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成就編
家族
しおりを挟む「よかったなー、お前の妹」
「今の話の流れで何処からその感想が出てくるんだ」
「だってほとんど他人なのに家族として受け入れられたんだろ?いいことじゃん」
へへへ、とまるで我が事のように語る荒垣に寺崎は瞬いた。
突然できた年の離れた妹にどう接すれば良いのか分からず、寺崎は自分の身を持て余すことしかできなかった。
荒垣のように彼女の心境に気配りをすることなど、できやしなかった。
己の配慮に関する器の狭さを今更ながらに突きつけられて、気恥ずかしさを隠すようにハイボールを口にした。
「いいな。血の繋がりだけが家族じゃないって感じで」
「そういうお前はどうなんだ」
「ん?」
「家族。いるのか?」
これ以上寺崎の家族の話をされても悪い意味で居た堪れないので、少し強引に話題を転換させた。
「んー……お袋とー、親父とー、兄貴と姉貴」
「末っ子なのか。らしいな」
「それ色んな人に言われんだよなァー。あ、でも今はもう家族かどうか微妙かも」
「……何があった」
「俺から家出たんだけどさ、半分見放されたも同然だったから」
呂律が少し危うい口で、荒垣はポツリポツリと語り出した。
荒垣家は医者の家庭で、実際に長男である荒垣の兄も医者として働いているらしい。
しかし、3人の兄弟の中でも最も出来の悪かった荒垣は、厳しい母親にいつも怒鳴られて育てられたそうだ。
親の抑圧によるささやかな反発として不良になっていったが、結局家を出るまで完全に反抗することはできなかった。
「今思うと、不良になった時点で見放されてたんだろうな。昔は親を突き放せてたつもりだったんだけど、全然そんなことなかった」
「不良やってるのに理由があったとはな」
「あったんだよな、これが」
その後転校先の学校で出会った真島が荒垣家の内状を垣間見る。
このままではダメだと真島は荒垣を説得し、高校卒業と同時に一人暮らしできるように家事や一般常識を叩き込んだらしい。
「……アイツ、世話焼きなんだな」
「そこに俺は救われたんだけどな。『このままじゃ将来お前は本当の意味で腐っちまうから、家族とは縁を切れ!』って必死に説得された。今ならその意味がちょっとわかる」
そして実際に家を出る時、両親は何も言わなかったそうだ。反対の言葉も、賛成の言葉も。
「『好きにすればいい』って言われて、それっきり。一度もあの家には帰ってねェし、家族が今どうなってんのかすらわかんねェ」
荒垣が簡単に語る以上に、家庭環境は冷え切っていることは明らかだった。
医者の家庭なら収入面ではけっして苦労していないはずだ。にも関わらず、自他共に認める劣悪であろう環境に嫌な意味で興味が湧いた。
「……実家にいた時、何があった」
「んー……なんにもなかった。褒められることも、楽しいことも、なんにも。いるだけで怒鳴られる、衣食住が揃ったところ、みたいな場所だった」
恵まれた環境で育った寺崎には、荒垣の言葉だけではそれがどれだけ悲惨な環境だったか想像がつかなかった。
きっと真島は直接その家庭環境を見たのかもしれない。でなければ、荒垣の言葉だけで家を出ろとまでは言わないだろう。
寺崎に分かることは、荒垣の育った環境ではまともに家族からの愛情は受けられなかったであろうことだけだ。
「だからさー、幸せそうな家族の話聞くと憧れるんだよな。こんな家族欲しかったなーって」
「なれるだろ」
「んん?何が?」
「家族。父母は無理でも、俺たち同士が家族になることはできる」
暫くポカンと口を開けた荒垣は、次第にパクパクと口を開閉させながら顔を赤くさせた。酒で赤くなったわけではないことは明らかだ。
「お前!意味わかって言ってんのか!?」
「分かってない訳ないだろ」
