猫を拾おうと思ったら人魚を拾っていました。

SATHUKI HAJIME

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「起きてよシイカ。今日は布団買いに行くんでしょ?」
「んうう……まだ6時じゃないか。もう少し寝かせてくれ……」
「僕お腹すいたよ」
「冷蔵庫の上に食パンあるだろ……取って……取れないか……」

よいしょ、とだるそうな掛け声と共に新井は起き上がるとふらふらと残り2枚の6枚切り食パンをローテーブルへ置き、冷蔵庫を開けた。

「卵……は無いな。野菜もなんもないし……ハムとマヨ挟んだパンとインスタントの卵スープだな。飲みもんも何もないから水だ」

ふぁ、と欠伸をしながらケトルに水を入れているとハウが話しかけてくる。

「布団買いに行くの僕も行きたい」
「あー……解った。けどあのブランケットじゃ暑いんだよな? ついでだし、薄いやつも買うかぁ」

二度寝をしようと考えていた新井だったが、朝食を用意しているとすっかり目覚めてしまった。食パンを2枚使ったサンドイッチをハウの前に出して卵スープを2つ用意すると自分も席というか床について卵スープを啜る。

「シイカはパン食べないの?」
「お前に出した分しかないんだよ」
「そうだったんだ。じゃあ、はい」

食パンを両手で掴んでひと口で半分を食べたハウは歯形のついた断面を差し出してくる。そのまま口元にパンのカスをつけた顔でニッコリと微笑んだのを見て、新井は買い物に出るまで何か食べるのは我慢しようと決めた。

「いいよ。元々朝はそんなに食べないからお前が食べな」
「ほんとにいいの?」
「ホントにいいよ」
「ほんとのほんと? お腹すいても僕のこと食べない?」
「食わねえよ!」
「アハ、冗談だよ」



 新井はハウの乗った車椅子を押しながら大型の家具屋を歩いていく。店に来るまでの道中、ホットスナックを買いにコンビニに寄った際、自分も行きたいと暴れていたハウだったが一瞬だからと置いていかれて拗ねていたのだがアメリカンドッグを食べると機嫌は少し直ったようで、家具屋を見渡している今はむしろご機嫌だ。

「うわー、大きいね。すごく明るいし」
「インテリア置いてるとこって確かに何でこんな明るいんだろうな。あ、タオル。お前用に新しいの買うか。車にも積んでおきたいし。どの柄が良い?」
「じゃあこの魚模様のやつにしようかな」
「……もしかして仲間が恋しくなったのか?」
「美味しそうな柄だからだよ。仲間っていうか主食って感じかな」
「人間がおにぎり柄とか買う感覚……?」
 
その後も店を見て回った二人は目当ての布団売り場に行く前に何の用もない照明や家電のコーナーを見て回り、一度選んだタオルの会計をして袋につめると、疲れきって店内に設置してある休憩スペースに立ち寄っていた。シンプルな白い椅子と丸テーブルがいくつか置いてあるうちのひとつを陣取ると新井はローテーブルに突っ伏して顔だけを上げる。

「あー、疲れた。何でこういう店って何の用もないとこ見ちゃうんだろうなぁ」
「僕は色んなとこ見られて楽しいよ」
「それなら良かったけどさ、なんか必要なものとか欲しいものとかあったか? あ、服もお前サイズのシャツ何着か欲しいな」
「えっとね、先にブランケット……だっけ? 見たいな。これはフワフワで気持ちいいけど、他のも試してみたいんだ。あっちにあるみたいだよ」

天井から吊り下がっている売り場の案内表示を指差すために高めに掲げられたハウの手を新井は掴むとゆっくりとテーブルへ降ろしていく。

「はーい、指ささなーい」

ハウがキョトンとした顔でテーブルの上で自分に重ねられた新井の手を見つめていると、喉からキュルルルルッと甲高く大きい音が響いた。休憩スペースにいる客達が何事かとざわつきはじめ、マズいと思った新井はすぐに立ち上がって、車椅子を押すと、逃げるようにその場を後にする。

「びびったー! お前外なのに何であんなデカい音出すんだよ。甘えてもいいけど家だけにしろよな」
「だって、なんか勝手に出ちゃったんだよ!」

本人にも不測の事態だったらしく、若干顔を赤らめて強めの語気で言い返してくる。膝の上に置いている手はもぞもぞと組まれたり指を引っ張ってみたりと落ち着かない様子だ。

(恥ずかしいみたいだな……外で先生をお母さんって言っちゃったみたいな感じか? よくわかんないけど)

恥ずかしいならそれ以上追求しておくのはやめておこうと、新井はまたブラブラと散策をはじめた。



「よかったな。車椅子用のブランケットがあって。すごいなー、世の中色々あるもんだ」

その後売り場を巡っているとちょうど車椅子で使えるチャック付きのブランケットを発見した。抑えなくてもずり落ちないし、履くのは簡単だし、防水加工だということで新井はいたく感心していた。

「人間も人間の世界にある物を全部知ってる訳じゃないんだね」
「まー、特に俺なんか大人になってからは出かけたりとかあんまりしてないし人より物知らないかもな。良くないとは思ってんだけど」
「なんで出かけないの? こんなに楽しいのに。僕だったら毎日外に出たいよ」
「特に出かけるような趣味とかもないしなぁ。小さいときは周りが海ばっかのとこに住んでたから結構海には行ったけど……」
「今も行ったらいいんじゃない? 僕は陸のほうが好きだけど、潮風も結構気持ちいいよ」
「うーん。まあ行こうと思えば行けなくはないけど、今は仕事してるからわざわざ時間取ろうって気分にも……」
「どうしたの?」
「そういや明日から平日だから仕事なんだった……」

新井は自分の方を向いて見上げてきたハウを見つめて頭を抱える。海からでてきたばかりの人魚を1人、いや1匹で家に置いておくのは少し不安がある。

「明日からお前ひとりで留守番できそうか?俺朝7時に出て帰って来るの18時とかだから結構長いぞ」
「家にいたら良いだけでしょ? 任せてよ。あ、でもお風呂場じゃなくてテレビの見られる部屋に出していってほしいな」
「目が悪くなるからたまには休憩するんだぞ。あと何かあったら電話……あ、機種変前のスマホ置いたまんまだから使い方教えるか。WiFiないとネット繋がんないけど……家にはあるけど、万が一外ではぐれることもあるかもしれないよな。携帯できるWiFiの期間限定のやつとか契約したほうが良いな。昼飯も作っていかないと。レンジをテーブルに移動させとけとば、お前でも届くし使えるか……? ケトルにも水入れとけばカップラーメンくらいは作れるかな。いや、でも火傷とかするかもしれないし人魚って怪我とか病気したらどこに行けばいいんだ。人間の薬と同じものを飲ませていいのか? それとも動物病院……?」

ブツブツと考え込んでしまった新井にハウが「おーい」と呼びかけてみるが反応はなく、肩を竦めると前に向きなおる。

(でも、こんなに心配してくれるってことは僕のこと結構好いてくれてるんだよね?)

右手で自分の下唇をなぞるように触ると、左手でブランケット越しに自分の尾ヒレの形を確かめるように撫でつけた。

(早く欲しいな……足)
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