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女神のパン屋~飛ばされて異世界~ 8 ~ササラ~
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ササラは困っていた
ヒロコ様が起きて部屋から出て行かれてから、自分も起き上がり、すぐさま行動したいところだけれど、朝は一人で静かに作業したいと言われているので、部屋から出ることが出来ない。気にせず寝ていて良いとも言われているけれど、師と仰ぐ人を一人働かせて、いつまでも寝ていられるような性分ではない。
どうしようかと思いながら、寝台に座り、暗い部屋を見渡す。
見たことのないもので囲まれた部屋。窓には厚い布がかけられており、外の光が入らないようになっているらしく、月明かりも朝日も分からない。少しめくってみたいけれど、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている息子を起こすことになるかもしれないので、窓に近づくのはやめた。寝室から出る扉の隙間から、ヒロコ様がおられる部屋の灯りがわずかに漏れているだけ。
それでも、目が慣れてくるとなんとなく見えてくる。
見ずともわかる、寝具の肌触り。自分たちが使っているものとは違い、弾力がある敷物の上にかけられた、きめが細かくさらさらと滑らかな布は肌触りが良く、体にかける布は、また違ってフワフワと柔らかく、良く見ると細い糸が輪のようになっている。これは昨晩、風呂に入る時に渡された布と同じようだが、いったいどうやって作ったものなのか。触っていたら、これにくるまって再び寝たい衝動に駆られる。ササラの中の魔物が「ヒロコサンがいいって言ったんだから、寝ちゃえよ」と囁きかけ、ドキッとする。この森には不浄のものは入り込めないはずなのに、自分の中にそれが居るのか?頭を振って、魔物の声を無視するが、ドキドキは消えない。
そうしているうちに、ヒロコ様が出て行かれたので、居心地の良い寝室から出て・・・今度は排泄欲求と闘っている。
昨日、この家の中にあるものの使い方は聞いた。聞いたけれど、正直、ほとんど頭に入ってこなかった。ヒロコ様が話されている言葉は分かるけれど、それぞれの意味が分からない。最後の方は聞いているふりをしたようなものだった。
この、排泄所の『といれ』と言う場所の使い方も聞いた。だけど入り、使う勇気がない。この不思議な建物に来てから、店の中のといれの使い方も聞いていたけれど、排泄はこっそり森に言って済ませていた。
それに、ヒロコ様が入るのもほとんど見たことがない。こんなに綺麗なところで本当に排泄してもいいのだろうか。
気を紛らわせるために、他のやるべきことをやろうとして、今度はすいはんきを前に悩んでしまった。
これも、昨日使い方を聞いた。鍋でご飯を炊く方法を教えてもらった後、この部屋に戻ってきて、今度はすいはんきで炊く方法を教えてもらった。
たぶん、今この中には、ヒロコ様が炊いたご飯が入っているのだと思う。一回炊いてから、出かける前にもう一回炊くとおっしゃっていたのだから。だけど、この蓋を開ける勇気がない。これは本当に今開けていいものだろうか。鍋で炊いた時は、蒸らし時間が必要だと言って、火を止めてからしばらく待っていたのだけど、これは今、どの状態なのだろうか。
それで、分からない事は後回しにして、自分たちの食事の為にご飯を炊くことにした。鍋で炊く方法を教えてもらったのだから、きっと出来るだろうと思い、米を研ぎ、言われた通り水に浸し、待っている間に身支度を整えて(といれ には行っていない。我慢を続けている)、鍋に入れて火をつけた。コンロの使い方も教えてもらっていたので、これは使うことが出来た。
蓋をせずに弱い火で下から熱し、ぶくぶくとしたら蓋をする。ヒロコ様はその場で見ていないで、他の作業をやりながら時々様子を見ていらしたけれど、自分はそんなことは出来ないので、鍋の中をずーっと見ていた。