「お、俺たちそういうのはまだ早いと思います!!」
「生娘か」
慌てふためく荒垣に、酔いも回って気分が良くなった寺崎は頬杖をついて笑みを浮かべた。
すると、寺崎の顔を見た荒垣が耐えかねるように両手で顔を覆うものだから、流石に心配になる。
「情緒不安定だな。どうした」
「お前のせい……」
「そうか?そうだな」
「……俺たち、まだ付き合って1週間かそこらじゃん?家族関係は早すぎるって」
「家族になるのにある程度の時間が必要かと言われたらそうだが、ならそれだけの時間をかければいい。俺たちのペースでなればいい」
「男同士は……け、結婚、できないだろ」
「今は県によってパートナーシップ条例といって、同性カップルを認めてもらえる地区もある。他にも、やりようはいくらでもある」
「……寺崎は、まだ俺のこと好きって訳じゃねェだろ」
「恋愛的な意味で、と言われたらそうだな。でも、見合いでくっついた夫婦だって必ずしも恋愛感情があるわけじゃない。それに、俺はお前の気持ちに追いつきたいと思ってるよ」
「…………俺と家族になるの、嫌じゃねェの?なんで?」
「言っただろ。俺はお前と離れたくない。離れられないなら、関係性が恋人でも家族でも問題ないさ」
荒垣は両手で顔を隠したまま、家族になろうと言う寺崎の言葉に、信じられないといった声色で聞き返す。
まるで、家族でいることを拒否されたことがあるようだ。
……されたのだろうな。恐らく、母親辺りに。
荒垣が愛情ある家族というのに焦がれるなら、寺崎自身がその枠になってやるのもやぶさかではなかった。
それ程までに寺崎にとって荒垣との時間は居心地が良く、手放し難いものになっていた。
まだ荒垣の料理レパートリーを全て食べ切っていない。こうして酒を飲みながらダラダラ語るだけでも寺崎の心は十分に満たされる。
居心地がいい。
それだけで、家族という枠に荒垣を迎え入れてもいいと思えた。
これほどまで説得しても顔を隠したままの荒垣に焦ったくなって、顔を覆うその両手を掴んで剥がしてやった。
やっとこさ顔をあらわにした荒垣は、困ったような、泣きそうな表情をしていた。
そんな顔をして欲しくてあんなことを言ったわけではなかったのに。
どうにか慰めたくて、喜んでほしくて。
寺崎は何を考えるまでもなく、荒垣の口に己の唇を押し付けた。
動揺が掴んだままの両手から、重なった唇からありありと伝わってくる。
ついでとばかりにその口を食んでやれば、隙間から漏れた吐息はアルコールの香りを含んでいた。
もう一口、食んでもいいと思ったが、今は荒垣の顔を見たくて名残惜しく思いながら唇を離した。
初めての同性とのキスの感想は、女性よりカサついているな、といったくらいだ。そこに嫌悪感はなかったが、相手が荒垣だったからだろう。
たとえば相手が真島だったとしたら、寺崎は断固拒否をしていた。
さて、肝心の荒垣はというと、何が起きたのか分からないといった様子で瞬いている。
「…………てらさき、いま、キス……」
「ああ、したぞ」
「……できんの?」
「なんならもう一度してやろうか?」
「し……て、ほしいけど、」
「けど?」
「寺崎は、俺のことどう思ってんの?」
どう、と言われると一瞬戸惑った。
荒垣とはこれ程までに離れ難いと思っている。
しかし、荒垣に抱いている感情は今まで付き合ってきた女性たちに抱いた恋愛感情とは明確に違っている。
好きだ、恋しいという燃え上がるような熱情はなく、隣にいて落ち着くような安心した気持ちが上回る。
側にいたい。離れ難い。
この暖かい感情が恋ではないのなら、
「強いていうなら、愛してる。かな」
感情に名前をつけて、寺崎は再び荒垣と唇を重ねた。
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