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第十二章 明かされる真相と謎

叙勲

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 王城の謁見の間では功労者の叙勲が行われた。
 最初は対象者が最多の軍である。
 ゴーレム大隊。
 投石を浴びながらも大型弩でゴーレムを迎撃した特殊弩兵隊。
 罠や陣地の構築をした工兵隊。
 シルフを封じられた主戦線で情報連絡を維持し続けた伝達隊。
 西からの侵攻を受け、敵の後方を遮断しつつ情報を送り続けた国境守備隊。
 騎士団との連絡と軍馬などの補給を絶やさなかった騎兵隊。
 負傷兵の搬送と手当をした治療隊。
 さすがに全員とはいかないので、指揮官と特に勲功ある者が女王の前に出て勲章をいただき、声かけを受けた。
 全体指揮をしたヴェトス元帥やプルデンス参謀長ら将官たちは辞退し、実際に戦った将兵、特に戦闘を陰で支えた部隊を手厚く遇する。
 これにより知名度が低かった工兵隊や伝達隊が、国民から賞賛されるようになった。

 続いて騎士団である。
 最も激しく戦った部隊であり、騎士団長以下なんと八割を越す死傷者を出した。
 功績も大きく、一度は止められたソロス川の激流を再放流して決戦を勝利に導いている。
 式典に出られない重傷者は名前を読み上げられ、戦死者にも追贈された。
 軽傷者ら七十三名は、順番に女王の前に来て勲章を授与された。
 最後に勲章を首にかけられたのは、敵の総司令を捕らえたプレイクラウス卿である。
 彼はフローレンティーナ女王から特別な栄誉に預かった。
「何か、他に望みはありますか?」
 と問われたのだ。
 若き騎士は深々と一礼して答える。
「お許し願えるなら、接吻の栄誉を賜りたく存じます」
 明け透けな申し出に一瞬たじろぐも、女王は微笑みを作った。
「許しましょう」
 と右手を差し伸べる。
 プレイクラウス卿はその手を取り、甲に口づけた。
 最近は何やら噂になっていると聞く。騎士から愛を向けられることは貴婦人のたしなみとされるが、あまりフローレンティーナは嬉しくない。
 主従関係に男女関係を挟むのに違和感を覚えるのだ。
 もちろん、内心を気取らせない程度には女王も大人になっていた。
 
 軍と騎士団が終わり、民間協力者の番になった。
 ヴェトス元帥がルークスの勲功を長々と読み上げる。
 ゴーレム大隊長のコルーマ卿が、彼のゴーレム「イノリ」が如何に画期的で「他国に真似できないか」を核心部分をぼやかして解説する。
 さらに新兵器火炎槍についてトゥトゥム王宮工房長が説明した。
 これでルークスが推薦した人物たちを顕彰する土台ができた。
 儀典長が咳払いして声を張りあげる。
「イノリ専用武具の製作指揮、ゴーレムスミス、アルタス・フェクス殿」
 ルークスの養父でもある無骨な男がフローレンティーナの前に出た。
 ひざまずいた彼に女王が勲章を首にかけると、緊張のあまりアルタスはカエルが潰れたような声を出してしまった。慌てて頭を下げて身を縮める。
 女王は何ごとも無かったように微笑み、声をかける。
「ルークスを立派に育てあげましたね。亡きご友人ドゥークス殿もさぞ天上で喜んでいるでしょう」
 感極まりアルタスの鼻の奥がツンと痛くなった。
「柄にも無い」とは思ったが、長年の苦労が報われた気がして嬉しかった。

 続いて儀典長が彼の娘を呼ぶ。
「新兵器火炎槍の発案者、王立精霊士学園中等部、アルティ・フェクス嬢」
 女性、しかも自分と同年代少女の活躍にフローレンティーナは好感を抱いた。
 進み出た少女は貴族令嬢とは違い、活発そうな雰囲気がある。
 ただ懸念が一つある。それは彼女がルークスと同居している点だ。
 ルークスにどのような感情を抱いているか気になる。
 ひざまずいた少女に勲章をかけ、女王は微笑みかける。
「泥にまみれて作り上げたと聞いています。その労苦に武勲で報いたルークスを、これからも支えてあげてください」
「は、はい」
 緊張のあまりギクシャクとアルティはうなずいた。