そして、蓋をしたらさらに火を弱めて『きっちんたいまー』で15分。この『きっちんたいまー』の使い方は、数字の見方と共に教えてもらって、昨日カッタと二人で何度も試したから、ちょっとだけ分かった。一度設定したら、間違ったところを押さない限り、そのまままた使えるらしいので、慎重にボタンを押す。刻々と変わっていく数字をずーっと見て、数字がいっぱい減ってきたら、鍋を半分回して位置を変えるのがコツらしい。ピピピッと鳴ったら、火を止めて、もう一回たいまーを使う。これは、蒸らしというらしい。この時間は火を止めているのでたいまーを見ていなくても平気だけど、うまく出来るか心配で、やっぱりずーっと数字が変わっていくのを見ていた。
ピピピッとなったので、鍋の蓋を開け、しゃもじで混ぜようとしたら、焦がしてしまった事に気づいた。どうしていいか分からず、いったん蓋を閉めて考えている。焦がしたことを素直に言うか、焦げていないところだけを使い、鍋を洗って(焦げはとれるのだろうか?)何事もなかったようにするべきか、はたまたご飯をすべて捨ててしまい知らんぷりを決め込むか。
あぁまた、魔物が出てきてしまった。ご飯を捨てるなんて、いけないことだ。
悩んでいたら、カッタが起きてきて、目をこすりながらといれに入って行った。ジョジョジョと音がした後、ジャーッと水が流れる音がして、カッタが出てきた。
カッタはといれを使った。ササラが使えずに悩んでいたといれに、何の迷いもなく。昨日までは、一緒にこっそり森に行っていたのに。
子どもってすごい。と感心して、ササラも思い切ってといれに入ってドアを閉めた。教えられたとおり、むき出しのお尻で座ると、なんだかしちゃいけないところで、排泄しているような、なんとも言えない気持ちになったけれど、ここは排泄所だと自分に言い聞かせて、結局、生理的欲求に任せて、用を済ませた。こんなに緊張して排泄するのは初めてかもしれない。そのうち慣れるのだろうか。
といれから出ても、まだ問題が残っている。
焦げ付いたご飯をどうすればいいのだろう。思案に暮れているとヒロコ様が入ってきた。
「おはよう。あれ、難しい顔をしてどうしたの?」と、さわやかな笑顔で尋ねられたので、思いきってご飯を焦がしたことを告白した。
すると、信じられないことに、嬉しそうな顔をして
「土鍋で炊いたの!? すごいチャレンジャーね~。で、焦がしたんだ。やったね」と言った。
ちゃれんじゃー?やったね? 人の失敗を笑って喜ぶなんて、ひどいと思う(ちゃれんじゃーってなんだろう?)。
「土鍋で炊くのは難しいのよ~。どれどれ。おぉ、立派なおこげ」と弾んだ声で確認すると
「じゃあ、焦げた場合の対処法を教えるね」と、言ってしゃもじを手に、ぼうるに焦げていないご飯を取り出していった。
「この焦げはこのままにして、出来ればバラバラにしないで、米同士がくっついていられるように押し付けておいて、蓋はせずにこのまま置いておけばいいのよ。あとで理由は分かるから、そんな心配そうな顔をしないで」と微笑んだ。
「で、取り出したご飯は、焦げの匂いがついているかもしれないけれど、昨日教えたようにオムスビにして、えっと、ごま塩足りるかな~。こうやって表面にごま塩をまぶしてね」と、手本を見せてくださったので、真似して作る。ご飯が熱いけれど、ここは頑張らないと。
「わたしはまだパン焼きの途中だから、下に戻るね。全部作ったら降りてきて」
と、すいはんきを持って行ってしまった。
すいはんきのご飯も、炊けていたらしい。もう一回確認の仕方を教えてもらわなくては。
オムスビを全部握り終えたので、それを持って階下の店に行くと、ヒロコ様はすでに二回目のオムスビ作りを終えていた。自分が作ったものより多い数だし、形もきれいな三角形になっている。自分もいつかこんなに早くきれいに作れるようになるのだろうか。なれるように頑張るしかない。
「パン焼きがまだまだ終わらないから、適当にそのごま塩オムスビを食べていてね。あとは籠をお願いね」と、ヒロコ様もオムスビを手に取り、立ったままぱくりと食べた。どうやら食べながら作業するらしい。
「お行儀悪いけれど、ゆっくり食べている時間がないから仕方ないわね~」とふふふと笑った。私も籠作りをしながら食べることにしようか。
