猫を拾おうと思ったら人魚を拾っていました。

SATHUKI HAJIME

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 ピピピッと電子音が鳴って、布団に寝ていた新井は脇から体温計を取り出す。

「38度2分か……」

(やっぱ昨日海に入ったのがなぁ。寒いし頭ガンガンするし、咳痰鼻水めまい……体調不良のバーゲンセールがあったら売れる……)

「悪い、ハウ。朝飯だけど、テーブルに食パン置いてあるからかじっといてくれ。ケトルは使えるよな。インスタントのスープも出してあるから腹減ったらお湯入れて……冷凍庫に冷食あるけど頑張れば出せるか……?」
「いいから寝てなよシイカ。僕なら大丈夫だから。病院ってやつは行かないの?」
「かかりつけが定休日なんだよ……そもそもやってても運転して行ける気がしないけどな」
「……僕のせいでごめんね」

 新しく自分用に購入して貰った青緑色の布団に座っていたハウはションボリとそう言いながら隣の布団に寝ている新井の額へ手を置いた。

「冷たくて気持ちいい……じゃなくて気にしてないからさ。あんま近づくなよ、うつるぞ」
「人魚に人間の風邪はうつらないよ。イルカの風邪ならうつるかもしれないけど」
「そうなのか? まあ、お前にうつらないなら良かった」

 新井がそう言って目を閉じると、ハウはなんともいえない気持ちになって尻尾で布団を何回か叩きつけた。

 (僕のせいで風邪引いたって怒ったっていいのに)

 額に自分の手を乗せたまま、もう片方の手にスマートフォンを取ると、人間の風邪の治し方を検索する。新井が以前に使っていたスマートフォンのお下がりで電話回線は契約していないからWiFi環境のあるところじゃないと使えなくて不便かもしれないけどと渡されたがソレはハウにとっては陸や人間のことを調べるのに十分すぎるほど便利だった。新井はハウのことをとても賢いと言って褒めてくれていたが、ハウにとっては操作を覚えることよりも画面のタップの方が難しい。時間をかけて一文字ずつ、か ぜ な お し  か た とたぷたぷと入力するとやっと検索ボタンを押せる。
 
(睡眠と栄養と水分、あとは汗をかいて冷えないようにってところみたいだね。食べ物は煮物やお粥やうどんかぁ)

 栄養、といっても自分で食品を調達しにいくことは出来ないので、家のなかにあるものでなんとかするしかない。時間をかけてスマートフォンに文字を入力している間に寝息をたてはじめた新井のことを起こさないように気をつけながら、ハウは冷蔵庫の前まで這いずって下の冷凍室の引き出しを開き中を見ると冷凍の餃子が一袋だけ寂しそうに鎮座している。手を伸ばして上の冷蔵室を開けると、下の方に入っているものにギリギリ手が届くかどうかといったところだ。ふと思いついて下の冷凍室をもう一度引き出すと、なんとか縁に登ってバランスを取りながら冷蔵室を眺める。

 (えーと、ちっちゃい牛乳とハムとチーズ、あとはシュークリーム……)

 それしか入っていない冷蔵庫は可哀想なぐらいにスカスカで、ハウは肩をすくめるとシュークリームを取り出すと床へと戻った。

(普段から栄養とらないと人間は風邪ひきやすくなるし、寿命も短くなるって書いてたけど、シイカもあんまり栄養はとってなさそうだよね)

 思い返せばドラマ等で見るような一汁三菜の用意されている家庭的な食事はこの家に来てから食べたことが無い。あの食卓はフィクションの誇張表現かと思っていたが、風邪のときの食べ物として出てくるラインナップから考えると、新井が特段食事に興味がないか、もしくは作ることができないかのどちらかのようだ。ハウは新井の近くへと這いずって戻り、薄い隈の浮かんでいる顔を見る。

(ご飯くらい用意できるかなって思ったけど、何も出来なさそうだよ。ごめんね)

 起こさないように心の中で謝っていると、新井の口から苦しそうな低い声が漏れ出した。

「んぅ、う゛ー、んんん……」

 どうやら熱でうなされているようだ。ハウは這いずって脱衣所まで行くと風呂場で濡らしたタオルを持って戻って来る。人間が高熱のときはとにかく脳の近くを冷やすらしいことは知っている。そっと濡れたタオルを額へと置いてみるものの苦しそうな声は収まらない。

(あ、もしかしてこの濡らしたタオルを冷蔵庫に入れたらもっと冷たいやつができてシイカも楽になるかも)

 そう思ったハウが再びタオルに手を触れると新井の左腕が伸びてきてガシッと力強く掴まれた。

「わ、シイカ? 起こしちゃった?」

 そう問いかけるものの返事はなく、そのまま腕を引っ張られ、新井の頬へと導かれる。

「……気持ちいい」

 新井は一瞬だけ眠そうな目を開いて、それだけ呟くとまたゆっくりと瞼を下ろして静かに寝息をすー……とたてはじめた。そんな顔を見下ろしながらハウは新井に添えてない方の左腕で自分の胸元を掴む。

 (なにこれ、なんか、なんか昨日よりも……苦しいし、痛い……)



「ふぁ…………あっ、やべ今何時!」

 目覚めてからしばらくぼんやりとしていた新井だったが、焦って上体を起こすと頭からなにかがぽすっと音をたてて布団へ落ちてきた。

「なんだこりゃ……濡れタオル?」

 ふと横を見るとハウが布団にも入らず自分の横に寝そべっている。状況からしてハウがこれを自分の額に乗せてくれたようだ。

「心配してくれたんだな」

 嬉しくなってハウの金色の髪を撫でると「ん」と小さく声がしてハウの目が開く。

「シイカ、起きたの? 風邪は?」
「あぁ。頭が……おかげでだいぶ良くなったよ」
 (ほんとはちょっとまだ頭ガンガンしてるけど……)

 濡れタオルをとって微笑んでみせるとハウはホッとした顔で笑った。

「良かったぁ。あ、僕シュークリーム出したんだった」
「へぇ。冷蔵庫に手が届いたのか? 食べたかったんだな。悪い、出しておけばよかった」
「ちがうよ。シイカに食べて貰おうと思ったんだよ。人間って食べないと風邪ひきやすくなっちゃうんでしょ?」
「おお、いつもは俺に分けるとかいう発想ないのに……! ありがとな。熱下がったらもっと良いおやつ買ってやるよ」

 もう一度新井がハウのことを撫でると、ハウは視線を逸らして俯いた。

「おやつって、僕そんなに子供じゃないんだけど」
「じゃ、何がいいんだ?」
「…………き、」
「き?」
「決めたら言うよ……」

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