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6,公爵家の長男

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 この世界に来て自ら名乗ってくれたのは彼が初めてだった。皇子の名は宰相の口から聞いたし、宰相と軍服男に至っては名乗りすらしなかった。明らかに失礼なその態度も私の今の立場を思えば仕方の無いことであった。そのため、今の彼の言葉に少しの驚きと安心が胸に湧いた。
「あ、ありがとうございます。バルシュミードさん」
「クロッセスで構いません、この国ではファーストネームや役職で呼ぶことが普通ですので」
眉ひとつ、口角ひとつ動かさないのにその人には敬意と優しさが滲んでいた。
「クロッセスさん」
「はい、それで構いません。セイナ様でしたね」
「セイナで構いません、私は聖女ではありませんし、敬語も外していただいて構いませんよ」
少し投げやりなその言葉を少し後悔する。明らかに偉そうな女だ。いつもの私ならもっと毅然と振るまえるはずなのに、この男の前で先程から挙動が乱れるのは、彼が私の目指す大人の姿そのものだからだろうか。優しく敬意に溢れた美しい所作、飾らない風貌。全て私の目指したそれであり、届かなかったものである。
 クロッセスは少し考えたあと口角を少しあげて言う。
「なら、私のこともクロッセスで構わない。敬語も外してくれ、聖女でなくてもあなたは私の従者でも女中でもない。対等に話そう」
 返答まで完璧であった。今私の抱える不安を全て拭うようなその言葉に、心の内で感謝をした。



 私がいた部屋は神殿の地下の部屋であった。神殿には1階にある大きな礼拝堂と、今回召喚の儀式を行った2階の大広間と、地下にある複数の小さな部屋がある。どこかのテーマパークで見た真っ白な城のような建物の周りは、目の届く範囲は全て芝生と林であった。林の奥から入口に向かって伸びている石畳の道に馬車が1台停まっていた。私は促されるままその馬車に乗りこむ。クロッセスは向かい合うように私の目の前に座った。表情は相変わらず飾らず美しかった。
 15分ほど馬車で揺られている間終始無言であったため、さすがに耐えきれず外の景色に目をやろうとしたが、窓には懇切丁寧に布が掛けられていた。外からの視線を遮るためのものだが、内からの視線をも遮ってしまっているのが悩ましい。
 私は諦めて口を開いた。
「この国ではルバート様が第1皇子と聞いたけれど、王様はどなたなの」
 在り来りな問いだったがクロッセスは淡々と答える。
「ルバート皇子の父君、ゼッケン・アッヘンヴル様だ。今年で即位20年だったかな。」
「そう、なの」
 会話が途切れる。
「あ、あなたはなぜ、あの時あの部屋に来たの」
 また在り来りな質問。もはや何から聞けばいいのか分からない。しかし彼は丁寧に答えてくれる。
「神殿の見回りさ。あのバルシャ神殿はこの国1の神殿で管轄は私の家だから、皇子たちが出ていかれたあとの後片付けをするつもりだったんだ。」
「え、それじゃ私を連れていっているせいで片付け出来ていないんじゃ」
「弟を呼んでやらせるよ、ちょうどあの辺で暇してる奴が1人いる」
 その言葉に少し親近感を覚える。
「弟がいるの?」
「ああ、3人ね。私は長男さ」
「私と同じね」
 漏らした言葉を後悔する。同じなどと言われて不快に思わないといいのだが。
「そうだな、だから君の先程の発言にはすごく共感したよ。『この戦いは妹には関係ない。妹に命をかけさせるなど許せない』と皇子にキッパリ言えるのは本当にかっこいい」
 聞いていたのか。妹には響かなかったあの発言は今思えば恥ずかしくて仕方ない。私は俯いた。
「聞いていたの、」
「初めの方だけだ、君の声が大きくて扉の外まで聞こえたんだ。立ち聞きも良くないと思ってすぐ立ち去ったが。あの言葉はすごくよかった。感動したよ」
 クロッセスは微笑んで言う。
「結局、妹には届かなかったけれど」
 呟いたその言葉に彼は少し顔をくもらせる。そしてしばらくして落ち着いた声で言った。
「親の愛も、兄や姉からの愛も当人からすれば少しウザったらしいものさ。そのありがたみに気づくのは、妹君がもう少し大きくなってからだろう。気にしなくていい」
 少し暗い感情に飲まれていた私に、その言葉が優しく手を差し伸べてくれた気がした。
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