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第十二章 明かされる真相と謎

約束が果たされたとき

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 ルークスは作法が身についておらず、女王の前でぎこちなく膝を着く。
 真っ直ぐに向けられる眼差しが、あの時と同じなのがフローレンティーナには嬉しかった。
 彼女は時の壁を越えて、ルークスの首に勲章をかけた。
「あなたこそ救い主。あなたの働きがなくば我が国は滅んでいたでしょう。その功績は歴史に刻まれ永遠に語り継がれます。亡き父君もさぞ喜んでおられるでしょう」
 ルークスは真剣な面持ちのまま女王を見つめている。
 その目に喜びが浮かんでいないので、フローレンティーナは不安になった。
 台本の台詞では心に響かなかったのか、と。
「申したき事があるなら、発言を許します」
 女王の許しが出たので、ルークスは口を開いた。
 一番重要な事を確認しなければならない。
 だが重要なだけに、答えを聞くのが恐かった。
 か細い声を、ルークスはかろうじて出せた。
「僕は、あの時のを……果たせたでしょうか?」
 小さな声であったが、フローレンティーナの魂には大きく響き渡った。
 心臓が強く、そして高く鳴る。
「覚えていて……くれたのですね」
 女王の胸が熱くなった。
 彼は忘れていなかったのだ。あの時の約束を。
「両親の訃報を聞いたのに、五才でしかないあなたは、涙を堪えて約束してくれましたね」
「はい。父に言われたのです。『陛下は友達もなくお一人だ。だからお前は陛下の友達になって差しあげなさい。そして父に何かあれば、お前がお守りしなさい』と」
「ドゥークス殿は、そこまで心を配ってくれたのですね」
「だからあの時、僕は約束しました」
「ええ。覚えていますとも」
 フローレンティーナが忘れられるはずがない。あの時のことは。
 ドゥークス夫妻暗殺の凶報がもたらされた、その直後の時を。
「父がいなくなっても、僕が陛下をお守りします――」
 九年前のあの時と、同じ言葉をルークスは口にした。そして――

「――僕のゴーレムで・・・・・・・必ず、と」

 フローレンティーナの時が止まった。
(今、彼は何と?)
「僕のゴーレムで」と聞こえた。
 覚えていない。その部分をフローレンティーナは覚えていなかった。
 だがルークスが思い違いをするはずがない。
 亡き父親から託された使命に、誓いを立てた言葉なのだ。
 一言一句、ルークスは繰り返したではないか。
 フローレンティーナはうろ覚えしかしていなかった。
 最強の守り手を失い恐怖に駆られていたがため、彼の大切な言葉を聞き漏らしたに違いない。
 女王は確認するのが恐ろしかった。
 しかし、約束の当事者が逃げるわけにはいかない。
「だから……だからあなたは……ゴーレムマスターに?」
「はい」
 とルークスは当たり前のようにうなずいた。
「向いていないと……分かっていたのに? 無理だと言われたのに?」
「そうです」
 事も無げに言うので、なおさらフローレンティーナの心臓が張り裂けそうに痛んだ。今、矢に射貫かれたに違いない。
 相性が悪い、不向きだと分かっていながら、あらゆる助言や叱責を拒否して、頑としてルークスはゴーレムマスターにこだわってきた。

 その理由はフローレンティーナとの幼き日の約束を果たす・・・・・・ためだったのだ。

 その少年は、なおも真摯な視線を女王に向けていた。
 自分が約束を果たせたか、その答えが知りたくて。
 感情と共にこみ上げてきた涙がフローレンティーナの双眸からあふれ出す。
 あふれる思いと共に湧きでる言葉をそのまま紡いだ。
「ええ、勿論です。約束どおりあなたは、あなたのゴーレムで・・・・・・・・・私を守ってくれました。いいえ、その前から。この九年間、私はあなたがしてくれた約束を、心の支えにしてきたのです。
「ルークス、約束を覚えていてくれて、ありがとう。
「約束を守ってくれて、ありがとう。
「約束を果たしてくれて、本当にありがとう。
「私を守ってくれたこと、この国を守ってくれたこと、心から感謝します」
 そう言うとパトリア王国の女王は、一国民に頭を下げたのだ。
 ほう、とルークスは、ずっと詰めていた息をついた。
「約束……果たせたよ……父さん……」
 ルークスの目からも涙がこぼれた。
「父さん……母さん……父さん! 母さーん!!」
 絶叫して泣き崩れた。
 五才の時から今の今まで九年間、堪えに堪えてきた感情が一気に噴きだした。
 声を張りあげて泣き叫ぶ。
 両親の死という子供にとり一番辛い体験で生じた感情を、無理やり抑圧していた重石が外れたのだ。
 拳で床を何度も叩く。
 父母を一度に殺されたという、悲しみ、嘆き、悲痛、悔しさ、哀傷、喪失感、孤独、恐怖、怒り、理不尽、絶望、失意、後悔、無力感、憎悪、心の底に押し込めていた感情が全て解き放たれ、ルークスの心に荒れ狂う。
 それらの感情はどれもあまりに強すぎて、目を向けたら最後取り込まれてしまう。
 幼いルークスは本能的に自分から切り離し、存在しないかのように目を背けてきた。
 ゴーレムマスターになるため、前に進むために。
 そして苦難の九年間の歩みが今、目的地に到達した。
 抑圧された心は今、解放された。
 約束を果たせた自分はもう、どんな感情にも向き合えるのだから。

 フローレンティーナは九年前の自分を激しく叱りつけた。
 あの時、涙を我慢するべきは女王である自分の方だったのに。
 この九年間というもの、自分は一度会っただけの少年に、もたれかかって歩んできたのだ。
 どれほど心細かろうと「自分には味方がいる」と思うことで耐えられた。
 その間ルークスがどれだけ自分を抑圧し、孤独の中で戦っているか夢にも思わず、脳天気に。
 取り乱し泣きじゃくる少年を精霊たちが慰めている。
 見かねた近習が歩み寄るのを、女王は制した。
「そっとしておいてあげなさい。五才の時に流すはずだった涙を、私の為に、今日この時まで堪えてくれたのです。彼の悲しみの大きさほど、私への忠義の深さを雄弁に語るものはありません」
 忠義だなど、臣下を止めるための方便である。
 フローレンティーナが「友達だから」ルークスは限界以上に頑張ってくれたのだ。
 そんな彼を、一時とはいえ疑ってしまった自分の、何と狭量なことか。
 女王はあふれる涙をハンカチで抑え、考える。
 これほどまでに尽くしてくれたに、どうしたら報いられるだろうか、と。

 涙を流しているのはフローレンティーナ女王とルークスだけではなかった。
 アルティが両手で口を押さえ、声を押し殺して泣いていた。
 涙が止めどなく滴り落ちる。
 初陣に赴くルークスが口にした「約束」の相手は、自分ではなかった。
 彼の頭に常にあったのは女王陛下であり、その約束のためにゴーレムマスターになると決めたのだ。
 ルークスの中にアルティなどいなかった。
 自分はただの幼なじみ、同居人でしかない。
 張り合える相手ではないし、ルークスは最初から答えを出している。
 一番近くにいながら、何一つ彼を理解してなかった自分は隣にいる資格など無いではないか。
 ルークスが全てを得た場で、アルティは全てを失ってしまった。
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