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第三章 決闘
決闘開始
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放課後、初等部から高等部まで全ての生徒が園庭の泥沼の前に集まった。
生徒同士の決闘を、ゴーレム戦を見ようと詰めかけたのだ。
何しろ一方は学園初の大精霊契約者ルークス・レークタである。騎士団入り拒否もあいまり話題性は断トツだ。
グラン・シルフを頭上に戴くルークスは、泥沼の前で待ち構えていた。
騎士団入り拒否を快く思わない男子らがブーイングを浴びせている。
対戦相手のドロースス子爵子息コンテムプティオ・デ・スワッガーが取り巻きを三人引き連れてやって来た。
昨日まで存在感が希薄だった生徒が拍手と歓声で迎えられたので得意の絶頂だ。
両者の中間位置に教職員も来ていた。
ランコー学園長はルークスの敗北が見られるのが楽しみでならない。昨日の恨みをまだ引きずっているのだ。
他の教職員もほとんどがコンテムプティオが勝つと思っていた。
オムが小さなゴーレムを作れるのは凄い事だが、動かせないとまで知っているからだ。
教頭のアウクシーリムら風精が専門の教師たちは勝敗よりシルフに興味があった。
「彼がいかにシルフを使いこなすか、見物ですな」
風精科の教師たちも笑顔で言う。
「まあ勝敗は決まっていますから」
「この勝負、ルークスが勝ちます」
教職員の総意に反した予想を口にしたのは、ゴーレム構造学の女性教師コンパージだった。
「それはまた、どうしてかね?」
ランコー学園長は不快を隠して尋ねる。
「彼は学園で唯一、ゴーレムの構造を熟知している生徒だからです」
教師を含めても、自分を除いて唯一だとコンパージは内心で付け加えた。
「それだけで勝てると?」
「それだから勝てるのです」
「いったい、どうやって勝つと言うのかね?」
「さあ。精霊使いではない私には方法までは分かりません。ただ『ゴーレムの構造を熟知している』という事は『壊し方を知っている』という事を意味します。そして何より彼は、合理的思考ができる稀有な生徒です。この場に来たのは勝算があるからです」
自信たっぷりに言うと学園長は「そうかね」と詰まらなそうに顔を背けた。
それを見てコンパージは心の中で言ってやる。
(後で吠え面かきなさい)
成り行きとは言えここまで肩を持つなら、生徒たちの賭けに乗っておけば良かったと少し悔やんだ。
アルティと友人たちはルークスの後ろで応援だ。
ブーイングの中、小声で話す。
「勝てるっすかね、ねえアルティ?」
「勝てるかどうか分からないけど、確実に言えるのは『ルークスはノンノンを叩かせやしない』って事。向こうのゴーレムは絶対にこちらに辿り着けないわ」
「ならルークスの勝ちだ! 大儲けじゃ!!」
踊り上がる暴走ポニー、それを抑えるクラーエが言う。
「でも、勝ち方がルールに沿っているかは別ですからね」
「あ……」
カルミナはヘナヘナとその場に両手を着いた。
ルークスがルールに縛られない人間である事は、皆の共通認識であった。
学園公認の決闘なので、審判は教師が務める。
ゴーレム戦の本職、退役ゴーレムコマンダーのマルティアルが中央に出てきた。
「両者とも前に」
ルークスとコンテムプティオとが審判の前に来る。
中背のコンテムプティオと比べてもルークスは低い。その肩ではオムのノンノンが、精いっぱいの目力で相手を睨んでいる。
「相手のゴーレムを先に破壊した方が勝者だ。サイズは等身大まで。自分の契約精霊に限り使用が認められる。ただし大精霊は除外。以上のルールは理解したな?」
審判の説明に両者ともにうなずいた。
「では、正々堂々と戦うように。互いに握手」
ルークスは手を差し伸べたが、コンテムプティオは腕組みしたままでいる。
「握手だ。聞こえなかったか?」
不承不承、子爵の次男は審判に従った。内心で「平民が」と罵りつつ。
全力を込めてルークスの手を握り潰そうとしたが、ぬるりと滑って手が外れた。
