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第六章 帝国のゴーレム

窮地

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 ルークスは火炎槍を下に向け、イノリの右足首を掴んでいるレンジャーに突き立てた。
 背中の土が破裂して骨が露出する。
 それでも敵の手は離れない。
 人間と違ってゴーレムに痛覚は無いのだ。
 しかも機能する部位だけでもノームは動かせる。
「右膝から切り離して!」
 ルークスの指示にウンディーネは素早く対応、膝下を切り離した。
 抵抗が消えたイノリは前に倒れ込む。
 ルークスは火炎槍を手放し両手を着き、地面を転がり素早く場所を移動した。
 たった今までいた場所が戦槌に抉られる。
「ルークスちゃん、足は直したわ」
 イノリは立ち上がり、素早く動いて敵の包囲を脱した。
 生命の危機に続く激しい上下動、ルークスは心身ともに振り回された。
 それでもイノリは背中から予備の火炎槍を抜く。
「カリディータ、穂先を熱してくれ!」
 息を乱すルークスをリートレが気遣った。
「ルークスちゃん、仕切り直しましょう」
「ダメだ! レンジャーと相性が悪いと教えてしまう。まだ脛当てと火炎槍を一本無くしただけだ。インスピラティオーネ、武具を見失わないようにシルフに見張らせてくれ」
「承知しました。主様、ここは――」
「倒れているレンジャーにも気を付けないとだな。厄介だ」
 まだ一基も撃破できていない。
「ルールー、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫だ!」
 声のあまりにも大きさに、ルークス自身が驚いた。
「ごめん、ノンノン。僕は大丈夫だ」
 ちょっと思い通りにならなかっただけで、何を狼狽うろたえている?
「落ち着くんだ。まずは――深呼吸だ」
 敵から距離を取りつつイノリは外周を回る。
 火炎槍を松明たいまつのように掲げて。
 レンジャー部隊の向こうでバーサーカーの影が動いて見える。
「そうか。レンジャーを急ぐ必要はないんだ」
 ルークスは突破口を見いだした。

 イノリはレンジャーの群れに突進。
 敵の接近を認めたノームたちが次々と攻撃に入る。
 だが両手で戦槌を持ち上げたとき既に、イノリはレンジャーの集団を通り抜けていた。 
 そしてバーサーカー部隊に突入する。
 そこからはソロス河畔かはんの再現となった。
 鈍重なバーサーカーを火炎槍で次々とほふってゆく。
 厄介なレンジャーは、バーサーカーが邪魔でイノリに近づけない。
 しかもバーサーカーそのものだけでなく、残骸もレンジャーを阻んでくれた。
「乗り越えを禁じられているのか、性能的に無理なのか? どちらにせよありがたい」
 バーサーカーを半数も撃破したところで、ルークスは強風を止ませた。
 帝国軍の将兵が月明かりの下に見たものは、累々と転がる自軍ゴーレムの残骸と、そのただ中に屹立する、銀色の甲冑を着けた女神のごときゴーレムだった。
 恐怖に駆られた帝国兵が悲鳴をあげて逃げだす。
 足止めにバーサーカーを残したが、有り難いことにレンジャーは連れて行く。
「どの方角に逃げている?」
「西です、主様」
「帝国方面か。なら急がなくていいか」
 大破してなお動いていたレンジャーが次々と止まった。
 ゴーレムを放棄してノームを呼び戻したのだ。
「放棄されたゴーレムはリスティア軍に進呈だな」
 ルークスの残るバーサーカー十数基に向きなおった。

