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しおりを挟む抱きしめられてると気づくのに、少し時間を要した。同時に疑問も湧く。何故フレッドに抱きしめられてるのだろう?
董哉がフリーズしていると、ポンポンと、あやすように背を叩く感触がした。その手つきがあまりにもぎこちなく、フレッドがいっぱいいっぱいになっているのが伝わる。人付き合いに慣れていそうなフレッドがドギマギしながらハグしてきたことを考えると、なんだか董哉も落ち着いてきた。
「フレッド……一旦離れて」
モゾモゾと腕の中で動けば、ゆっくりとフレッドが離れる。顔を覆ってた手をどければ、涙でぼやけた目の前に、壁のようなフレッドの上半身がある。
瞬きで涙を落とし、クリアになった視界で仰ぎ見れば、真夏の外なのに真っ青なフレッドの顔があった。現役軍人がなんて顔してるんだ。
嘲笑うように董哉にちょっかいをかけていた日々からは考えられない変わり様に、董哉の中で溜飲が下がった気がした。
「お金はあの時の治療費で十分。謝罪もその顔見れたからもう要らない。ただ、1つだけ約束してほしい」
「!な、なんだ」
「もう、差別的なスラングを悪意を持って使わないで」
何を嫌うかはフレッドの自由だ。他人の好みをあれこれ口出すつもりは董哉にはない。しかし、差別や偏見をエマなどに偏った知識で伝えたり、意味もなくアジア人やオメガを傷つけないでほしい。
それをつっかえながら伝えると、フレッドは頷いた。
「わかった。約束する」
こんな真面目なフレッドを見る日が来るとは思わなかった。
身体も自信も大きなアルファがオメガである董哉に必死な様子がおかしくて。真面目な本人に悪いと分かりつつも、ふは、と空気が抜けるような笑いが込み上げてきた。
「なら、いいよ」
正式に董哉の許しを得たフレッドは一度パーティーの輪に戻り、新しいコーラを注いで戻ってきた。最初に持ってきたコーラはいつの間にか地面に捨てられていた。芝生の上とはいえ、放っておくとアリが集りそうで心配だ。
「ほら」
フレッドに注いだばかりのコーラを差し出されて董哉は目を丸くした。もしかして最初に持ってきたコーラも、元々自分に渡す為だったのか。
「ありがとう」
「お前、ここに来てから何も口にしてないだろ」
「あー……」
確かに、思い返してみれば昼は作るばかりで食べ損ね、飲み損ね、特に何も口にしていない。
黒いジュースを口に入れると炭酸の泡が弾けながら喉を通り過ぎ、甘ったるい後味がやってくる。口をコップから離すと、中身は1/5まで減っていた。どうやら、董哉自身が思っているより喉が渇いていたらしい。
「……ここは怖かったか」
ホッと一息吐いた董哉に、フレッドは問いかけた。
「うん。アルファだらけで、変な事故起きたらどうしようってめっちゃ怖い」
今更隠す意味もなく、会話が聞こえる距離にはフレッドしかいない為、澱みなく答えた。
正直、もうあのパーティーの輪の中には戻りたくない。
「せめてアルファだらけの家系だって言ってくれ。ビックリした」
「……お前を親族に知ってほしくて焦ってた」
「知ってほしいって」
まるでガールフレンドを紹介するみたいに。なんて茶化そうとしたが、フレッドはその気であるようなことを先程言っていた。つまり、そのままの意味か。それにしたって気が早すぎるだろう。
結論に至った董哉の方が恥ずかしくなって、わざと話題を少しずらした。
「元々お前の父親が日本料理作れる人探してたんじゃなかったか?あれは嘘?」
「探してたのは嘘じゃない。ただ、日本料理が好きなのは親父じゃなくてお袋」
「え?でも父親の誕生日なんだろ?」
「親父がお袋の笑顔見たいが為のジョークだよ。自分が日本料理好きってことにしとけば、食べる機会が増えてお袋が喜ぶってな」
ベタ惚れなんだ、あの人。
