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第六章 帝国のゴーレム

劣等生がんばる

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「お前、そーじゃねーぞ。ここは、こーだ!」
 王立精霊士学園では珍事が起きていた。
 中等部五年で万年成績ブービーだったカルミナが、他人に勉強を教えているのだ。
 暴走ポニーの異名をとるカルミナは、ルークスが精霊学を捨てなければ確実に最下位という劣等生ではあるが、さすがに初等部レベルの綴りや算術くらいはできる。
 だがリスティアでろくに勉強できなかった平民編入生たちは、初等部レベルの学力さえ無かったのだ。
 そして、札付き問題児デルディの相手をする生徒は彼女しかいない。
 革新主義者だと、ほぼ全生徒に避けられているデルディに選択権はなかった。
 勉強できない者がさらにできない者に教えるという、非効率的な学習だろうと、やらないと編入生の中でも最下位になってしまう。
 リスティア時代は優秀だったと自負する少女にとり、それは耐えられない。
 故に、恥を忍んで教えを乞うていた。
 一方のカルミナは教える立場を楽しんでいたし、デルディ相手ならいくら暴走しても叱られないので、最高にご機嫌だった。
 周囲も分かってきた。
 同じ暴走なら、デルディよりカルミナの方が百倍マシだということが。
 カルミナなら暴走しても場をわきまえない言動程度、いざとなればクラーエのチョップで止められる。
 対してデルディは独善的な正義を振りかざすので、止めようがない。
 その為カルミナがデルディに教える状況は、生温かい目で見守られていた。

「やれやれ、一番の問題児が大人しくなって助かったっす」
 休み時間に級長補佐の少女ヒーラリが、カルミナとデルディの様子に胸を撫で下ろした。
 平民は基本的に彼女が面倒を見なければならないのだ。
「まさかカルミナがクラスの役に立つ日が来るなんて、感慨深いっすねー。ねえクラーエ?」
 長身の少女は一瞬戸惑ってから、友人の言葉を肯定した。
 様子がおかしいのでヒーラリは眼鏡ポジションを直した。
「どうしたっすか? いつものクラーエじゃないっすね?」
「そ、そうでした? 私はいつもどおりだと思いますよ」
 長身の少女はそう言って笑みを作る。
「まあ、実家があれっすから、大変なのは分かるっすよ。相談ならいつでも乗るっすから」
「ありがとう。その時は頼みます」
 友達に嘘をついたクラーエは、罪悪感を抱いた。
 昨日実家から手紙が来たことを友人らは知っている。
 それに「ルークス卿を当家に引き込め」とあったのだ。
 手段を選ばず、とまであり少女は地の底まで落ち込んでいた。
 クラーエの実家フーガクス家は、とある伯爵に仕えている。その伯爵から命じられたらしい。
 伯爵がルークスと繋がったあと、女王陛下に取り入るかプロディートル公爵に情報を流すかまでは分からない。
 ただ「手段を選ばず」が、友人への裏切りを意味することは分かった。
 アルティを裏切るなど絶対に嫌だ。
 しかし親には反抗できても、その主人に逆らうことはできない。
 一家が路頭に迷うくらいならまだましで、濡れ衣を着せて罪人に仕立てるのが貴族なのだ。
 家族と友人との板挟みになり、クラーエの心は千々に乱れた。
(このままルークスが帰ってこなければ)
 とまで思考が暴走し、自己嫌悪に陥る。
 こんな顔をアルティに見せないで済んだのは、不幸中の幸いだった。

                  א

 スーマム将軍らパトリア軍のほとんどが強奪物資の輸送に就いたため、ルークスの身辺がにわかに手薄になった。
 リスティアの王城に残るパトリア軍は連絡将校など十名ほどしかいない。
 従者であるフォルティスと傭兵サルヴァージだけでは不安なので、プレイクラウス卿は従者ともども残っていた。
「ヴラヴィ女王と約束した、帝国軍ゴーレム一掃までは残るのが筋であろう」
 とは言うものの、ルークスの警護はシルフが厳重に行っていた。
 実際に昨日、ルークスの居室に近づいたリスティア人文官がシルフに誰何《すいか》された。
 言い訳して引き返す文官の頭上でシルフが「こいつはルークスに忍び寄った」と大声を上げ続ける。
 すぐ衛兵に見つかり、文官が持つには大きすぎるナイフの所持が露見、地下牢へ送られた。
 それ以降、ルークスの部屋がある廊下には衛兵以外立ち入らなくなった。
 ルークスが眠る寝室の前室で、大柄な傭兵がソファに寝転がっていた。
 魂が抜けるほどの大あくびを一つ。
「俺たちゃ出番なしだね。結構結構」
 椅子に座っているプレイクラウス卿も頷くしかない。
 ルークスはゴーレムマスターとしての活躍も有史以来であるが、精霊使いとしても破格すぎる。
 果たして自分は役に立っているだろうか、と若き騎士は考えてしまう。

