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1, 聖女

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 ご飯は温かいうちに食べるのがいい。それが大好きな妹が作ってくれたものなら尚更。いちばん美味しい時に食べたい。
 仕事で疲れて帰ってきた私の癒しはそのふたつだ。笑顔で出迎えてくれる妹、漂う出来たての料理の香り。
 今日もそうだと思っていたのだ。
 しかし扉を開けても妹はいない。いつもより薄暗い部屋。微かにオムライスの香りがする。私はヒールを脱ぎ捨て駆け足でリビングへ向かう。扉を開けると目の前で妹が訳の分からない光に吸い込まれているところだった。妹は泣きそうな顔でこちらを見ている。
「お姉ちゃん!助けて!」
 眩いほどの光は地面に1mほどの円形を作り、その中に妹の下半身は取り込まれている。
 引っ張ればいいのか、光を壊せばいいのか、どうするのが正しいかもよく分からないまま、私はこちらに伸ばされた妹の手を取った。
 一心不乱に手を引く。しかしビクともせず、それどころか1mだった光の円はどんどんこちら側へ大きくなっている。そして私の足をも飲み込んだ。
「うそっ」
 声を出すまもなく、光に包まれる。エレベータで下っている時のような妙な浮遊感に包まれ、視界もはっきりしない。しかし、私は妹の手を離さなかった。
 オムライスの香りはどんどん遠くなっていった。



 辺りがガヤガヤとうるさい。やけに視線を感じる。私を見せ物にでもしているのだろうか。外の明るさに慣らすようにそっと瞼をあげる。
 そこは真っ白な空間。所々に装飾の施された柱と、奥に両開きの扉があるだけの大きな部屋だった。
 右手に温もりを感じた。目をやれば妹が倒れていた。私は妹の手が赤くなるほど強く握っていたらしい。妹を抱き寄せ、私は周りを囲む連中に睨みをきかせる。
 何も無い部屋には10人ほどの男がいた。みんな神父のような格好で、何やら宝石を掲げて私たち2人を囲むようにして立っている。
 そして私たちを見るや否や大声で言った。
「成功だ!聖女様だ!聖女様が来てくださった!」
「しかし、お二人いらっしゃるぞ。どちらが聖女様だ?」
「そんなの一目瞭然だ。あの黒い御髪、まさに聖女様のものだ!」
どよめく部屋の中でそう言いきった男の指は、間違いなく妹を指していた。




 黒い髪。そう言われてしまえば妹だろう。私の髪は母の遺伝のせいで、お世辞にも黒とは言えない。それでもそこそこ綺麗な茶色なのだが。
 その後部屋に誰よりも着飾って、誰よりも偉そうな若い男が、威張り散らしながら入ってきた。ものすごい美形なのにその傲慢な態度が目に余る。男が部屋に入るとそれを皮切りに続々と人が入ってきた。さすがに周りがうるさくなり、妹も唸りながら目を開ける。眠たげに目を擦りながら、辺りを見回す。それを見た偉そうな男が跪き妹に右手を差し出す。そして柔らかな笑みで口を開いた。
「聖女よ、私はあなたをずっと待っていた」
 さすがにまだ状況の掴めない妹は、顔面偏差値の暴力に犯されながらも、私の顔をのぞき込む。両手は縋るように私の胸元の服を掴んでいる。頼りにしてくれているのはありがたいのだが、申し訳ないことに私も状況をつかみきれていない。しかし、私は妹を腕の中に隠し、その顔面偏差値に抗う。
「……ここは、どこでしょう」
 ようやく発せられた言葉はそれだけだった。他に何を聞けばいいのだろうか。しかし、漫画の世界では気絶して目覚めた時の質問は決まっている。「ここはどこ?私は誰?」だ。その理論から言えばこの質問は正しいはずだ。
 顔面偏差値は差し出した手をため息とともに引っ込めながら、私に冷たく言い放つ。
「お前は誰だ」
 なんて無礼なやつだ。見た目は明らかに私より年下である。いつもなら年下にこんな生意気な口を聞かれたらほっぺが赤くなるほど引っ張ってやるのに、さすがにこの状況では躊躇われる。男の冷たい言葉と共に、周りの屈強な男たちが一斉に刀を向けたのだ。
 冷や汗が床に落ちる音が聞こえるほどの静寂、私はまた震える声で言う。
「私は清奈、この子……涼奈の姉よ」
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