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自由の国、アメリカ。
世間ではそんな風に持て囃されているが、全くの嘘っぱちだと董哉は思う。

「こんにちは」
「やあ、トーヤ!今日も宜しく頼むよ!」
某州の軍事食堂の裏手口。董哉はここの一介のバイトだ。
いつものように挨拶をしてキッチンに入ると、オーナーであるヘンリーが快く出迎えてくれた。
ポン、と肩に置かれた手に対して頷くと、ヘンリーは肩をすくめて入れ違いで出ていった。
あのジェスチャーをされるのは初めてではない。恐らくまた「相変わらずシャイだな」とでも思われているのだろう。今に始まった反応ではないので、特に気にしない。
キッチンに入った董哉がまずすることは、掃除だ。他のコックが昼に使って料理した分まで、董哉ができる限り掃除をする。
一通り掃除が終わり、ゴミ捨てまで行ったら次はディナーに向けた仕込みに入る。
仕込みといってもバイトの董哉にやらせてもらえる事などまだ野菜を切る程度だ。なので、他のコックが休憩から戻ってくるまでにひたすら野菜を切る、剥く、切る、切る。
他のコックが休憩から戻ってくる頃、入れ替わるように董哉が休憩に入る。休憩の間に早めの夕飯として持ってきていた弁当に食らいつき、再びキッチンへ。
戻ってくる頃にはトレイに盛られた数々の料理を、片っ端から並べていく。アメリカの軍事食堂はビュッフェ形式なのだ。
その頃になると徐々に腹を空かせた兵士達が食堂へと顔を出し始める。
その中にまだ見知った顔がないことに安堵しつつ、目を合わせないよう顔を伏せながら洗浄済みのドリンク用のコップを並べる。
まだ料理は並べ切っていない。人気のハンバーグが並ばないと、文句を言う兵士もいるので早く運ばねば。
急く董哉が振り返ってキッチンに戻ろうとした時。足元に何かが引っかかって躓きそうになる。転びはしなかったが、董哉は舌打ちしそうになる。今日は背後から近づいてきたか

「おいおい、大丈夫か?足元も覚束ない赤ちゃんが、こんなところでウロチョロすると危ないぞ?」
せせら笑うような声に、どの口が言うかと内心呆れた。
声の主は振り返らなくてもわかる。フレッド・ジェンキンズ、この軍に配属する、若きエース。正直董哉もそれだけのことしか知らないほど、友好関係といったものもない。
ただ、フレッドはアジア人への差別意識が人より強め。ただ、それだけ。
たったそれだけで、董哉がキッチンから出てくるたびにこのような幼稚な嫌がらせを受けている。
このような嫌がらせは、人生で何度か受けている。よってこのような場面で1番すべき対応は既に知っている。
「相変わらず耳まで悪いときた。本当にそんなんで料理なんて作れんのか?」
無視だ。
躓いたことはなかったことにして、笑われた事は聞かなかった事にする。そうして、董哉は今日も平然とした顔でキッチンに戻るのだ。
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