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「じゃあ、行くけど、ちゃんと約束守れよ?」
「うん。テレビを見る時は休憩しながら。大変なことがあったら電話する。うるさくしない。カーテン開けたいなら服を着て、尻尾も隠す」
「よし。あと万が一に泥棒とか危険なやつが入ってきたら叫べよ。人魚がいるってバレても死ぬよりはマシだ」
「そうそう入ってこないんじゃないかな。日本って割と治安が良い国だって聞いてるよ」
「それが最近は不況のせいか昔より良くないんだよなぁ。襲われたとか騙されたとかもよく聞くし、気をつけろよ」
「わかったよ、ところでこんなに喋ってると遅刻するんじゃないかい?」
「あっ、やべ。じゃあ行ってくる。昼メシはテーブルの上に置いてるから!」
「うん。いってらっしゃい」
ガチャリ。と鍵が閉まる音がして、車の音が遠ざかっていく。昨夜は仕事、というものの仕組みを説明してもらったがとにかくソレに行かないとご飯は食べられないし家にも住めないらしい。
「人間は大変だね」
そう言いながら『3時のおやつ』と付箋の貼ってあるシュークリームの袋を開けるとひと口で頬張る。
「わっ、なんか中身が出てきちゃった……ん、美味しい!」
舌の上でカスタードクリームが舌の上でひんやりとろりとして気持ちいい。バニラの香りが鼻に抜けるのに気がついて何回か深呼吸してから新井がローテーブルの近くに移動させていったゴミ箱にシュークリームの袋を捨てる前に緑色の付箋を剥がして粘着面を指に貼り付けて遊んでみる。
(別に最初に食べてもバレないよね。シイカって勘も鈍そうだし)
そう思いながら新井が出かける前に言っていた襲われたとか、騙されたとかもよく聞くし、気をつけろという言葉を思い出す。
「シイカのほうが気をつけるべきだよね。お人好しだもん」
そう言いながらハウは自分の尾ヒレを撫でつけていた。
ハウをひとりで家においても意外となんの問題もなく生活しているようで新井はホッとして過ごしていた。未だに箸やフォークといった手先を使うものは苦手のようだが頭はかなり良いようで、以前使っていたスマートフォンを渡して使い方を説明するとすんなりと操作を覚えて使っていた。文字も全部が読めるわけではないが平仮名なら全て解るらしく、ふりがなのアプリをインストールしてやってからしばらくするとメッセージアプリに簡単な文章を打ち込めるようにまでなっていたので驚いた。たまに仕事場で無事かを確認するメッセージを送ると『てれびみてた』と報告してくれるし、むこうから『そとでトリないてる』等ととりわけもないメッセージが来ることもある。用意しておいたご飯やおやつは帰ってきてからおいしかったと言ってくるが一度『むらさきのクッキーすごくおいしかった』とのメッセージが来たのでそんなに感銘を受けたのかと面白くなって『よかったな。またカシスクッキー見かけたら買うよ』と親指を立てたGOODマークの絵文字を返した日以来、絵文字を出せるということに気づいたらしくハウからのメッセージにはやたらとハートの絵文字がついてくるようになった。休みになれば近場へ買い物へ行き、服や生活雑貨等を揃える。仕事の日は昼食にパンやおにぎりやお弁当を置いていくといった日々を過ごしていた幾度目かの休日、新井はカレンダーをめくって11月と大きく書かれたページを顎に手を当てながら見つめていた。
「うーん、今年は実家帰らないからいつも年末にくっつけてる有給別のところで使うかな……よし、ハウ!」
「なんだい?」
ハウは新井の呼びかけに返事をするものの視線はテレビに釘付けのままだ。画面の中では都会で最近つくられたアート水族館を楽しむ女の子達の様子が特集されている。
「来週とか長めに休みとるからさ、遠出しないか?」
「遠出?」
「近くのスーパーとかコンビニじゃなくてもっと遠いとこに遊びに行こうぜ、てこと」
そう言いながら、新しく購入して置いてある2台目の薄緑色の座椅子に座ると、布団に寝転んでいたハウは画面から目を離して腕を伸ばして勢いよく腰に抱きついてきた。
「うわっ!!」
「ほんとに!?」
見上げてきた深緑色の瞳の中に部屋の蛍光灯が反射して丸い輪っかが浮かんでいる。
「うっ、眩しい……」
「? 人魚は発光しないよ」
「物の例えっていうか……。まあ、気にするな」
ごほん、と咳払いをして仕切り直すとまた話を続ける。
「折角陸に来たんだからお前も色々見たいだろ。こっちいる間に行きたいとこ出来るだけ行こうぜ」
「やったぁ、ありがとうシイカ! 大好き!」
ちゅ、と小さなリップ音をたてて、ハウは新井の頬に唇を当てる。驚いて数秒固まってから頬に手を当ててハウを見ると悪びれもせずにニコニコとしている。
「……キス禁止って言ったよな」
「唇にはしてないよ?」
「ほっぺたにも禁止なの!」
「でも人間は挨拶でほっぺにキスすることあるでしょ。本でもしてたよ」
「それは外国とかの話であって、我が家は日本だから禁止!」
「絶対だめ?」
「絶対だめ!」
ハウは何か言いたげな様子だったが諦めたらしく「はーい」と返事をすると腰に抱きついたまま話をはじめる。
「ねぇ、遠出ってどこ行くの?」
「そうだな。どこか行きたいとこあるか?」
「うーん、水族館がいいな」
「ああ、水族館……水族館??」
「どうかしたの?」
「いや、海から出てきたのに水族館って楽しいのか?」
「人間だって動物園ってとこに陸の動物集めて見てるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
「魚が見たいっていうか、イルカと会いたいんだけどね。色々お話したいからさ」
「お話って……イルカと?」
「うん、人魚はイルカと喋れるんだよ」
「へぇー、なんかロマンチックだな。人魚とイルカが喋るなんておとぎ話みたいだ」
ハウとイルカが海の中で泳ぐのを想像してみる。きっと美しい珊瑚礁を見に行ったり、歌を歌ったりするのだろうと思うと胸がときめくようだ。
「海の中にいた時は一緒に岩場からカニとかほじくり出したり、小さい魚を追い込んで食べたりしたなぁ。あと船に乗ってる人間を脅かして落っことしたりとかさアハハ。あれ、急に変な顔してどうしたの?お腹痛い?」
「……いや。そうだな、野生だもんな……。でも水族館のイルカって海のこととかあんまり詳しくなさそうだけど、話に行きたいのか?」
「あぁ、僕は人間の話が聞きたいんだよ。僕よりきっと詳しいもん」
「ふーん。イルカから見た人間の印象ってことか?」
「うん。この前シイカ危ないやつもいるって言ってたし、どうやったら僕でも仕留められそうかとかね」
「…………」
「うん。テレビを見る時は休憩しながら。大変なことがあったら電話する。うるさくしない。カーテン開けたいなら服を着て、尻尾も隠す」
「よし。あと万が一に泥棒とか危険なやつが入ってきたら叫べよ。人魚がいるってバレても死ぬよりはマシだ」
「そうそう入ってこないんじゃないかな。日本って割と治安が良い国だって聞いてるよ」
「それが最近は不況のせいか昔より良くないんだよなぁ。襲われたとか騙されたとかもよく聞くし、気をつけろよ」
「わかったよ、ところでこんなに喋ってると遅刻するんじゃないかい?」
「あっ、やべ。じゃあ行ってくる。昼メシはテーブルの上に置いてるから!」
「うん。いってらっしゃい」
ガチャリ。と鍵が閉まる音がして、車の音が遠ざかっていく。昨夜は仕事、というものの仕組みを説明してもらったがとにかくソレに行かないとご飯は食べられないし家にも住めないらしい。
「人間は大変だね」
そう言いながら『3時のおやつ』と付箋の貼ってあるシュークリームの袋を開けるとひと口で頬張る。
「わっ、なんか中身が出てきちゃった……ん、美味しい!」
舌の上でカスタードクリームが舌の上でひんやりとろりとして気持ちいい。バニラの香りが鼻に抜けるのに気がついて何回か深呼吸してから新井がローテーブルの近くに移動させていったゴミ箱にシュークリームの袋を捨てる前に緑色の付箋を剥がして粘着面を指に貼り付けて遊んでみる。
(別に最初に食べてもバレないよね。シイカって勘も鈍そうだし)
そう思いながら新井が出かける前に言っていた襲われたとか、騙されたとかもよく聞くし、気をつけろという言葉を思い出す。
「シイカのほうが気をつけるべきだよね。お人好しだもん」
そう言いながらハウは自分の尾ヒレを撫でつけていた。
