妖化を狩る公務員

立根 柊

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第1章 小鳥遊蛍子の初業務

第4話 UMA

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「待ってくださいよー」
「遅いぞ新人」
「蛍子ちゃんがんばってー」

 深夜0時少し前。
 私たち3人は情報提供者に会うために山道を進んでいた。
 3人というのは、私と舞さんと有村さんだ。
 流石に大勢の職員でゾロゾロと行くわけにもいかず我々3人が代表となったわけだ。
 では、そんな選ばれし者はどのようにして決まったのか?
 今回の面会には文士が必須らしいのだが、都合の良いことに舞さんは情報提供者と顔見知りということで決定となった。
 そして有村さんは護衛として同行している。
 こんな時間のこんな場所では妖化以外でもヤバいものが出かねない、そこで今回唯一の狩り人である有村さんが決定である。
 そして3人目に私が選出された理由だが、十六夜の運搬である………予定外に妖化に遭遇してしまった場合に備えて十六夜を運搬しているのだ。

 妖化との戦闘は狩場かりば暗幕あんまくの中で行うのが決まりだが、不意に遭遇した場合は奏射そうしゃを配置することが出来ないため例外的にそのまま戦闘に突入する……役所だってその位の柔軟性はあるのだ……しかし、そんな時でも使用許可書へのサインは必須なのだ、それがである。

 ゆえに、今回の派遣で十六夜の管理を任されている私が、こんな深夜の山道を歩いているのである。

 しかし、それだけが理由なのだろうか?
 舞さんの口振りからは情報提供者に私を合わせたいという意図を感じるのだ。

 まあ、理由はどうあれ選ばれたからには行かねばならない。
 しかしながらどうだろう、この山道の凄いことといったら。
 私たちが歩いている道は、道は道でも獣道……かどうかも怪しい道なのだ。さっきから木の枝がビシバシぶつかってくる。

「何で舞さんは、その服で枝に引っかからないんですかーーー?」
「闇狩りに1年いるとこうなれるんだよー」
「えーーー」

 思わず叫んだ疑問に舞さんがとんでもない返答をしてきた。1年いたって絶対にそうはならないだろうと私は思う。

 そもそも私は今回の情報提供者との面会には1つ腑に落ちない所があるのだ。
 本来、提供者から話を聞くのは諜報活動が業務の鷹の目の役割であり、私たちは鷹の目から話を聞けばいいはずである。
 では、こんな思いをしてまで会いに行く必要はなんなのか?

1.面会には文士が必須
2.情報提供者は舞さんの知り合い
3.舞さんは情報提供者に私を合わせたがっている(?)
4.情報提供者はなぜか闇狩りの存在を知っている

 これらの情報を組み合わせることで私が導き出した答えは………

 

 である。

 東京と岩手の遠距離恋愛。
 闇狩りと民間人の禁断の恋。
 文士が必須というのは舞さんが行くための口実だろう。
 そして舞さんは、信頼する可愛い後輩の私に、その恋人を紹介しようというのだ。
 
 闇狩りにおいて、民間人との恋愛は御法度だ。こんな事が上層部、取り分け秘密議会などにバレたら大変な事になる。
 それにも関わらず派遣職員全員が何も言わずに私たちを送り出してくれた事に私は涙ぐんでしまった。

「それにしても………」

 私は先を行く2人の背中を眺める。

 まさか、あの有村さんが他人ひとの色恋沙汰のために行動するとは意外だった。その優しさを少しは私にも向けて頂きたいものである。

 それはさておき、事情を知った以上、私も後輩として舞さんの禁断の恋を全力応援していく次第である。
 そう意気込んでここまで来たのだが。

「ちょっとこの道ひどすぎるよーーー」


 **********


「おー、何ですかここは」

 険しい山道を登った先、急に開けた場所に出た。突然現れた広い原っぱ。上を見上げればポッカリとあいた空から多くの星が見えている。

「おお!」

 あまりの見事な星空に感嘆の声を上げてしまう。そして星空に見惚れながら1歩、2歩と後退していると

 ガサッ

「あっ」

 茂みに入ってしまった。

 茂み?
 なぜ茂み?
 私は原っぱのほぼ中央で空を見上げていたはずだ、こんな所に茂みがあったかしら?
 不思議に思いながらライトで照らした先、何もない原っぱの中に木のような、茂みのような、何やら葉っぱの集合体がポツンと鎮座していた。

