上 下
17 / 187
第三章 決闘

決闘開始

しおりを挟む
 放課後、初等部から高等部まで全ての生徒が園庭の泥沼の前に集まった。
 生徒同士の決闘を、ゴーレム戦を見ようと詰めかけたのだ。
 何しろ一方は学園初の大精霊契約者ルークス・レークタである。騎士団入り拒否もあいまり話題性は断トツだ。
 グラン・シルフを頭上に戴くルークスは、泥沼の前で待ち構えていた。
 騎士団入り拒否を快く思わない男子らがブーイングを浴びせている。
 対戦相手のドロースス子爵子息コンテムプティオ・デ・スワッガーが取り巻きを三人・・引き連れてやって来た。
 昨日まで存在感が希薄だった生徒が拍手と歓声で迎えられたので得意の絶頂だ。

 両者の中間位置に教職員も来ていた。
 ランコー学園長はルークスの敗北が見られるのが楽しみでならない。昨日の恨みをまだ引きずっているのだ。
 他の教職員もほとんどがコンテムプティオが勝つと思っていた。
 オムが小さなゴーレムを作れるのは凄い事だが、動かせないとまで知っているからだ。
 教頭のアウクシーリムら風精が専門の教師たちは勝敗よりシルフに興味があった。
「彼がいかにシルフを使いこなすか、見物みものですな」
 風精科の教師たちも笑顔で言う。
「まあ勝敗は決まっていますから」
「この勝負、ルークスが勝ちます」
 教職員の総意に反した予想を口にしたのは、ゴーレム構造学の女性教師コンパージだった。
「それはまた、どうしてかね?」
 ランコー学園長は不快を隠して尋ねる。
「彼は学園で唯一、ゴーレムの構造を熟知している生徒だからです」
 教師を含めても、自分を除いて唯一だとコンパージは内心で付け加えた。
「それだけで勝てると?」
「それだから勝てるのです」
「いったい、どうやって勝つと言うのかね?」
「さあ。精霊使いではない私には方法までは分かりません。ただ『ゴーレムの構造を熟知している』という事は『壊し方を知っている』という事を意味します。そして何より彼は、合理的思考ができる稀有な生徒です。この場に来たのは勝算があるからです」
 自信たっぷりに言うと学園長は「そうかね」と詰まらなそうに顔を背けた。
 それを見てコンパージは心の中で言ってやる。
(後で吠え面かきなさい)
 成り行きとは言えここまで肩を持つなら、生徒たちの賭けに乗っておけば良かったと少し悔やんだ。

 アルティと友人たちはルークスの後ろで応援だ。
 ブーイングの中、小声で話す。
「勝てるっすかね、ねえアルティ?」
「勝てるかどうか分からないけど、確実に言えるのは『ルークスはノンノンを叩かせやしない』って事。向こうのゴーレムは絶対にこちらに辿り着けないわ」
「ならルークスの勝ちだ! 大儲けじゃ!!」
 踊り上がる暴走ポニー、それを抑えるクラーエが言う。
「でも、勝ち方がルールに沿っているかは別ですからね」
「あ……」
 カルミナはヘナヘナとその場に両手を着いた。
 ルークスがルールに縛られない人間である事は、皆の共通認識であった。

