、十五時に私の私室に出頭することを命じます。その際は、お茶とお菓子を用意をするように」
 スカートの裾をつまんでディシャレは拝命した。
 にんまりと笑みを浮かべ、フローレンティーナと視線を交す。

 その日の午後、パトリア女王を応援する有志で「ロマンスの会」が結成された。
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