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第六章 ゴーレムマスター

逆恨みの果てに

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 その頃ランコー学園長は王城にいた。
 王宮精霊士室は名称こそ「室」だが組織名でもあり、室長室はまた別にある。今、ランコーはその部屋で老齢の女性を前にしていた。
 さほど広くない部屋で、テーブルを挟んで座っているのは王宮精霊士室長にして水の大精霊の使い手インヴィディア卿である。七十才になるが背筋は伸び視線も力強い。
 ランコーにはお茶と茶菓子が勧められていたが、味など分かる状態ではなかった。
 下働きをする従僕がいないのは、かなり際どい話をするからであろう。
 インヴィディア卿が切りだす。
「知ってのとおり、私は水精が専門です。ですが我が国が最も欲している精霊使いはゴーレムマスター、中でもコマンダーです。その為に人材を育成する学園の責任者に、土精が専門である貴方を推しました」
「心より感謝しています。以来、後進の指導に心血を注いできました」
「その集大成があの校則なのですか?」
「なにぶん、相手は司教ですので……」
「なぜすぐ事態を知らせなかったのですか?」
「シルフでは差し支えがありましたので、書簡にてお伝えしたく、結局この場でお渡しする事になってしまいました」
 用意していた手紙を差しだす。
「遅すぎました。その結果、学園から精霊がいなくなるという創立来最大の不祥事が起きてしまいました」
「対応の遅れは猛省しております。なにぶん、相手は思い込んだら動かない人物でして」
 インヴィディア卿は苛ついた声で言う。
「あのふざけた校則を決めた神学教師はその前日、大精霊契約者ルークス・レークタに破門を宣告しましたね?」
「は、はあ」
「なぜその報告が現時点でも無いのですか?」
「それは、神殿の管轄でしたので」
「学園内で、教師である人間の行動です。その責任が貴方以外の誰にあると言うのですか?」
「まったく、面目次第もございません」
「学内で掌握不能な事態が起きたにもかかわらず、報告一つ上げないとは怠慢です」
 ランコーは身を縮め、恐れる振りをする。
「ルークス・レークタは学園の宝、貴方の最大の成果なのに、むざむざと非常識な司教に苛ませるとは――」
 その発言はランコー学園長の逆鱗に触れた。
「あの小僧が、私の最大の成果ですと!?」
 その声はインヴィディア卿を恐れさせるほどの大きさと勢いだった。
 ランコーは仮面をかなぐり捨てて感情を爆発させる。
「精霊学を否定して、精霊を友達扱いする、あの不届きな平民が私の最大の・・・成果などとは、あまりの侮辱! こんな屈辱には耐えられない。私は伯爵家の生まれなのですぞ! 今の言葉、撤回していただこう!」
 怒鳴られた王宮精霊士室長は顔面を蒼白にしていた。
「これで疑問が解けました。貴方は司教の暴走を止められなかったのではない。ルークス・レークタへの個人的な感情を晴らす為に利用したのですね? その結果学園を機能不全に陥らせるとは、不見識にもほどがあります」
「そ……それは憶測です。私は、確かに止められませんでしたが……」
 老女はテーブルの上の書類を引き寄せた。
「大聖堂から報告書が来ています。アドヴェーナ司教は、学園長の理解と同意を得て校則を制定。破門についても、情状酌量を求められただけと証言しています」
「向こうはそう言うでしょう。ですが私は、破門をちらつかされてやむなく――」
「二人を並べて話させたら、さぞ興味深いやり取りが見られるでしょうね」
「水掛け論になるだけです」
「その心配はありません」
 インヴィディア卿が片手で合図すると、部屋の隅にあった水瓶からウンディーネが姿を現した。
「貴方がいくつ嘘をつくか、見てもらっていました」
 驚きのあまりランコーは言葉を失った。
「ドゥリティアム・ド・ランコー、貴方には休暇が必要です。しばらく静かな場所で静養なさい。学園はアウクシーリム教頭に任せます」
「か、彼は風精が専門です。ゴーレムコマンダーの育成が主眼である学園の責任者には、不向きです」
「仕方ありません。土精の専門家は貴方が選んだ人たちですから。それに、学園で最重要な生徒の属性でもあります」
「……あんな奴が……最重要……」
「学園は大精霊と契約できる人材を育成するのが目的だったはず。二十年かかってやっと出たと思ったのに、あなたと来たら……」
 ため息をつく上司にランコーは食い下がった。
「彼の思想は危険です。精霊に取り込まれております」
「精霊と友達になる、が危険ですか?」
「そうです!」
「過去に同じ事を言った人間がおります。ドゥークス・レークタ。我が国を救ったゴーレムコマンダーで、土の大精霊契約者です。精霊に取り込まれた結果が彼なら、むしろ喜ばしい事ではありませんか。しかし、貴方がそれを否定していたとは知りませんでした」
「まさか……今後学園でその様な事を……」
「貴方が心配する必要はありません」
「!?」
 静養のまま更迭される、とランコーは悟った。
「用は終わりました。下がりなさい」
 呆然としたまま学園長が退出すると、王宮精霊士室長はかぶりを振った。
「無能な味方は有能な敵より厄介ですね」

