どうやら予言の魔力なしのガキが私

世渡 世緒

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コトコトと鍋の音と美味しそうな匂いがする。暖かくて柔らかな何かで包まれている。体が痛くないのはいつぶりだろうか。そっと目を開けた。
「ん、起きたの?おはよう」
目を開けた先にいた黒髪の男はそう言って微笑んだ。手に持っていたお玉をテーブルに置いて、こちらへ歩いてくる。なにがなんだかわからないけれど、気を失う前にこの人を見た気がする。彼はあの時と同じ優しい目で私をのぞきこんだ。そっとおでこに手を当てると、嬉しそうに頷く。
「うん、もう熱は下がったみたいね。スープでも食べるかい」
長い髪をたなびかせてまたもテーブルの元へ戻っていく。私は体をそっと起こした。
「あなたは」
枯れた声でそう聞くと彼は器にスープを注ぎながら優しい声で答えた。
「オーシン、王国じゃ多少有名な魔道士さ」
オーシン、その名に聞き覚えがあるのは私だけでは無い。国王のお墨付きの魔道士で、国の魔法学校を最年少10歳で、歴代最高記録を残し卒業した男。その記録は未だに塗り替えられていない。その上俗世に興味がなく、自身の魔法を政治に利用されることをよしとせず、国王の勧誘を蹴り森の中で1人暮らす変人と噂されているが、度々街へ降りては弱者に救いの手を差し伸べている。人々からは尊敬も込めて、その美しい黒の瞳と髪から『黒の大賢者』と呼ばれている。
「黒の大賢者様の名を知らぬものなどおりません!」
と、驚いた勢いで先程の説明をつらつらと私は語ってしまったが、痛めた喉のせいで込み上げた咳をしながら、すぐに理性が戻ってきた。
「ご、ごめんなさい!いきなり……」
大賢者様は驚いて目を丸くしている。
「実は、私はあなたの大ファンであなたのお話が乗った本もあなたの著者も全て読んでいるのです、しかし本当にいらっしゃったとは思いもしませんでした」
私の言葉に大賢者様は苦笑いをうかべる。
「そうだね、君が今言った僕の話ももう300年も前の話だね。僕も長いこと生きたものだ」
「見た目が20代かそこらに見えるのはなにかの変身魔法ですか?」
「ははっ、そうじゃないよ」
大賢者様はスープの器を渡し、ベッドに腰掛けた。
「魔力を上手く循環させると老いにくくなるんだ、その上その魔力の質が高ければ高いほどその効果は大きくなる。君の王国の魔道士も優秀な人はみんな若い見た目をしているんじゃないかな」
私は受けとったスープにそっと口をつける。少し長いことそのスープを啜ったあと、ため息とともに口を開いた。
「私は王国の魔道士様にお会いしたことがないので。大賢者様もお気づきでしょう。私のこの白い髪は魔力の無い証。20年ほど前に出た予言は私のことです」
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