今日ヒロコ様が作ったオムスビは、携帯食ではなく、パンのように配るらしく、一つ一つを包まず、皿に乗せたまま籠に入れたいと、昨日言われていたので、皿が丸ごと入る籠を作っておいた。蓋も作った。携帯食用の籠は、いくつあっても足りないので、何もやることがない時には、ひたすら籠を作っている。
レンゲの花は籠の大きさに関わらず一つに付き一輪編み込む。日持ち実験だと言って、昨日作ったオムスビが入った籠を覗くと、作り立てと変わらない見た目だったが、よくそんなことを思いつくなぁと思った。作ったものはすぐ食べるのが普通と思っていたけれど、ヒロコ様の普通はちょっと違うらしい。
「どうしたの?そんな顔して」と、温泉への道を歩いている最中に心配そうに声をかけられた。鍋を焦がしたこと、そして自分の中にいる魔物のことが頭から離れずにいた為に、怖い顔になっていたかもしれない。
正直に、今の気持ちを話す。
「ご飯を焦がしたことは、さっきも言ったように、まったく問題じゃないわ。むしろ、ありがとうって気持ちよ」と、また笑うので、失敗を笑われているようで嫌なのだと、それを嫌だと思う自分も含めて嫌なのだと話した。
「あぁ、それはゴメンね。でも、わたしなんて失敗の連続だし、あの鍋を焦がした回数は数えきれないくらいなんだよね~」と、驚くことを言いさらに
「昨日教えた時の鍋に比べると、土鍋で炊くのは難しいの。でも、焦げただけで他は美味しかったし、あのおこげはね、あとで美味しいものに変身するんだよ?わたしは最近失敗しないから食べられなかったから嬉しくって」と言った。
あの焦げた部分が美味しいものに変身?
「そうね~食べてみないと分からないだろうから、本当はもっと貯めてからやりたいところだけれども、今日作っちゃおうか。ってことは、今日はついでに天ぷらにしようかな~。ここのところ、簡単なものしか作っていないから、たまには手の込んだこともするかな。ね。今日の夕食は天ぷらですよ」と笑った。
考えたら、ヒロコ様はいつも笑っている。私が笑われているのではなく、何かしら笑うことを見つけている人なのかもしれない。
「でもゴメンね。わたしは失敗ばかりだから、もうね、失敗しても笑っちゃうの。他人の失敗でも自分の失敗でも。で、大事なことはね」そこでいったん言葉を止めて、顔を覗き込んできた。
「大事なことは、失敗を次にどう生かすか考える事。失敗したまま終わらせない事。そして、失敗を恐れずに挑戦する事なのよ」と真剣な顔で言われた。
「だから、また土鍋でご飯を炊くのよ。何度でも何度でもね。大丈夫。今日のおこげを食べたら、また食べたくなるし、でも自在には作れないのがまた難しいところなんだけどね。鍋の洗い方も教えるし、気にしない気にしない」
何度も失敗してきたなんて信じられないけれど、落ち込むようなことではないって分かった。美味しいご飯がちゃんと炊けるようになるまで頑張らないと。
そんな話をしていたら、温泉に着いた。昨日よりまたさらに人が増えているようだ。魔物の話はまた今度聞いてもらうことにしよう。
今日もまず浴場主さんに挨拶がてら、パンを持っていく。持っていくと、待ちかねたように、すぐに口に入れて、また大男に一瞬だけ変身する。
「おぉ、これは先日のひじきとやらが入っていたのと同じものですじゃな。やはり、何も入っておらずとも旨いのぉ」とニコニコだ。それを見届けてから外に出ようとしたら
「時にお嬢さんは、ヒロコ殿のところに住まうことになられたのじゃな」と聞いてきたので、そうだと答えると
「それでは、このパン以外にも、いろんな食事をされておられるのだろぉのぉ」と言うので、毎日美味しい物を食べていること、今日はてんぷらなんだと答えてしまった。
「てんぷらか、良いのぉ。てんぷら、てんぷら、てんぷらか・・・」
「てんぷらって何か、ご存知ですか?」
「いや、知らん。知らんけど、何やら美味しそうな感じがする。うらやましいのぉ、ええのぉ」と、パンをもぐもぐと口に入れながら、つぶやいている。申し訳ない気持ちになったので、そっと外に出た。
自慢したみたいになってしまった。ヒロコ様の作る美味しい食事を食べられるのは、今はわたし達母子だけなのに。
パンを配り終えて、浴場主さんが羨ましがっていたことを伝え、うっかり自慢みたいになってしまったと言うと、分かったと言って、帰りの挨拶をされに建物に入って行かれた。
ヒロコ様が起きて部屋から出て行かれてから、自分も起き上がり、すぐさま行動したいところだけれど、朝は一人で静かに作業したいと言われているので、部屋から出ることが出来ない。気にせず寝ていて良いとも言われているけれど、師と仰ぐ人を一人働かせて、いつまでも寝ていられるような性分ではない。
どうしようかと思いながら、寝台に座り、暗い部屋を見渡す。
見たことのないもので囲まれた部屋。窓には厚い布がかけられており、外の光が入らないようになっているらしく、月明かりも朝日も分からない。少しめくってみたいけれど、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている息子を起こすことになるかもしれないので、窓に近づくのはやめた。寝室から出る扉の隙間から、ヒロコ様がおられる部屋の灯りがわずかに漏れているだけ。
それでも、目が慣れてくるとなんとなく見えてくる。
見ずともわかる、寝具の肌触り。自分たちが使っているものとは違い、弾力がある敷物の上にかけられた、きめが細かくさらさらと滑らかな布は肌触りが良く、体にかける布は、また違ってフワフワと柔らかく、良く見ると細い糸が輪のようになっている。これは昨晩、風呂に入る時に渡された布と同じようだが、いったいどうやって作ったものなのか。触っていたら、これにくるまって再び寝たい衝動に駆られる。ササラの中の魔物が「ヒロコサンがいいって言ったんだから、寝ちゃえよ」と囁きかけ、ドキッとする。この森には不浄のものは入り込めないはずなのに、自分の中にそれが居るのか?頭を振って、魔物の声を無視するが、ドキドキは消えない。
そうしているうちに、ヒロコ様が出て行かれたので、居心地の良い寝室から出て・・・今度は排泄欲求と闘っている。
昨日、この家の中にあるものの使い方は聞いた。聞いたけれど、正直、ほとんど頭に入ってこなかった。ヒロコ様が話されている言葉は分かるけれど、それぞれの意味が分からない。最後の方は聞いているふりをしたようなものだった。
この、排泄所の『といれ』と言う場所の使い方も聞いた。だけど入り、使う勇気がない。この不思議な建物に来てから、店の中のといれの使い方も聞いていたけれど、排泄はこっそり森に言って済ませていた。
それに、ヒロコ様が入るのもほとんど見たことがない。こんなに綺麗なところで本当に排泄してもいいのだろうか。
気を紛らわせるために、他のやるべきことをやろうとして、今度はすいはんきを前に悩んでしまった。
これも、昨日使い方を聞いた。鍋でご飯を炊く方法を教えてもらった後、この部屋に戻ってきて、今度はすいはんきで炊く方法を教えてもらった。
たぶん、今この中には、ヒロコ様が炊いたご飯が入っているのだと思う。一回炊いてから、出かける前にもう一回炊くとおっしゃっていたのだから。だけど、この蓋を開ける勇気がない。これは本当に今開けていいものだろうか。鍋で炊いた時は、蒸らし時間が必要だと言って、火を止めてからしばらく待っていたのだけど、これは今、どの状態なのだろうか。
それで、分からない事は後回しにして、自分たちの食事の為にご飯を炊くことにした。鍋で炊く方法を教えてもらったのだから、きっと出来るだろうと思い、米を研ぎ、言われた通り水に浸し、待っている間に身支度を整えて(といれ には行っていない。我慢を続けている)、鍋に入れて火をつけた。コンロの使い方も教えてもらっていたので、これは使うことが出来た。
蓋をせずに弱い火で下から熱し、ぶくぶくとしたら蓋をする。ヒロコ様はその場で見ていないで、他の作業をやりながら時々様子を見ていらしたけれど、自分はそんなことは出来ないので、鍋の中をずーっと見ていた。
そして、蓋をしたらさらに火を弱めて『きっちんたいまー』で15分。この『きっちんたいまー』の使い方は、数字の見方と共に教えてもらって、昨日カッタと二人で何度も試したから、ちょっとだけ分かった。一度設定したら、間違ったところを押さない限り、そのまままた使えるらしいので、慎重にボタンを押す。刻々と変わっていく数字をずーっと見て、数字がいっぱい減ってきたら、鍋を半分回して位置を変えるのがコツらしい。ピピピッと鳴ったら、火を止めて、もう一回たいまーを使う。これは、蒸らしというらしい。この時間は火を止めているのでたいまーを見ていなくても平気だけど、うまく出来るか心配で、やっぱりずーっと数字が変わっていくのを見ていた。