                   א

(何故こんな事に?)
 王城の廊下をふらつくランコー学園長の心は、迷宮をさまよっていた。
(何故こうなった?)
 ふらついて歩く痩せた男を、不審者と見て衛兵が二人歩み寄る。
「ご気分が悪いようですね」
「ささ、こちらへどうぞ」
 口調は丁寧だが、有無を言わさず両側を固め、連行しようとする。
 不用意に上級貴族とぶつかりでもしたら、自分たち警備に火の粉が飛んでくる故の処置だ。
 だがランコーは、このまま処刑される恐怖に襲われた。
「何をする? どこへ連れて行こうと言うのだ!?」
 大声で抗議したのでちょっとした騒ぎになり、人々の耳目を引いた。
「これはこれは、王立精霊士学園のランコー学園長ではありませんか」
 自分を知る人間へと顔を向けたランコーの両側から衛兵が消えた。
 一歩下がって膝を着き臣下の礼を取っている。
 現れたのは青マントの身なりがとびきり良い壮年の男性。髪と同じ金色の口髭が印象的だ。
「こ、これは……プロディートル公爵」
 ランコーも膝を着いて臣下の礼を取る。
 長身の四十男は前王の弟であり女王の叔父、王位継承権のある正真正銘の王族だ。
 女王を仰ぎ見た事しかないランコーにとり、唯一言葉を交した王族であった。
 数少ない上位者が自分を覚えていてくれた喜びで、ランコーは自分を取り戻した。
 公爵は柔和な表情で言う。
「ご気分がお悪いようですな。部屋で休まれてはいかがです?」
「ありがたきお言葉深く感謝いたします。されど殿下にお言葉をいただけた事で、多少の不具合など飛んで行きました」
「それは重畳。学園で起きた事、心配していただけに貴殿に会えて嬉しく思います」
「い、いえ。もったいないお言葉。殿下のお気を煩わせるなど、恥ずかしくて消え入りとうございます」
「貴殿の秩序だった・・・・・学識こそ子弟の指導に向いているはずなのに、このような事態になった事が不思議でなりません」
「か、過分なお言葉、身に余ります」
「いやいや、我が孫が精霊使いならば、安心して任せられると思っておりますよ」
 ランコーの自尊心が舞い上がる。王族にも認められているのだ、自分は。
「だのに何故、このような事態に……」
 消え入るように言う公爵の声がランコーの頭に幾重にもこだまする。
 原因は分かっている。
 ルークス・レークタだ。彼が学園のを乱したのだ。精霊学を否定し、精霊を友達にし、騎士団からの誘いを断り、破門騒ぎを起こした。
 直後の事故も偶然とは思えない。
(何かの陰謀では?)
 ランコーは言葉を選んだ。
「正直、非才の身ゆえ理解しかねております。一部の生徒が多少問題を起こしたにしては、波紋が大きく広がり過ぎているように思えるのです」
「ほう」
 公爵の鋭い目が細められた。
「確かに。大聖堂に騎士団長と元帥とが連れだって訪れるなど、かつて無いことでしょうな」
 それを聞いたランコー学園長に疑問が湧いた。
 王立精霊士学園は王宮精霊士室の管轄ではあるが、その主目的は軍にゴーレムコマンダーを供給する事である。
 だので司教教師の件で元帥が大聖堂に向かうのは理解できる。
(何故騎士団長が一緒に?)
 騎士団は軍とは別組織である。ゴーレム部隊はおろか精霊士部隊も無いので、学園とは接点が無かった。
 ルークス・レークタを誘うまでは。
 そんな騎士団がどこで今回の件を知ったのか?
 軍が騎士団に借りを作る理由はないし、そもそも騎士団は当事者では――
「!!」
 ランコー学園長の脳裏に一人の生徒が閃いた。
 騎士団長の息子が中等部の最終学年に、ルークスの学友としていたではないか。
(密告したのは奴だ!!)
 詳しい事情を知った騎士団長が、元帥に助言をする為に大聖堂へ同行するのは自然だ。
 当然、王宮精霊士室へ情報を流したも騎士団長だ。
 密告者はアウクシーリム教頭ではなく、騎士団長の息子フォルティスだったのだ。
(優等生と思って甘く見ていたが、とんでもない食わせ者ではないか)
 思い返せば、よく問題児を庇っていたではないか。そうやって親切面しながら、結局は問題児を使ってランコーの足を引っ張っていたわけだ。
 奴はルークスと企み、ランコーを失脚させようと仕組んだに違いない。
 学園長の心は怒りと憎悪に染まった。
 騎士や平民の子に、伯爵家出身の自分の功績が無にされるなど、あってはならぬ。
(必ず学園に戻って、報いを受けさせてやる!)
 ランコー学園長は心に誓った。
「顔色が戻って来ましたね。どうやら心配は無いようだ」
 我に返ると、ランコーの前には穏やかな表情のプロディートル公爵がいる。
「殿下のお言葉が、私に活力をもたらしたのです」
「それは重畳。今後のを楽しみにしておりますよ」
「お気遣いくださり、心より感謝いたします」
 深々と頭を垂れたのでランコーは見落とした。
 王族の目に冷ややかな光が灯った瞬間を。
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