 学園公認の決闘なので、審判は教師が務める。
 ゴーレム戦の本職、退役ゴーレムコマンダーのマルティアルが中央に出てきた。
「両者とも前に」
 ルークスとコンテムプティオとが審判の前に来る。
 中背のコンテムプティオと比べてもルークスは低い。その肩ではオムのノンノンが、精いっぱいの目力で相手を睨んでいる。
「相手のゴーレムを先に破壊した方が勝者だ。サイズは等身大まで。自分の契約精霊に限り使用が認められる。ただし大精霊は除外。以上のルールは理解したな?」
 審判の説明に両者ともにうなずいた。
「では、正々堂々と戦うように。互いに握手」
 ルークスは手を差し伸べたが、コンテムプティオは腕組みしたままでいる。
「握手だ。聞こえなかったか?」
 不承不承、子爵の次男は審判に従った。内心で「平民が」と罵りつつ。
 全力を込めてルークスの手を握り潰そうとしたが、ぬるりと滑って手が外れた。
「怯えて手汗が酷いぞ」
 コンテムプティオはハンカチで手を拭う。ルークスが手に油を付けていた事には気付かなかった。
 握手時の嫌がらせは苛めの基本なのでルークスは対処していたのだ。
 審判からそれぞれ二十歩離れた位置で両者は向き直る。
「それではゴーレム製作に入れ!」
 審判が号令をかけた。
「頼むぞ、ノンノン」
 ルークスは小さな呪符を泥の表面に置いた。ノンノンが腕を滑り降り、泥に飛び込む。
 泥の塊が立ち上がり、手の平サイズのゴーレムができあがった。
「後は立っているだけで良い。君は必ず守りきるから」
 生徒たちがどよめく。
 コンテムプティオの前には、等身大のゴーレムが立ち上がっていた。
 ただし、二基。
「ゴーレムの数に制限は無いぞ、平民!」
 怒鳴る声を聞きながら、マルティアルは資料に目を落とした。
「コンテムプティオは二体のノームと契約している。よって問題無し」
 生徒たちが歓声をあげた。
 ただでさえ圧倒的優位なのに、数が二倍になったのだ。ましてやこの隠し札を審判が認めたとあっては、貴族の勝利は疑うまでもない。
 そしてマルティアルが手を挙げた。
「準備は良いな? それでは、始め!」
 手が振り下ろされ、決闘が始まった。

 コンテムプティオはゴーレム二基をまず泥沼から出す。
「そのまま乾いた地面を歩いて行け。そしてオムが作った泥人形を踏み潰すんだ!」
 足音と振動をたて二基のゴーレムが前進した。
 ルークスの背後にはグラン・シルフに代わってシルフがいる。
「フラーメン!」
 ルークスに名を呼ばれるや、シルフは突風と化して砂塵を巻き上げた。
 砂埃に襲われコンテムプティオは目が開けられなくなった。しかしそれは想定済みだ。
 二基のゴーレムは作戦通り前進を続ける。身動きできない小さなゴーレムに向かって。
 ルークスの背後にはシルフが三人来ていた。
「ウェントス、ヴェーチェル、ビエント!」
 打合せ通りシルフが踊り大気に溶け込み風を巻き起こして絡み合う。
 ルークスの前に旋風が生じた。
「フトゥナ、ベンタロン、ブフェーラ、トゥルボー!」
 さらにシルフを呼ぶ。
 加勢を得た旋風はさらに激しく渦巻き、天に達して竜巻となった。

 風精の専門家たちが目を見張った。
「大精霊の力無しでシルフを集団運用……だと?」
 アウクシーリム教頭が思わず漏らす。
 風精は精霊の中でも最も自由気ままで群れたりしない。
 そのシルフを、ルークスは人間を指揮するかのごとく集団行動させている。
 大精霊にしかできない事を、人の身でやってのけたのだ。
 ルークスを知る観客たちは思い出さざるを得なかった。
 ノームに嫌われる彼への揶揄「風精との相性が良すぎる」を。
 そしてその意味を初めて知った。
 ルークスは風に愛された者、風の申し子なのだと。
「だが、竜巻ではゴーレムは破壊できない」
 ランコー学園長は断じた。
「竜巻による攻撃は主に真空の刃だ。表面に呪符があればそれを破る事ができたろう。しかしコンテムプティオ君は対策している。呪符はゴーレムの内部だ。いくら君の贔屓がシルフを大量に使おうと、ゴーレムには勝てないよ」
 聞こえよがしに言われたので、コンパージは反論する。
「竜巻の使い道はそれだけですか? 例えば空中に巻き上げ、地上に落下させればゴーレムを破壊できますよね?」
 思わぬ反撃にランコーは考えた。
「あの竜巻では小さい」
「先程より大きくなりましたよ?」
 土精が専門のランコーは風精が専門のアウクシーリム教頭に助け船を求めた。
「等身大ゴーレムを持ち上げるにはどの程度の竜巻が必要かね?」
「それが可能な規模ですと、周囲の人間が巻き込まれる危険があります」
「ここも危険かね?」
「観客より近くにいる対戦相手や本人、ゴーレムの進路上にいる審判が無事では済みません。そして如何なる理由があろうと審判に危害を加えたら即失格です」
「つまり、ゴーレムが破壊できる大きさにすると負けるから、竜巻の大きさは制限される訳だな。ほら、もう打つ手が無いではないか」
「私は精霊が専門ではありませんから、彼の創意工夫を見学させていただきます」
 学園長の、露骨な平民生徒苛めにコンパージの忍耐も切れかかっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...