ピピピッとなったので、鍋の蓋を開け、しゃもじで混ぜようとしたら、焦がしてしまった事に気づいた。どうしていいか分からず、いったん蓋を閉めて考えている。焦がしたことを素直に言うか、焦げていないところだけを使い、鍋を洗って(焦げはとれるのだろうか?)何事もなかったようにするべきか、はたまたご飯をすべて捨ててしまい知らんぷりを決め込むか。
あぁまた、魔物が出てきてしまった。ご飯を捨てるなんて、いけないことだ。
悩んでいたら、カッタが起きてきて、目をこすりながらといれに入って行った。ジョジョジョと音がした後、ジャーッと水が流れる音がして、カッタが出てきた。
カッタはといれを使った。ササラが使えずに悩んでいたといれに、何の迷いもなく。昨日までは、一緒にこっそり森に行っていたのに。
子どもってすごい。と感心して、ササラも思い切ってといれに入ってドアを閉めた。教えられたとおり、むき出しのお尻で座ると、なんだかしちゃいけないところで、排泄しているような、なんとも言えない気持ちになったけれど、ここは排泄所だと自分に言い聞かせて、結局、生理的欲求に任せて、用を済ませた。こんなに緊張して排泄するのは初めてかもしれない。そのうち慣れるのだろうか。
といれから出ても、まだ問題が残っている。
焦げ付いたご飯をどうすればいいのだろう。思案に暮れているとヒロコ様が入ってきた。
「おはよう。あれ、難しい顔をしてどうしたの?」と、さわやかな笑顔で尋ねられたので、思いきってご飯を焦がしたことを告白した。
すると、信じられないことに、嬉しそうな顔をして
「土鍋で炊いたの!? すごいチャレンジャーね~。で、焦がしたんだ。やったね」と言った。
ちゃれんじゃー?やったね? 人の失敗を笑って喜ぶなんて、ひどいと思う(ちゃれんじゃーってなんだろう?)。
「土鍋で炊くのは難しいのよ~。どれどれ。おぉ、立派なおこげ」と弾んだ声で確認すると
「じゃあ、焦げた場合の対処法を教えるね」と、言ってしゃもじを手に、ぼうるに焦げていないご飯を取り出していった。
「この焦げはこのままにして、出来ればバラバラにしないで、米同士がくっついていられるように押し付けておいて、蓋はせずにこのまま置いておけばいいのよ。あとで理由は分かるから、そんな心配そうな顔をしないで」と微笑んだ。
「で、取り出したご飯は、焦げの匂いがついているかもしれないけれど、昨日教えたようにオムスビにして、えっと、ごま塩足りるかな~。こうやって表面にごま塩をまぶしてね」と、手本を見せてくださったので、真似して作る。ご飯が熱いけれど、ここは頑張らないと。
「わたしはまだパン焼きの途中だから、下に戻るね。全部作ったら降りてきて」
と、すいはんきを持って行ってしまった。
すいはんきのご飯も、炊けていたらしい。もう一回確認の仕方を教えてもらわなくては。
オムスビを全部握り終えたので、それを持って階下の店に行くと、ヒロコ様はすでに二回目のオムスビ作りを終えていた。自分が作ったものより多い数だし、形もきれいな三角形になっている。自分もいつかこんなに早くきれいに作れるようになるのだろうか。なれるように頑張るしかない。
「パン焼きがまだまだ終わらないから、適当にそのごま塩オムスビを食べていてね。あとは籠をお願いね」と、ヒロコ様もオムスビを手に取り、立ったままぱくりと食べた。どうやら食べながら作業するらしい。
「お行儀悪いけれど、ゆっくり食べている時間がないから仕方ないわね~」とふふふと笑った。私も籠作りをしながら食べることにしようか。
今日ヒロコ様が作ったオムスビは、携帯食ではなく、パンのように配るらしく、一つ一つを包まず、皿に乗せたまま籠に入れたいと、昨日言われていたので、皿が丸ごと入る籠を作っておいた。蓋も作った。携帯食用の籠は、いくつあっても足りないので、何もやることがない時には、ひたすら籠を作っている。
