10 / 17
10
しおりを挟むピピピッと電子音が鳴って、布団に寝ていた新井は脇から体温計を取り出す。
「38度2分か……」
(やっぱ昨日海に入ったのがなぁ。寒いし頭ガンガンするし、咳痰鼻水めまい……体調不良のバーゲンセールがあったら売れる……)
「悪い、ハウ。朝飯だけど、テーブルに食パン置いてあるからかじっといてくれ。ケトルは使えるよな。インスタントのスープも出してあるから腹減ったらお湯入れて……冷凍庫に冷食あるけど頑張れば出せるか……?」
「いいから寝てなよシイカ。僕なら大丈夫だから。病院ってやつは行かないの?」
「かかりつけが定休日なんだよ……そもそもやってても運転して行ける気がしないけどな」
「……僕のせいでごめんね」
新しく自分用に購入して貰った青緑色の布団に座っていたハウはションボリとそう言いながら隣の布団に寝ている新井の額へ手を置いた。
「冷たくて気持ちいい……じゃなくて気にしてないからさ。あんま近づくなよ、うつるぞ」
「人魚に人間の風邪はうつらないよ。イルカの風邪ならうつるかもしれないけど」
「そうなのか? まあ、お前にうつらないなら良かった」
新井がそう言って目を閉じると、ハウはなんともいえない気持ちになって尻尾で布団を何回か叩きつけた。
(僕のせいで風邪引いたって怒ったっていいのに)
額に自分の手を乗せたまま、もう片方の手にスマートフォンを取ると、人間の風邪の治し方を検索する。新井が以前に使っていたスマートフォンのお下がりで電話回線は契約していないからWiFi環境のあるところじゃないと使えなくて不便かもしれないけどと渡されたがソレはハウにとっては陸や人間のことを調べるのに十分すぎるほど便利だった。新井はハウのことをとても賢いと言って褒めてくれていたが、ハウにとっては操作を覚えることよりも画面のタップの方が難しい。時間をかけて一文字ずつ、か ぜ な お し か た とたぷたぷと入力するとやっと検索ボタンを押せる。
(睡眠と栄養と水分、あとは汗をかいて冷えないようにってところみたいだね。食べ物は煮物やお粥やうどんかぁ)
栄養、といっても自分で食品を調達しにいくことは出来ないので、家のなかにあるものでなんとかするしかない。時間をかけてスマートフォンに文字を入力している間に寝息をたてはじめた新井のことを起こさないように気をつけながら、ハウは冷蔵庫の前まで這いずって下の冷凍室の引き出しを開き中を見ると冷凍の餃子が一袋だけ寂しそうに鎮座している。手を伸ばして上の冷蔵室を開けると、下の方に入っているものにギリギリ手が届くかどうかといったところだ。ふと思いついて下の冷凍室をもう一度引き出すと、なんとか縁に登ってバランスを取りながら冷蔵室を眺める。
(えーと、ちっちゃい牛乳とハムとチーズ、あとはシュークリーム……)
それしか入っていない冷蔵庫は可哀想なぐらいにスカスカで、ハウは肩をすくめるとシュークリームを取り出すと床へと戻った。
(普段から栄養とらないと人間は風邪ひきやすくなるし、寿命も短くなるって書いてたけど、シイカもあんまり栄養はとってなさそうだよね)
思い返せばドラマ等で見るような一汁三菜の用意されている家庭的な食事はこの家に来てから食べたことが無い。あの食卓はフィクションの誇張表現かと思っていたが、風邪のときの食べ物として出てくるラインナップから考えると、新井が特段食事に興味がないか、もしくは作ることができないかのどちらかのようだ。ハウは新井の近くへと這いずって戻り、薄い隈の浮かんでいる顔を見る。
(ご飯くらい用意できるかなって思ったけど、何も出来なさそうだよ。ごめんね)
起こさないように心の中で謝っていると、新井の口から苦しそうな低い声が漏れ出した。
「んぅ、う゛ー、んんん……」
どうやら熱でうなされているようだ。ハウは這いずって脱衣所まで行くと風呂場で濡らしたタオルを持って戻って来る。人間が高熱のときはとにかく脳の近くを冷やすらしいことは知っている。そっと濡れたタオルを額へと置いてみるものの苦しそうな声は収まらない。
(あ、もしかしてこの濡らしたタオルを冷蔵庫に入れたらもっと冷たいやつができてシイカも楽になるかも)
そう思ったハウが再びタオルに手を触れると新井の左腕が伸びてきてガシッと力強く掴まれた。
「わ、シイカ? 起こしちゃった?」
そう問いかけるものの返事はなく、そのまま腕を引っ張られ、新井の頬へと導かれる。
「……気持ちいい」
新井は一瞬だけ眠そうな目を開いて、それだけ呟くとまたゆっくりと瞼を下ろして静かに寝息をすー……とたてはじめた。そんな顔を見下ろしながらハウは新井に添えてない方の左腕で自分の胸元を掴む。
(なにこれ、なんか、なんか昨日よりも……苦しいし、痛い……)
「ふぁ…………あっ、やべ今何時!」
目覚めてからしばらくぼんやりとしていた新井だったが、焦って上体を起こすと頭からなにかがぽすっと音をたてて布団へ落ちてきた。
「なんだこりゃ……濡れタオル?」
ふと横を見るとハウが布団にも入らず自分の横に寝そべっている。状況からしてハウがこれを自分の額に乗せてくれたようだ。
「心配してくれたんだな」
嬉しくなってハウの金色の髪を撫でると「ん」と小さく声がしてハウの目が開く。
「シイカ、起きたの? 風邪は?」
「あぁ。頭が……おかげでだいぶ良くなったよ」
(ほんとはちょっとまだ頭ガンガンしてるけど……)
濡れタオルをとって微笑んでみせるとハウはホッとした顔で笑った。
「良かったぁ。あ、僕シュークリーム出したんだった」
「へぇ。冷蔵庫に手が届いたのか? 食べたかったんだな。悪い、出しておけばよかった」
「ちがうよ。シイカに食べて貰おうと思ったんだよ。人間って食べないと風邪ひきやすくなっちゃうんでしょ?」
「おお、いつもは俺に分けるとかいう発想ないのに……! ありがとな。熱下がったらもっと良いおやつ買ってやるよ」
もう一度新井がハウのことを撫でると、ハウは視線を逸らして俯いた。
「おやつって、僕そんなに子供じゃないんだけど」
「じゃ、何がいいんだ?」
「…………き、」
「き?」
「決めたら言うよ……」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま


学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる