猫を拾おうと思ったら人魚を拾っていました。

SATHUKI HAJIME

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 ピピピピピ、スマートフォンから設定していたアラームが鳴り響き、新井は寝たまま腕を伸ばしてスマートフォンの画面をタップして音を止める。

「シイカ、起きたのかい?」

 隣からそう声をかけられて、伸びをしながら上体を起こすとローテーブルには卵のサンドイッチとマヨネーズの添えられたアスパラ、くし切りにされたトマトが用意してあるのが見えた。

「ふぁ……おはよ」
「うん。おはよ」

 ちゅ、とリップ音をたてて頬にキスを落とされ、新井はポリポリと頬をかきながらハウの方を見るとニコニコと笑っている。

「ご飯できてるよ」
「ああ、ありがとう。アスパラかぁ久しぶりに食べるな」
「レンジでチンでいいから楽なんだよ。だからいつでも用意できるよ」
「へぇ、そうだったのか。じゃこれからたまに出して貰うかな」
「うん。あとシイカ今日は別の会社の人と会うかもって言ってたからカバンの中のぐちゃぐちゃのハンカチ綺麗なのに変えたからね。ずっと同じの入れっぱなしにしちゃダメだよ。雑菌が繁殖するんだから」
「あ、ハイ……スイマセン……」

 朝食を食べ終え、歯を磨いて顔を洗って着替えると、カバンを持って出社の用意をする。

「じゃ、行って来るよ」
「待って忘れ物してるよ」
「え、忘れ物なんて……」

 首をかしげて見ると、ハウが笑顔で手招きをしている。その笑顔を見た新井は少し躊躇したものの、観念したようにハウの隣にしゃがみこんだ。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 そう言いながら当たり前のように頬にキスをされる。今はもう日常となった光景だ。

(止めさせないとって思いながら結局受け入れちゃってる俺も俺だよなー……)

 赤信号で車を止めている最中ぼんやりとそんなことを考える。

(子供だからダメって思ってたけど最近は俺より全然色々やってくれてるし、この前出かけて外国人に話しかけられた時テンパってたときも代わって話してくれたし、割とちゃんとしてるよなアイツ……姉ちゃんはちゃんと成人してるんだからとか言ってたけど、でもやっぱりアイツが人魚の仲間のとこに戻れた時人間のオッサンとイチャイチャしてた過去があったら嫌なんじゃねーかな……)

 プップーと後ろから響く高音で急に思考が打ち切られ、ハッとして前を見ると信号が青色に変わっていた。

「うわ、ごめんなさい!」

 慌ててアクセルを踏み、車を発進させるものの思考はまたすぐにハウのことに戻って来る。

 (そもそもアイツなんで俺のことそんなに好きなんだ……と、イカンイカン。あんまりぼーっとしてると事故るな)

 そう思っても今日は仕事中も昼休みにも、帰宅中にもふと何故ハウがそんなにも自分のことを好きなのかが疑問に浮かんでしまい、ことあるごとにぼんやりと違う世界へ意識が飛んでいた。助手席に投げてあるスマートフォンからピロンと通知音が鳴り「今日のご飯はチキン南蛮にしたよ」とメッセージが表示されている。帰宅するとハウにまたしゃがんでくれとせがまれ、そのまま言う事を聞いて素直におかえりのキスをされる。家に帰れば気持ちも落ち着くかと思っていたが、夕飯を食べていても風呂に入っても歯を磨いていても頭の片隅にずっとハウは何故そんなに自分を好いているのだろうかという疑問が浮かんでいた。

「シイカ、眠れないの?」
「ん、ああ、ちょっと寝付けなくてさ」

 布団のなかでもやもやと考えて何回も寝返りを打っていると、ハウに隣の布団から声をかけられた。ハウは「ふぅん」と相槌を打つと自分の布団から這い出てこちらの布団へともぞもぞ移動してきて、向かい合わせになったと思うと腕を背中へ回して抱きしめてきた。

「人間ってこうするとリラックスできるんだって」
「へぇ……」

 電気を消した部屋の中でもハウの髪の毛がキラキラと輝いて見える。ひんやりとした腕に抱かれているのに何故か身体は熱く、足先に触れているザラザラとした鱗が心地よく思えた。

「……あのさ、お前ってなんで俺のこと好きなの?」

 やっと絞り出した声にハウは目を丸くしている。思ったことがすぐ出てしまう性格だと自負していたのに何故か最近のハウを見ていると言葉が出なくなることが何度かあって、ようやく聞くことができたと思うと今度は緊張して誤魔化すようにペラペラと口が動き出した。

「いや、だって俺人間だし、男だし、お前みたいに綺麗じゃなくて、目つき悪いし身体も貧弱だし、頭も良くなくて……」

 まくし立てていると唇に人差し指がちょん、と押し当てられて言葉を遮られる。

「僕の好きな人の悪口言わないで。僕はシイカの優しいところが好きだよ」
「……」
「そりゃ最初はちょっとからかってたところはあるけどさ」
「からかって……?」
「うん、すぐ赤くなって慌てるから反応が面白くて」
「お前……」
「でもね、ほんとはシイカが猫を助けに飛び込んだの見たときから最初から好きになってもう惹かれてたんだと思う。それで、一緒に過ごしてるうちに思ってるよりもずっと優しくて、素直で、嘘がつけなくて、それでいて危なっかしいとこもあって、僕がそばにいて見守ってたいなって思ったんだよ。だからね」

 ハウは声をひそめると腕に力をいれて新井を抱き寄せて囁くように言った。

「愛してるよ」
「…………」
「あれ、寝ちゃったかな? おやすみ、シイカ」

 ハウの囁きになんと返せばいいか解らなくなった新井は咄嗟に瞼をとじて寝たふりをしてしまった。心臓の音が聞こえて起こしてしまうのではないかと思うほどにうるさく暴れている。

 (何だよそれ。そんなに真っ直ぐ言われたら好きになりそうだ……)
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