レンゲの花は籠の大きさに関わらず一つに付き一輪編み込む。日持ち実験だと言って、昨日作ったオムスビが入った籠を覗くと、作り立てと変わらない見た目だったが、よくそんなことを思いつくなぁと思った。作ったものはすぐ食べるのが普通と思っていたけれど、ヒロコ様の普通はちょっと違うらしい。
「どうしたの?そんな顔して」と、温泉への道を歩いている最中に心配そうに声をかけられた。鍋を焦がしたこと、そして自分の中にいる魔物のことが頭から離れずにいた為に、怖い顔になっていたかもしれない。
正直に、今の気持ちを話す。
「ご飯を焦がしたことは、さっきも言ったように、まったく問題じゃないわ。むしろ、ありがとうって気持ちよ」と、また笑うので、失敗を笑われているようで嫌なのだと、それを嫌だと思う自分も含めて嫌なのだと話した。
「あぁ、それはゴメンね。でも、わたしなんて失敗の連続だし、あの鍋を焦がした回数は数えきれないくらいなんだよね~」と、驚くことを言いさらに
「昨日教えた時の鍋に比べると、土鍋で炊くのは難しいの。でも、焦げただけで他は美味しかったし、あのおこげはね、あとで美味しいものに変身するんだよ?わたしは最近失敗しないから食べられなかったから嬉しくって」と言った。
あの焦げた部分が美味しいものに変身?
「そうね~食べてみないと分からないだろうから、本当はもっと貯めてからやりたいところだけれども、今日作っちゃおうか。ってことは、今日はついでに天ぷらにしようかな~。ここのところ、簡単なものしか作っていないから、たまには手の込んだこともするかな。ね。今日の夕食は天ぷらですよ」と笑った。
考えたら、ヒロコ様はいつも笑っている。私が笑われているのではなく、何かしら笑うことを見つけている人なのかもしれない。
「でもゴメンね。わたしは失敗ばかりだから、もうね、失敗しても笑っちゃうの。他人の失敗でも自分の失敗でも。で、大事なことはね」そこでいったん言葉を止めて、顔を覗き込んできた。
「大事なことは、失敗を次にどう生かすか考える事。失敗したまま終わらせない事。そして、失敗を恐れずに挑戦する事なのよ」と真剣な顔で言われた。
「だから、また土鍋でご飯を炊くのよ。何度でも何度でもね。大丈夫。今日のおこげを食べたら、また食べたくなるし、でも自在には作れないのがまた難しいところなんだけどね。鍋の洗い方も教えるし、気にしない気にしない」
何度も失敗してきたなんて信じられないけれど、落ち込むようなことではないって分かった。美味しいご飯がちゃんと炊けるようになるまで頑張らないと。
そんな話をしていたら、温泉に着いた。昨日よりまたさらに人が増えているようだ。魔物の話はまた今度聞いてもらうことにしよう。
今日もまず浴場主さんに挨拶がてら、パンを持っていく。持っていくと、待ちかねたように、すぐに口に入れて、また大男に一瞬だけ変身する。
「おぉ、これは先日のひじきとやらが入っていたのと同じものですじゃな。やはり、何も入っておらずとも旨いのぉ」とニコニコだ。それを見届けてから外に出ようとしたら
「時にお嬢さんは、ヒロコ殿のところに住まうことになられたのじゃな」と聞いてきたので、そうだと答えると
「それでは、このパン以外にも、いろんな食事をされておられるのだろぉのぉ」と言うので、毎日美味しい物を食べていること、今日はてんぷらなんだと答えてしまった。
「てんぷらか、良いのぉ。てんぷら、てんぷら、てんぷらか・・・」
「てんぷらって何か、ご存知ですか?」
「いや、知らん。知らんけど、何やら美味しそうな感じがする。うらやましいのぉ、ええのぉ」と、パンをもぐもぐと口に入れながら、つぶやいている。申し訳ない気持ちになったので、そっと外に出た。
自慢したみたいになってしまった。ヒロコ様の作る美味しい食事を食べられるのは、今はわたし達母子だけなのに。
パンを配り終えて、浴場主さんが羨ましがっていたことを伝え、うっかり自慢みたいになってしまったと言うと、分かったと言って、帰りの挨拶をされに建物に入って行かれた。
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