「怯えて手汗が酷いぞ」
コンテムプティオはハンカチで手を拭う。ルークスが手に油を付けていた事には気付かなかった。
握手時の嫌がらせは苛めの基本なのでルークスは対処していたのだ。
審判からそれぞれ二十歩離れた位置で両者は向き直る。
「それではゴーレム製作に入れ!」
審判が号令をかけた。
「頼むぞ、ノンノン」
ルークスは小さな呪符を泥の表面に置いた。ノンノンが腕を滑り降り、泥に飛び込む。
泥の塊が立ち上がり、手の平サイズのゴーレムができあがった。
「後は立っているだけで良い。君は必ず守りきるから」
生徒たちがどよめく。
コンテムプティオの前には、等身大のゴーレムが立ち上がっていた。
ただし、二基。
「ゴーレムの数に制限は無いぞ、平民!」
怒鳴る声を聞きながら、マルティアルは資料に目を落とした。
「コンテムプティオは二体のノームと契約している。よって問題無し」
生徒たちが歓声をあげた。
ただでさえ圧倒的優位なのに、数が二倍になったのだ。ましてやこの隠し札を審判が認めたとあっては、貴族の勝利は疑うまでもない。
そしてマルティアルが手を挙げた。
「準備は良いな? それでは、始め!」
手が振り下ろされ、決闘が始まった。
コンテムプティオはゴーレム二基をまず泥沼から出す。
「そのまま乾いた地面を歩いて行け。そしてオムが作った泥人形を踏み潰すんだ!」
足音と振動をたて二基のゴーレムが前進した。
ルークスの背後にはグラン・シルフに代わってシルフがいる。
「フラーメン!」
ルークスに名を呼ばれるや、シルフは突風と化して砂塵を巻き上げた。
砂埃に襲われコンテムプティオは目が開けられなくなった。しかしそれは想定済みだ。
二基のゴーレムは作戦通り前進を続ける。身動きできない小さなゴーレムに向かって。
ルークスの背後にはシルフが三人来ていた。
「ウェントス、ヴェーチェル、ビエント!」
打合せ通りシルフが踊り大気に溶け込み風を巻き起こして絡み合う。
ルークスの前に旋風が生じた。
「フトゥナ、ベンタロン、ブフェーラ、トゥルボー!」
さらにシルフを呼ぶ。
加勢を得た旋風はさらに激しく渦巻き、天に達して竜巻となった。
風精の専門家たちが目を見張った。
「大精霊の力無しでシルフを集団運用……だと?」
アウクシーリム教頭が思わず漏らす。
風精は精霊の中でも最も自由気ままで群れたりしない。
そのシルフを、ルークスは人間を指揮するかのごとく集団行動させている。
大精霊にしかできない事を、人の身でやってのけたのだ。
ルークスを知る観客たちは思い出さざるを得なかった。
ノームに嫌われる彼への揶揄「風精との相性が良すぎる」を。
そしてその意味を初めて知った。
ルークスは風に愛された者、風の申し子なのだと。
「だが、竜巻ではゴーレムは破壊できない」
ランコー学園長は断じた。
「竜巻による攻撃は主に真空の刃だ。表面に呪符があればそれを破る事ができたろう。しかしコンテムプティオ君は対策している。呪符はゴーレムの内部だ。いくら君の贔屓がシルフを大量に使おうと、ゴーレムには勝てないよ」
聞こえよがしに言われたので、コンパージは反論する。
「竜巻の使い道はそれだけですか? 例えば空中に巻き上げ、地上に落下させればゴーレムを破壊できますよね?」
思わぬ反撃にランコーは考えた。
「あの竜巻では小さい」
「先程より大きくなりましたよ?」
土精が専門のランコーは風精が専門のアウクシーリム教頭に助け船を求めた。
「等身大ゴーレムを持ち上げるにはどの程度の竜巻が必要かね?」
「それが可能な規模ですと、周囲の人間が巻き込まれる危険があります」
「ここも危険かね?」
「観客より近くにいる対戦相手や本人、ゴーレムの進路上にいる審判が無事では済みません。そして如何なる理由があろうと審判に危害を加えたら即失格です」
「つまり、ゴーレムが破壊できる大きさにすると負けるから、竜巻の大きさは制限される訳だな。ほら、もう打つ手が無いではないか」
「私は精霊が専門ではありませんから、彼の創意工夫を見学させていただきます」