                  א

 連日深夜に起こされ、帝国軍のゴーレム師団長アロガン将軍は怒り心頭に見えた。
 副官のサーヴィターら師団の幕僚も、不機嫌な顔を宿の居間で付き合わせている。
 シノシュはテーブルに広げられた地図に刺したピンを、次々と抜いていた。
 グラン・ノームの報告に従って。
 オブスタンティアに起こされたシノシュがテーブルに着いた時既に、北の軍港から進発した部隊のゴーレムは十基以上撃破されていた。
 しかも全てバーサーカーだ。
 損害がバーサーカーの半数に達したと思ったら、レンジャー六基が一気にやられた。
 そしてアロガン将軍が来るまでに、三十基のバーサーカーは全滅していた。
 その間に残存レンジャーが西に少し移動した。
 すると一基、また一基とノームが抜けてゆく。
 西に少しずつ移動するに従い一基ずつ脱落しているのだ。
「追撃されているのか」
 師団長がうめくように言う。
 恐らく敗走している。
 そして迫り来る敵の足止めに、レンジャーを置いているのだろう。
「寝込みばかり襲いおって、卑怯者が!」
 アロガン将軍の罵倒をシノシュは無視した。
 昼間行軍して疲れている敵を夜襲するのは、戦術として王道と言えよう。
 特に、少数が多数を攻撃するなら、視界が悪い夜は打ってつけである。
 五十基のゴーレム全てからノームが戻ると、師団長らは深くため息をついた。
「何と言うていたらくだ。敵を大王都に封じ込める部隊が壊滅とは」
 壊滅したのはゴーレムだけだろうが、シノシュは黙っている。
 しかも何基かは放棄されただろう。
 回収されたら敵の戦力になってしまう。
 大王都には一個連隊百基が向かっているが、そのどれだけが敵の戦力にされるやら。
(新型ゴーレムに加え鹵獲ろかくゴーレムまで加わった敵軍に、残り二百で勝てるか?)
 呼び戻している先鋒部隊のゴーレム百基は全てレンジャーなのだ。
 ゴーレム師団「蹂躙じゅうりん」には現時点でバーサーカーは八十基しかない。
 一応切り札があるが、新型ゴーレム相手にどこまで通じるか未知数だ。
(パトリアの新型ゴーレムは、本当に単独で戦局をくつがえせるのだな)
 ゴーレム師団が、征北軍が敗北するのは時間の問題に思えた。
 北上中の連隊を戻さない限りは。
 だがそんな真似をしたら、政治将校が何を言うか分かったものではない。
 それ以前に、師団長にその気はなかった。
「第九十七連隊に連絡しろ。不寝番を欠かさず、奇襲される隙を作るな!」
 アロガン将軍は眼を血走らせ、息を荒らげている。
(まさか戦闘集団が全員寝ていたとでも?)
 厳重警戒をしてなおゴーレムが一刻たらずで全滅した、とは考えられないらしい。
(このまま敗北へ一直線か)
 シノシュは考え込む。
 そのとき師団長はどうするか、を。
 敗戦の原因は、全軍反転を妨げた政治将校の横槍だ。
 だが帝国史上ただの一度も政治将校が敗因となったことはない。
 輝ける世界革新党の歴史に一点の曇りも許されないのだ。
 当然、他の者が責任を負わされる。
 総指揮官であるホウト元帥はゴーレム師団に責任を負わせるだろう。

 となれば、師団長は責任をシノシュに押しつけるに違いない。

 どれほど無理筋だろうと、そうする以外に自分が助かる道がないのだから。
 他に作戦全体に関わる大衆はいないのだから、シノシュが生け贄にされるのは確実だった。
(最悪のシナリオだ!)
 敗戦の罪の重さは、非革新的な発言や市民への無礼の比ではない。
 敵の内通者として死刑は確定だ。
 それを回避するには、第九十七連隊を呼び戻す以外にない。
 しかし大衆のシノシュが、市民の決定を覆すなど不可能だ。

 シノシュに残された道は「敗北の度合いを減らす」しかなかった。
 連座させられる家族を少しでも減らす、それしかない。
 だが市民に口だしできない大衆には、それさえ不可能事だった。
(無理でもやるしかないだろう……)
 両親は理解してくれるはず。
 祖父母も文句は言うまい。
 幼い弟妹を助けるためには「自分たち五人が死ぬしかないのだ」と。
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