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第三章 決闘

決闘の決着

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 ルークスの指示に間が生まれた。
 その間も二基のゴーレムは前進を続ける。
 だのにルークスはためらってしまう。
(こんな事、精霊はしたくないのに)
 自分の都合に友達を巻き込んだ罪悪感が、ずっと心に影を落としてきた。
 そしていよいよという時に膨らんで、決断を鈍らせたのだ
(でも、ここで退いたらアルティやおじさんたちが)
 それこそ自分の都合でフェクス家を巻き込む事だ。
(迷うな。もう決めたはずだ)
 ルークスは再度意を決した。
「リートレ!」
 観客の後方、井戸端で待機しているウンディーネに呼びかけた。
 リートレは井戸水を溢れさせ、一直線に地面を走らせる。
 観客の足下を素早く抜けた水は竜巻へと達した。
 竜巻が水を吸い上げる。
 準備は終わった。後はこの竜巻を――
(ためらうな! 遅れたらノンノンが叩かれるんだ!)
「スケープトス、ラファガ、フォラータ、右だ!」
 ルークスはシルフに竜巻を動かさせた。敵のゴーレムに向けて。
 軸をずらしつつ進んだ竜巻は、右のゴーレムを包み込む。
 暴風によって猛烈に加速された水しぶきが微細な刃となりゴーレムに突き刺さる。
 ゴーレムの表面はたちまち削がれた。そして新たに露出した面がまた削られる。
 ゴーレム製作実習用の泥は、製作時間を短くする為に流動性重視で含水率が高い。それで作られたゴーレムは放っておくと重力で泥が垂れてしまうほどだ。
 そこに暴風で加速した水を叩きつければ、表面は液状化する。
 ノームが制御できるのは個体だけだ。
 液状となった泥は保持できず、風圧で吹き飛ばされる。
 ルークスはゴーレムを水と風のヤスリで削り込んでいるのだ。
 素材レベルでゴーレムを熟知しているががこその戦術である。
 削られながらも前進するゴーレムに、ルークスはさらにシルフを送った。
「ガスト、カテギダ、ヴィントシュトース!」
 竜巻はさらに風速を強めた。
 微小な水の牙がゴーレムを食い散らす。
 ゴーレムはさらに削られ細くなってゆく。
 支えきれなくなり腕が落ちた。足が折れて前進が止まる。
「ブーリャ、トルメンタ、左へ!」
 ルークスは目標を、まだ動けるゴーレムに変えた。
 強化された竜巻により、二基目は一基目より早く削られる。
 たちまち足が折れ、動けなくなる。
 さらに削られ、頭部に埋め込まれていた呪符が露出するや、真空の刃で切り裂かれた。
 左のゴーレムが崩れる。
 ルークスの胸に鋭い痛みが走った。それを無視しシルフに呼びかける。
「スィエラ、アーセファ、右へ!」
 動けないままの一基目に留めを差すべく竜巻を向けた。
 ゴーレムは為す術なく削られ、頭部が半分ほどになる。
 露出した呪符を破られ、二基目も崩れた。
 再度の痛みをこらえ、ルークスはシルフを呼び戻した。