学園長の、露骨な平民生徒苛めにコンパージの忍耐も切れかかっていた。
生徒同士の決闘を、ゴーレム戦を見ようと詰めかけたのだ。
何しろ一方は学園初の大精霊契約者ルークス・レークタである。騎士団入り拒否もあいまり話題性は断トツだ。
グラン・シルフを頭上に戴くルークスは、泥沼の前で待ち構えていた。
騎士団入り拒否を快く思わない男子らがブーイングを浴びせている。
対戦相手のドロースス子爵子息コンテムプティオ・デ・スワッガーが取り巻きを三人引き連れてやって来た。
昨日まで存在感が希薄だった生徒が拍手と歓声で迎えられたので得意の絶頂だ。
両者の中間位置に教職員も来ていた。
ランコー学園長はルークスの敗北が見られるのが楽しみでならない。昨日の恨みをまだ引きずっているのだ。
他の教職員もほとんどがコンテムプティオが勝つと思っていた。
オムが小さなゴーレムを作れるのは凄い事だが、動かせないとまで知っているからだ。
教頭のアウクシーリムら風精が専門の教師たちは勝敗よりシルフに興味があった。
「彼がいかにシルフを使いこなすか、見物ですな」
風精科の教師たちも笑顔で言う。
「まあ勝敗は決まっていますから」
「この勝負、ルークスが勝ちます」
教職員の総意に反した予想を口にしたのは、ゴーレム構造学の女性教師コンパージだった。
「それはまた、どうしてかね?」
ランコー学園長は不快を隠して尋ねる。
「彼は学園で唯一、ゴーレムの構造を熟知している生徒だからです」
教師を含めても、自分を除いて唯一だとコンパージは内心で付け加えた。
「それだけで勝てると?」
「それだから勝てるのです」
「いったい、どうやって勝つと言うのかね?」
「さあ。精霊使いではない私には方法までは分かりません。ただ『ゴーレムの構造を熟知している』という事は『壊し方を知っている』という事を意味します。そして何より彼は、合理的思考ができる稀有な生徒です。この場に来たのは勝算があるからです」
自信たっぷりに言うと学園長は「そうかね」と詰まらなそうに顔を背けた。
それを見てコンパージは心の中で言ってやる。
(後で吠え面かきなさい)
成り行きとは言えここまで肩を持つなら、生徒たちの賭けに乗っておけば良かったと少し悔やんだ。
アルティと友人たちはルークスの後ろで応援だ。
ブーイングの中、小声で話す。
「勝てるっすかね、ねえアルティ?」
「勝てるかどうか分からないけど、確実に言えるのは『ルークスはノンノンを叩かせやしない』って事。向こうのゴーレムは絶対にこちらに辿り着けないわ」
「ならルークスの勝ちだ! 大儲けじゃ!!」
踊り上がる暴走ポニー、それを抑えるクラーエが言う。
「でも、勝ち方がルールに沿っているかは別ですからね」
「あ……」
カルミナはヘナヘナとその場に両手を着いた。
ルークスがルールに縛られない人間である事は、皆の共通認識であった。
学園公認の決闘なので、審判は教師が務める。
ゴーレム戦の本職、退役ゴーレムコマンダーのマルティアルが中央に出てきた。
「両者とも前に」
ルークスとコンテムプティオとが審判の前に来る。
中背のコンテムプティオと比べてもルークスは低い。その肩ではオムのノンノンが、精いっぱいの目力で相手を睨んでいる。
「相手のゴーレムを先に破壊した方が勝者だ。サイズは等身大まで。自分の契約精霊に限り使用が認められる。ただし大精霊は除外。以上のルールは理解したな?」
審判の説明に両者ともにうなずいた。
「では、正々堂々と戦うように。互いに握手」
ルークスは手を差し伸べたが、コンテムプティオは腕組みしたままでいる。
「握手だ。聞こえなかったか?」
不承不承、子爵の次男は審判に従った。内心で「平民が」と罵りつつ。
全力を込めてルークスの手を握り潰そうとしたが、ぬるりと滑って手が外れた。
「怯えて手汗が酷いぞ」
コンテムプティオはハンカチで手を拭う。ルークスが手に油を付けていた事には気付かなかった。
握手時の嫌がらせは苛めの基本なのでルークスは対処していたのだ。
審判からそれぞれ二十歩離れた位置で両者は向き直る。
「それではゴーレム製作に入れ!」
審判が号令をかけた。
「頼むぞ、ノンノン」
ルークスは小さな呪符を泥の表面に置いた。ノンノンが腕を滑り降り、泥に飛び込む。
泥の塊が立ち上がり、手の平サイズのゴーレムができあがった。
「後は立っているだけで良い。君は必ず守りきるから」
生徒たちがどよめく。
コンテムプティオの前には、等身大のゴーレムが立ち上がっていた。
ただし、二基。
「ゴーレムの数に制限は無いぞ、平民!」
怒鳴る声を聞きながら、マルティアルは資料に目を落とした。
「コンテムプティオは二体のノームと契約している。よって問題無し」
生徒たちが歓声をあげた。
ただでさえ圧倒的優位なのに、数が二倍になったのだ。ましてやこの隠し札を審判が認めたとあっては、貴族の勝利は疑うまでもない。
そしてマルティアルが手を挙げた。
「準備は良いな? それでは、始め!」
手が振り下ろされ、決闘が始まった。
コンテムプティオはゴーレム二基をまず泥沼から出す。
「そのまま乾いた地面を歩いて行け。そしてオムが作った泥人形を踏み潰すんだ!」
足音と振動をたて二基のゴーレムが前進した。
ルークスの背後にはグラン・シルフに代わってシルフがいる。
「フラーメン!」
ルークスに名を呼ばれるや、シルフは突風と化して砂塵を巻き上げた。
砂埃に襲われコンテムプティオは目が開けられなくなった。しかしそれは想定済みだ。
二基のゴーレムは作戦通り前進を続ける。身動きできない小さなゴーレムに向かって。
ルークスの背後にはシルフが三人来ていた。
「ウェントス、ヴェーチェル、ビエント!」
打合せ通りシルフが踊り大気に溶け込み風を巻き起こして絡み合う。
ルークスの前に旋風が生じた。
「フトゥナ、ベンタロン、ブフェーラ、トゥルボー!」
さらにシルフを呼ぶ。
加勢を得た旋風はさらに激しく渦巻き、天に達して竜巻となった。
風精の専門家たちが目を見張った。
「大精霊の力無しでシルフを集団運用……だと?」
アウクシーリム教頭が思わず漏らす。
風精は精霊の中でも最も自由気ままで群れたりしない。
そのシルフを、ルークスは人間を指揮するかのごとく集団行動させている。
大精霊にしかできない事を、人の身でやってのけたのだ。
ルークスを知る観客たちは思い出さざるを得なかった。
ノームに嫌われる彼への揶揄「風精との相性が良すぎる」を。
そしてその意味を初めて知った。
ルークスは風に愛された者、風の申し子なのだと。
「だが、竜巻ではゴーレムは破壊できない」
ランコー学園長は断じた。
「竜巻による攻撃は主に真空の刃だ。表面に呪符があればそれを破る事ができたろう。しかしコンテムプティオ君は対策している。呪符はゴーレムの内部だ。いくら君の贔屓がシルフを大量に使おうと、ゴーレムには勝てないよ」
聞こえよがしに言われたので、コンパージは反論する。
「竜巻の使い道はそれだけですか? 例えば空中に巻き上げ、地上に落下させればゴーレムを破壊できますよね?」
思わぬ反撃にランコーは考えた。
「あの竜巻では小さい」
「先程より大きくなりましたよ?」
土精が専門のランコーは風精が専門のアウクシーリム教頭に助け船を求めた。
「等身大ゴーレムを持ち上げるにはどの程度の竜巻が必要かね?」
「それが可能な規模ですと、周囲の人間が巻き込まれる危険があります」
「ここも危険かね?」
「観客より近くにいる対戦相手や本人、ゴーレムの進路上にいる審判が無事では済みません。そして如何なる理由があろうと審判に危害を加えたら即失格です」
「つまり、ゴーレムが破壊できる大きさにすると負けるから、竜巻の大きさは制限される訳だな。ほら、もう打つ手が無いではないか」
「私は精霊が専門ではありませんから、彼の創意工夫を見学させていただきます」
学園長の、露骨な平民生徒苛めにコンパージの忍耐も切れかかっていた。
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