「はて?」

 私はその奇妙な物体をライトで照らし出し、子細に観察を始めた。

 その物体の下の方には木の幹のような物が2本あり、地面に接する部分が水鳥の水掻きの要に広がっていた。しかし、形は鳥のそれとは大きく異なり、見たことがない形をしている。
 今度は視線を徐々に上げていく。この物体は幅もさることながら高さもかなりあり、その中ほどの両側から太い何かが飛び出している。
 私は更に視線を上げ、上を見上げる格好になる。そしてライトで照らしながら目をこらして見てみると、横長に特に暗くなっている部分がある。どうやら空洞になっているようだ。
 そこまででもかなりの高さがあるが、もう少し上があるようなのでライトの明かりを上に移動させる。するとそこには、眩しそうに細められた大きな一つ目が………………

「でたーーー、妖化だーーー」

 私はすぐさま逃げようとするが、足がもつれてその場に倒れこんでしまう。
 するとそこに

「どうした、新人」
「蛍子ちゃん、だいじょうぶー」

 私の叫び声を聞いた2人が駆け寄ってきた。

「ででで出ました、妖化です!有村さん早く許可書にサインを。いや、先に暗幕を。いや、今は持ってないから、やっぱり許可書にサインを」

 有村さんにしがみついて何とか立ち上がった私は、パニックになりながら有村さんの顔に十六夜の使用許可書をグイグイと押し付ける。
 さすがにたまりかねた有村さんが私の顔を掴んで押しのけてきた。

「落ち着け新人」
「ぎゃっ」

 思わず間抜けな声を出しながら転びそうになるが、今度は何とか耐える。
 2人でそんなやり取りをしていると、舞さんが私たちの横を通り抜け

「久しぶり、ガタゴン」

 と言って妖化に抱きついた。

「何やってんですかーーー!?」

 私はすぐさま舞さんを掴んで妖化から引き離そうとするが

「大丈夫だよ蛍子ちゃん」

 と、涼しい顔で言ってくる。

「大丈夫じゃないですよーーー、食べられちゃいますよーーー」
「本当にそいつは大丈夫なんだよ」

 舞さんを妖化から引き離そうと奮闘していた私は有村さんに首根っこを掴まれて、舞さんから引き離される。

「何するんですか有村さん。緊急事態何ですよ!」

 それでもジタバタと暴れる私に有村さんがとんでもない事を言ってきた。

「あいつは妖化じゃないんだよ」
「…………………………」

 しばしの沈黙の後、私は口を開いた。

「え?何言ってるんですか?有村さんの目は節穴なんですか?」
「お前、俺をバカにしてるのか」
「だってアレをよく見てくださいよ」

 今だに舞さんが抱きついている生き物(?)はどう見ても普通ではない。
 あれが妖化でないのなら世界に妖化など存在しないことになる、東京に戻ったらハローワーク通いをしなくてはならない。

「お前、妖化の定義を覚えていないのか?」
「覚えているに決まってますよ。ええと、〝日本国及びそこに住む人々に害を及ぼす人ならざる存在〟です」
「そのとおりだ」

 有村さんは感心したように頷いている。
 どうやらバカにされているようだ。

「だから見てくださいよ、どう見ても人ならざるじゃないですか」

 私はもう1度そのものを見る。
 3mはありそうな巨体。
 形容し難い形状の足。
 全身に葉っぱを纏ったようなモジャモジャの体。
 穴のような大きな口に。
 それと同じくらい大きな一つ目。
 どう見ても人ならざる存在である。

「だが、害はない」
「はい?」
「人ならざる者でも害が無ければ妖化ではない。それが闇狩りでの定義だ」
「はい?」

〝日本国及びそこに住む人々に
 確かに害が無いのならこの定義には当てはまらない………のか?

「では、アレは一体何なんですか?」

「彼が今回の情報提供者ですよ」
「うおっ!」

 急に闇の中から声がした。今度は一体何なんだ。
 私はライトで声のした方向を照らしてみる。すると闇の中から男の人が現れた、歳の頃は有村さんより少し上くらいで、有村さんと同じくらい長身の穏やかそうな人だ。
 有村さんとは違うタイプのイケメンという感じ………あっ、もしかしてこの人が舞さんの。
 そこで私はハッとしてライトを下げる。いつまでも照らしているのは失礼だ。