 吹き荒れる風が止んでようやくコンテムプティオは視界を取り戻した。
「始末したか?」
 勝利を確信し、自分のゴーレムの行く末を見やる。

 ――絶句。

 コンテムプティオは己が目で見た光景が信じられなかった。
 審判の前にある二つの泥の塊。
 自分の足下に戻って来た二体の契約精霊。
 そして何よりルークスの頭上を喜び飛び回る、二十を超すシルフたち。
 人間が制御できる精霊の数を遥かに上回っているではないか。
 コンテムプティオは審判に訴えた。
「反則だ! グラン・シルフが動員したシルフは契約精霊ではない!」
 ルークスが反論する。
「皆僕の友達だ。インスピラティオーネには集まるよう伝言を頼んだだけで」
「嘘だ! そんなはずがない! その精霊たちが登録されているのか!?」
 マルティアルは資料を見ずに言う。
「ルークスの契約精霊は多すぎて記録しきれない。毎日の様に増えるからな」
「なら、契約精霊である証拠など――」
「精霊に聞けば分かる事だ」
 あっさりとマルティアルが言う。
 ルークスは飛び回るシルフたちに呼びかけた。
「君たちが僕の友達だって、あの人間は信じられないそうだ。教えてやってくれないか?」
 シルフたちはそれぞれ飛んで近づき、コンテムプティオに言う。
「ルークスは友達だよ」
「久しぶりに会えてうれしかった」
「ルークスの為に働けるなんて滅多に無いから、張り切ったわ」
「皆ルークスが大好きなのさ」
「グラン・シルフだけがルークスの友達だとでも思ったか?」
「もっと頑丈なゴーレムを作りなよ」
「そうよ。お陰で私に出番が回らなかったわ!」
 別の方向から来たシルフが言う。
「あれ、もう終わっちゃった? せっかく北の果てから戻ってきたのに」
「ルークスから離れすぎたお前が悪い」
 と他のシルフが揶揄する。
「け、契約精霊が……こんなに……?」
 コンテムプティオはさらに増えるシルフに取り囲まれていた。
 三十に及ぶシルフ全てがルークスの契約精霊なのだ。
 しかも、今いるシルフがその全てではない。
 ゴーレムマスターとしてはルークスは失格だが、精霊使いとしては格上どころか桁外れの化物なのだと、その場にいた全員が理解した。
 コンテムプティオは負けた。圧倒的な精霊の「数の力」によって敗れたのだ。
 だが平民に決闘を挑んだ挙げ句に負けたなど、上級貴族のプライドが許さない。
(まだ道はある)
 シルフたちがグラン・シルフに動員されたものにしてしまえば・・・・・・ルークスの反則負けだ。
 コンテムプティオは合図の為にハンカチを地面に投げ捨てた。
 ルークスの後方、観客の中にいる赤髪の少女の後ろにいる取り巻きの一人が、彼女を人質に捕る――はず。
 合図が見えなかったのか、棒立ちしたままだ。顔が真っ青である。
 その頭上に、風の大精霊が現れた。今まで姿を消していたのだ。
「グラン・シルフだ! やはり反則だ!」
 指で差しコンテムプティオは叫んだ。
 それを聞いたマルティアルが首を傾げる。
「あの場所、あるいはそこにいる誰かが、決闘に関与しているのか?」
「――!?」
 肯定したら、自分が何をさせようとしていたかを話さねばならない。
 何も言えず戦慄わななくコンテムプティオに、シルフが近づいてささやく。
「養い親の娘が同級にいます。人質に捕ってしまえば卑怯な真似はできません――お前たちの話は全て聞いたからな」
 コンテムプティオは総毛立った。
 全て知られ、対策されていたのだ。
 敵を探るようルークスに提案したのはインスピラティオーネだが、それは第三者には知る由もない。
 マルティアルが催促する。
「必要とあればグラン・シルフに証言してもらおう。それが一番確実だ」
 それをされたら身の破滅だ。
 コンテムプティオの足が力を失い、がくりと膝を着いた。
「いえ……気のせいでした」
 頷いたマルティアルはルークス側の手を挙げ、高々と宣言した。
「勝者、ルークス・レークタ!!」

 歓声は僅かだった。
 生徒も教職員も驚きが先に立ち、勝敗など頭から飛んでいたのだ。
 一人の人間が二十もの精霊を同時に使用するなど、前代未聞である。
 契約数なら少ないながら事例はあるし、教師はルークスの異常な契約数を知っていた。
 だが同時使用となると話は別だ。十を超す事例は専門家でも知らない。
 ルークスの父ドゥークスにしても同時使用は六体でしかないのだ。
 精霊使いとしては、ルークスは既に父親を越した事になる。
 僅かな中の、一番大きな歓声は暴走ポニーが上げていた。
「やったー!! 大穴だー!!」
 ルークスに賭けていたカルミナが踊り上がる。クラーエがその頭を抱えて抑えた。
 アルティは胸を撫で下ろし、その肩をヒーラリが何度も叩いてねぎらう。
 ランコー学園長はなおも、口を全開にして呆けていた。
 その隣でアウクシーリム教頭は興奮気味に言う。
「シルフであんな芸当ができるとは。これは軍に報告せねば」
 見かねてコンパージが苦言を呈する。
「あれは実習用に含水率を高めた泥だからこそ有効な戦法です。戦闘用は含水率が低いので削るのに時間がかかりますし、鎧や兜もあります。彼が勝利したのはゴーレムの構造を、特に素材を熟知していたからです」
 真面目な言葉使いをしつつも、顔はほころび拳を強く握り絞めている。
 若い娘に戻って飛び跳ねたい気分だ。
 自分の教え子が「ゴーレム構造学」によって勝利したのだから。

 ルークスはオムの幼女をすくい上げてねぎらった。
「良くやってくれた。ノンノンのお陰で勝てたよ」
「ルールーの役に立てたです。嬉しいです」
 そして空を見上げる。
「皆ありがとう。助かったよ」
 沢山の友達が喜び、祝福に舞っている。
 沢山の笑顔がルークスの罪悪感を薄めてゆく。
 一頻り見やってから、ルークスは視線を落とした。
 決闘相手との中間付近に泥の塊が二つ。
 初めてゴーレムを、大好きなゴーレムを自らの意思で破壊した証拠である。
 その痛みが今もなお、胸に残っていた。
 せめて自分のゴーレムの手で破壊してやりたかった。
 それがノームへの礼儀だとルークスには思える。
「さあて、帰ろうか」
 精霊たちを連れたルークスを、アルティと友人たちが出迎えるのだった。
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