フレッドは呆れ顔で告げたが、董哉は素敵な夫婦だと思った。愛する人の笑顔を見たいから好みを合わせるなんて、可愛らしい旦那さんではないか。だからこそ、今になってどうしても気がかりになってしまった。
「……今日の焼きそば、美味かったかな?」
いつもは食べる人が喜ぶことを考え、美味しいと思ってもらうことを願いながら料理する。しかし、今日の焼きそばは周囲に怯えながら、ひたすら作り終わるのを願いながら作ったものだ。正直、料理の出来なんて二の次だった。
「親父もお袋も、食った奴全員美味いって言ってた。俺が言うんだから安心しろ」
フレッドは董哉に対して下手なお世辞を言う様な人ではない。そこは信頼している。
しかし、これは董哉の信条の問題だ。誰かを満足させる為の料理を、その"誰か"のことを考えながら作ることができなかった。
アルファに囲まれると、料理のことを考えられなくなる。いつか自身の店を開くことを夢見ている董哉にとっては、致命的な問題だった。
「数十人のアルファに囲まれただけで怖くて料理ができなくなるなんて、先が思いやられるな」
董哉は自嘲して、残りのコーラを飲み干した。
「お前の料理は初めからずっと美味かった」
「Okey oke……」
はいはい、大丈夫。そう言う意味で返事しようとしたのに。董哉を見下ろすフレッドの眼差しは真剣どころか怒気すら感じて、言葉を詰まらせてしまった。
「アルファの俺が言うんだ。お前がどれだけ料理を否定しようと、このアメリカでもお前の料理は美味いと思われている。分かったな?」
「……Yeah」
有無を言わせない迫力に、若干縮こまりながら返事をする。分かったならよし、とフレッドは1つ頷いて、鼻息荒く座り直した。
再び気まずい空気が2人の間に流れる。複雑な間に困って、董哉の方から話題を無理やり絞り出した。
「……俺が料理している間、ずっと傍にいたんだってな」
「……気づいてたのか」
「いや、さっきエマから聞いた」
董哉から切り出される話のネタだとは想定していなかったらしい。フレッドは短いスラングを吐き捨てた口を手で覆い、そっぽを向いてしまう。その姿は、ちょっと愛嬌があるとらしくもないことを考えた。
「手伝ってやらないと料理すらできなさそうだったからな」
「それは本当に助かった。ありがとう」
「…………本当は、混乱しているお前に他のアルファが近づかないよう見張ってた」
「は?」
予想外の訂正に眉根を寄せた。何言ってんだコイツ。今日ここに連れてきたのは董哉の紹介を兼ねてたんじゃないのか。
同時に少し察してしまった。コイツ、もしかして付き合ってもない相手に対してまで独占欲高いタイプか?
「もう隠すのはやめだ」
フレッドはその男らしい節くれだった手で、董哉のコップを持っていない手を取った。フレッドに素肌を触れられるのは初めての経験だった為、フリーズしてしまう。
慌てて振り払おうとしたが、ガッチリと掴まれて離れない。
「お、俺、そういう気持ちは……」
「分かってる。今まで俺のことを微塵も意識していなかったことは分かってる」
「だから、振り向かせる」
そう言って董哉の手に口付けした。
人柄さえ考慮せず場面を切り取ればあまりにも様になった絵に、流石に董哉も"カッコいい"と思ってしまった。
そして後から様々な感情が溢れ出てくれる。フレッドのくせにキザったらしすぎるとか、敷地内とはいえ外で何するんだとか。そして全ての感想が、恥ずかしいに終着した。
「ば、バカ!!!」
日本語による罵倒共に振り払った手は、今度はアッサリと解放される。顔に集まる熱には気づかないフリをして、董哉はベンチから立ち上がりその場から逃げ出した。パーティーの輪の中に混ざることもできない為、庭の隅っこへ。
恥じらう董哉の姿にフレッドがニヤついていたことも、2人の一部始終をフレッドの親族も野次馬していたことも、董哉は知る由もない。
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