「どうも、初めまして」
「こちらこそ」

 なかなか忙しない展開ではあるが、まずは落ち着いて名刺交換。

「諜報課の藤原ふじわら孝雄たかおさん」

 そういえば。

「私、鷹の目の方に初めて会いました」
「そうですね。僕たちが本庁にいることは滅多にありませんから」

 雰囲気といい話し方とい実に穏やかな人だ。さすがは舞さんが惚れた男性である。こちらの方にも少しは見習って頂きたい。
 私はチラチラと有村さんと藤原さんを見比べる。

「なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」

 ヤバい勘付かれた。
 しかし藤原さんが話に割って入ってくれたおかげで話がそれる。

「あなたが、あの小鳥遊さんなんですね」
小鳥遊?私って有名なんですか?」
「ええ、初めての現場業務で十六夜をまかさられたと鷹の目の中で話題になってますよ」
「えっ?」

 私としては初めての現場業務で十六夜をという感覚だったのだが。
 なるほど、これは名誉な事なのか。
 私は十六夜をまかされるほど期待されている。何だか嬉しくなってきた。
 しかしここで私の浮かれ気分に水をさす人物……勿論、有村さんだ。

「藤原、あまり持ち上げるな。こいつはすぐに調子にのる」
「ちょっとくらい良いじゃないですか」
「まあまあ。たしかに、そろそろガタゴンの紹介もしないといけませんし」
「あっ、そうだった」

 そうだった、あの謎の生き物の事をすっかり忘れていた。
 あれだけの存在感をすっかり忘れているとは、我ながら図太い。
 本題を思い出して視線を向けると舞さんはまだ抱きつきっぱなしだった。
 それはともかく。

「たしか、こちらの方が情報提供者と」
「そうです。このガタゴンが我々に妖化の情報を伝えてくれたんです」

 なるほど。
 こちらのガタゴンさんが妖化の情報を………

「ガタゴンって何ですか?」

 これは当然の疑問だ。
 妖化ではなくガタゴン。では、ガタゴンとは?

「ガタゴンはだ」

 私の疑問に答えたのは藤原さんではなく有村さんだった。

「UMA?未確認生物の?」
「そうだ。ガタゴンは久慈市に住むUMAだ」

 久慈市に住む未確認生物ガタゴン………

 なるほど、相手がUMAなら闇狩りの存在を知られても良いというわけか………うん?まてよ。
 未確認生物ガタゴンが情報提供者?
 だとすると………

「禁断の恋はどうなったんですか?」
「禁断の恋?なんだそれは?」

 有村さんが呆れたように私を見てくる。
 舞さんと藤原さんも不思議そうにしている。

 どうやら、全て私の勘違いだったようだ………


 **********


「でもどうやって話を聞くんですか?言葉がぜんぜんわからないんですけど」

 どうやらというか、やはりというか、ガタゴンの言葉は我々のものとは違う。
 もはや表記すら出来ない。
 何とか理解が出来ないものかとガタゴンを観察していると舞さんが鞄をゴソゴソとして

「これを使うんだよー」

一本のペンを高々と掲げた。

「おお、なるほど」

〝滅具・ときはねペン〟
 物体に残った思念を読み取り記すことができる物だが、こういう使い方も出来るのか。
 なるほどそういうことか、私はやっと納得した。
 刻ノ羽ペンは主に文士が使用する滅具のため、鷹の目には使用許可がおりにくい。
 そのうえ日本各地に散らばっている鷹の目に蔵番が使用許可書を発行してサインを貰うのも手間である。
 それなら我々が会いに来て、直接ガタゴンから話を聞いた方が早いというわけか………つくづく役所というやつは。

 そうこうしていると、さっそく舞さんがガタゴンから話を聞いて記していく。ガタゴンは大きな体を動かして身振り手振りを交えて説明している。
 真夜中の山の中でUMAから話を聞くフリフリ服の女性。なかなかの光景である。

 その光景を見ながら私は思う。
 闇狩りとUMAの禁断の恋………それはないか、漫画じゃないんだから。


 **********


 険しい山道を通り目的地に辿り着いたということは、帰りも険しい山道を通らなくてはならないということである。

「行きはヒーヒー、帰りもヒーヒーですね」
「くだらない事を言ってないで黙って歩け」

 怒られてしまった。何もこんな時まで怒らなくてもいいのに。

 舞さんの話では、ガタゴンからの情報で妖化の詳細と居場所がわかったらしい。

 夜明けとともに妖化狩りが開始される。
 決して避けることが出来ない戦い。

 深夜の山道、私は静かに覚悟を決めたのだった。
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