 シルフが窓から入ってきて、帝国軍の動きを知らせた。
 北上してくる一個師団はそのまま、午後には王都に到着できそうだ。
此度こたびは夜襲とはゆかぬか」
 つぶやきつつプレイクラウス卿は地図上の積み木を動かした。
 その先にいる帝国軍本隊は再編成を終え、廃墟にした町から北へと戻ろうとしている。
 ルークスが寝ている間は記録と各所への連絡は、プレイクラウス卿が担っていた。
 ルークスの補佐なら弟でもできるが、代理となると未成年者では話にならない。
 女王陛下直属の騎士という点では同格であるが、後輩の代理というのは釈然としないものが彼にはあった。
 しかもルークスはまだ正式に叙任されていない。
 彼の功績は認めるが、あまりの型破りぶりに謹厳実直を旨とする騎士は付いていけなかった。
「いらついているなー、騎士殿は」
 ソファから無頼な傭兵がからかってくる。
 安い挑発をプレイクラウス卿は無視した。
 だのにサルヴァージは絡むのをやめない。
「ガキのお守りなんざ、栄えあるパトリア騎士団としちゃ不本意だろうな」
「祖国の命運がかかっているのだ。好き嫌いが入る余地などない」
「まあな。一人で敵ゴーレムの群れを蹴散らせるんだ。フローレンティーナちゃんの覚えもめでたくなるってもんだ」
「陛下へのその呼び方は注意したはずだぞ」
「へいへい。育ちが悪い無法者でござんすからね」

 しばらく沈黙が続いた。
 サルヴァージが思い出したように言う。
「ルークス卿は、初対面で見抜いたっけな」
「何がだ?」
「ゴーレムだ精霊だと皆さんはおっしゃるが、存外あのガキは優秀だと思うんですよ。俺様が見た限りでは、目が良い。天賦てんぷか鍛錬かは分からねえが、あの一瞬で見抜いた眼力は本物だ」
「何が言いたい?」
「いやあ、別にー。ただ俺様くらい名の知れた傭兵だと、雇い主を選べるんでな。パトリア軍もそうだが、将来有望なルークス卿にも繋がっておきたいってこともある。今はまだガキでも、将来大物になりそうだ」
「ならばその従者である我が弟に世話をかけるなよ」

 城内が騒がしい。
 リスティア軍の一部が戻って来たのだ。
 軽量型ゴーレムが町の外に遠望できた。
「城壁の補修をしてやがる。リスティア軍は籠城する気か? ルークス卿が帝国軍のゴーレムを片付けるまで籠もっている、なんて言うなよー」
「不満そうだな」
「いかな新型ゴーレムでも、ゴーレムは倒せても歩兵までは無理だぜ」
「ゴーレムが全滅したら、兵たちは戦うどころではなくなるだろう?」
「それを無理やり戦わせるのがサントル帝国さ。後ろから督戦隊とくせんたいが矢を射かけ、死ぬまで前進させやがるんだ。クズだぜ」
 吐き捨てるように傭兵は言う。
「あんなもん見せられたら、ルークス卿は平静じゃいられねえぞ」
「その時の為の我々だ。何があろうとルークス卿は守らねばならん」
「へいへい。フローレンティーナちゃんに拝謁たまわれるよう、精々頑張りますか」
「その呼び方は止せ」
「俺様に命令したけりゃ、雇い主になるこった」
 サルヴァージは減らず口を叩いた。

 昼過ぎ、食堂で昼食をとっているルークスにシルフが伝えた。
「帝国軍は行軍を止めて陣を敷き始めたよ」
「んー、野営の準備するには早いね」
「いいや。ゴーレムと兵を横に並べている」
「戦闘陣形にしているの?」
 ルークスは「広間にいるプレイクラウス卿にも報告して」とシルフを送り出す。
 フォルティスはテーブルに地図を広げて場所を確認していた。
 ルークスが向かいから覗く。
「もう少し近づいてからなら、午後には攻撃が始められるのに。今から野戦隊形で進んだら、到着する前に日が暮れるね」
 ルークスの言葉にフォルティスが相槌を打つ。
「夜の攻城戦となりますと、矢で狙いづらいので防御側が不利になります」
 道を進む行軍を止める、今回は畑や荒れ地を歩兵が進むことになる。
 大きな障害物はゴーレムが踏み潰してくれるが、ゴーレム自身が空ける足跡という落とし穴はどうしてもできてしまう。
 歩兵はゴーレムの動線を避けた場所を歩くしかない。
 しかもゴーレムが耕したあとだから、道路を歩くより相当遅くなるはず。
 ルークスは地図を見ながらつぶやいた。
「ゴーレムを前に押し立てて、イノリを引っ張り出す気かな?」
「行軍中にイノリに攻め込まれるのを避けるためでは?」
「そうか。それが一番ありそうだね」
 道路上を長い列で進んでいるところを、横から突けば簡単に中心に突入できる。
 指揮官を狙うのは戦術の基本なので、それを防ぐ為と考えれば納得できた。

 二人が話している食堂に、侍女を連れヴラヴィ女王が入ってきた。
 顔が青ざめている。
「ルークス卿、敵が変化を見せたと聞きました」
「はい。行軍をやめ、野戦隊形に移行しています。前進が遅れるので王都到着は日没以降になりそうです」
「それでどうなさいます?」
「王都到着前にゴーレムを全て壊してしまえば、帝国軍は城壁を越えられません。リスティア軍にも軽量型とはいえゴーレムがありますから」
「あの、新型ゴーレムが来るのを、帝国が予想していたりとかは、ありませんの?」
「もちろん予想していますよ。だから野戦隊形になったんです。帝国軍にとって脅威となるのは、イノリくらいですから」
「では……罠があるとかは?」
「あっても不思議じゃないですね」
 あっけらかんと言うルークスが、ヴラヴィは心配になった。
「危険ではないでしょうか?」
「危険はありますよ、戦争なんだから。でも罠があったとしても填まらなきゃいいし、填まったとしても抜ければいいんです。今回の百基を撃破すれば、敵のゴーレムは当初の半分になります」
 ルークスが事もなげに言うと、ヴラヴィの緊張がほぐれた。
 戦争に関する知識が皆無なので、連戦連勝のルークスの言葉を疑うなど思いもしなかったのだ。
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