「武器指南役、王立精霊士学園中等部、フォルティス・エクス・エクエス殿」
 騎士団長の次男、プレイクラウス卿の弟である。洗練された動作でひざまずく少年は、騎士よりも楽師などの芸術家の雰囲気で、華があった。
 勲章をかけて女王は言葉をかける。
「あなたの手ほどきのお陰で、ルークスは四十近いゴーレムを撃破できました。エクエス家は当主のみならず二人の子息も、我が国に最高の貢献をされました」
 自らの栄誉を喜ぶより、フォルティスには優先すべきことがあった。先程アルティとの会話で気付いた、ルークスに助力することが。
 彼が意味ありげに頷くので、女王は特別に発言を許した。
「ルークスという友達を得たことが、私の人生を変えました」
「平民を分け隔てなく友達にすることは喜ばしいことです」
「彼の目に階級は映りません。それどころか人間であるかさえ気にしません。だから彼は多くの精霊と友達になれました。精霊たちも、友達だから彼を助けたのです。ルークスにとり大切なのは『友達である』の一点です。そんな友達の助けになれたのは、我が誉であります」
 その説明はフローレンティーナの腑に落ちた。
「私にもルークスという人物が理解できた気がします。これからも良き友達として、彼を助けてあげてください」
「祖国と陛下への忠誠と友に、生涯を賭けて」
 言い切る様が小気味良い。それに自分を差し置いて友達を気遣う心根に、フローレンティーナはフォルティスを好ましく思った。
 フォルティスも、事前に女王にルークスの特異性を説明できて満足した。

 そして儀典長は、この度の戦争で最大の武勲をあげた人物を呼んだ。
「新型ゴーレム『イノリ』の開発者にしてゴーレムマスター、王立精霊士学園中等部、ルークス・レークタ殿」
 制服姿の小柄な少年が前に出ると、居並ぶ人々がざわついた。
 ルークスが一人ではないからだ。
 左右にウンディーネとサラマンダー、左肩にオム、そして頭上にはグラン・シルフを伴っていた。
 精霊同伴を言い出したのはフローレンティーナである。
 当然のごとく近習たちは猛反対した。だが女王は意を貫いた。
「何を心配するのです? もしルークスに害意があったなら戦場で活躍などしません。この国が滅び、私がリスティアの虜囚になる以上の凶事があるとでも? イノリは四体の精霊が協力しました。ならば共に功労者です」と。
 そして何より、フローレンティーナは大精霊に会いたかった。
 グラン・シルフに女王を見下ろす場所を許したのは、大精霊への敬意を示すためだ。
 風の大精霊は背中に透き通った羽を持ち、地肌も衣服も半透明なところはシルフと同様だ。しかし希薄どころか他を圧倒する存在感と、人間など簡単に支配してしまいかねない女帝さながらの貫禄があった。整った顔は造作こそ幼さを見せるが、表情一つで威厳を生みだしている。
 ルークスの左にいる水の精霊ウンディーネも透き通った肌をしており、見るからに蠱惑的な手弱女だ。メリハリある肢体の線も露わな薄衣で、物腰がとても柔らかい。側にいる異性を骨抜きにしてしまいそうな色香を漂わせていた。
 右に並ぶ火の精霊サラマンダーは火の粉を散らし、敵意ある者を近づけさせまいとの意思を感じさせた。とても野性味溢れ、最低限しか覆っていない衣服なので細身ではあるが出る所が出ているのがよく分かる。気の弱い男性なら屈服させてしまう、女傑然としていた。
 肩にいる土の下位精霊オムは大きさも頭身も小さな幼女である。大きな目がクリクリして愛らしく、思わず守ってあげたくなる、そんな存在だ。
 それぞれ魅力的な精霊に囲まれたルークスは、と見ると小柄、としか印象に残らない、あまり人目を惹かない少年に成長していた。
 日焼けした顔に黒い髪、どんぐりを思わせる目に九年前の面影を残している。
 フローレンティーナは胸の高鳴りを感じた。
 あの日から九年、やっと友達と再会できたのだ。
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