ハウをひとりで家においても意外となんの問題もなく生活しているようで新井はホッとして過ごしていた。未だに箸やフォークといった手先を使うものは苦手のようだが頭はかなり良いようで、以前使っていたスマートフォンを渡して使い方を説明するとすんなりと操作を覚えて使っていた。文字も全部が読めるわけではないが平仮名なら全て解るらしく、ふりがなのアプリをインストールしてやってからしばらくするとメッセージアプリに簡単な文章を打ち込めるようにまでなっていたので驚いた。たまに仕事場で無事かを確認するメッセージを送ると『てれびみてた』と報告してくれるし、むこうから『そとでトリないてる』等ととりわけもないメッセージが来ることもある。用意しておいたご飯やおやつは帰ってきてからおいしかったと言ってくるが一度『むらさきのクッキーすごくおいしかった』とのメッセージが来たのでそんなに感銘を受けたのかと面白くなって『よかったな。またカシスクッキー見かけたら買うよ』と親指を立てたGOODマークの絵文字を返した日以来、絵文字を出せるということに気づいたらしくハウからのメッセージにはやたらとハートの絵文字がついてくるようになった。休みになれば近場へ買い物へ行き、服や生活雑貨等を揃える。仕事の日は昼食にパンやおにぎりやお弁当を置いていくといった日々を過ごしていた幾度目かの休日、新井はカレンダーをめくって11月と大きく書かれたページを顎に手を当てながら見つめていた。
「うーん、今年は実家帰らないからいつも年末にくっつけてる有給別のところで使うかな……よし、ハウ!」
「なんだい?」
ハウは新井の呼びかけに返事をするものの視線はテレビに釘付けのままだ。画面の中では都会で最近つくられたアート水族館を楽しむ女の子達の様子が特集されている。
「来週とか長めに休みとるからさ、遠出しないか?」
「遠出?」
「近くのスーパーとかコンビニじゃなくてもっと遠いとこに遊びに行こうぜ、てこと」
そう言いながら、新しく購入して置いてある2台目の薄緑色の座椅子に座ると、布団に寝転んでいたハウは画面から目を離して腕を伸ばして勢いよく腰に抱きついてきた。
「うわっ!!」
「ほんとに!?」
見上げてきた深緑色の瞳の中に部屋の蛍光灯が反射して丸い輪っかが浮かんでいる。
「うっ、眩しい……」
「? 人魚は発光しないよ」
「物の例えっていうか……。まあ、気にするな」
ごほん、と咳払いをして仕切り直すとまた話を続ける。
「折角陸に来たんだからお前も色々見たいだろ。こっちいる間に行きたいとこ出来るだけ行こうぜ」
「やったぁ、ありがとうシイカ! 大好き!」
ちゅ、と小さなリップ音をたてて、ハウは新井の頬に唇を当てる。驚いて数秒固まってから頬に手を当ててハウを見ると悪びれもせずにニコニコとしている。
「……キス禁止って言ったよな」
「唇にはしてないよ?」
「ほっぺたにも禁止なの!」
「でも人間は挨拶でほっぺにキスすることあるでしょ。本でもしてたよ」
「それは外国とかの話であって、我が家は日本だから禁止!」
「絶対だめ?」
「絶対だめ!」
ハウは何か言いたげな様子だったが諦めたらしく「はーい」と返事をすると腰に抱きついたまま話をはじめる。
「ねぇ、遠出ってどこ行くの?」
「そうだな。どこか行きたいとこあるか?」
「うーん、水族館がいいな」
「ああ、水族館……水族館??」
「どうかしたの?」
「いや、海から出てきたのに水族館って楽しいのか?」
「人間だって動物園ってとこに陸の動物集めて見てるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
「魚が見たいっていうか、イルカと会いたいんだけどね。色々お話したいからさ」
「お話って……イルカと?」
「うん、人魚はイルカと喋れるんだよ」
「へぇー、なんかロマンチックだな。人魚とイルカが喋るなんておとぎ話みたいだ」
ハウとイルカが海の中で泳ぐのを想像してみる。きっと美しい珊瑚礁を見に行ったり、歌を歌ったりするのだろうと思うと胸がときめくようだ。
「海の中にいた時は一緒に岩場からカニとかほじくり出したり、小さい魚を追い込んで食べたりしたなぁ。あと船に乗ってる人間を脅かして落っことしたりとかさアハハ。あれ、急に変な顔してどうしたの?お腹痛い?」
「……いや。そうだな、野生だもんな……。でも水族館のイルカって海のこととかあんまり詳しくなさそうだけど、話に行きたいのか?」
「あぁ、僕は人間の話が聞きたいんだよ。僕よりきっと詳しいもん」
「ふーん。イルカから見た人間の印象ってことか?」
「うん。この前シイカ危ないやつもいるって言ってたし、どうやったら僕でも仕留められそうかとかね」
「…………」
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